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決勝14

 「くっ……」

 咄嗟に再度股間に手をやる。

 同時に足を閉め、両足でしっかりと奴を挟み込む。

 片足が掴まれているため完全ではないが、それでも自由には動けない筈だ。

 マウントを取られそうになった場合の回避方法。その有効性はすぐに証明された。


 「ッ!!」

 「っと」

 振り下ろさんとする奴の拳は顔には届かない。

 それ以外に打撃で有効なダメージを与えられる場所となれば股間だろうが、勿論そこをやらせるつもりはない。

 結果、奴の手が止まる。


 「シャアァァッ」

 そしてこの状況で動きを止めるという事が何を意味するのか、それを奴に知ってもらう。


 一気に足に力を入れ、腰に力を入れて捻りを加えていく。

 奴の腕がこちらに伸びるが、シャツの裾を掴むのが唯一の抵抗だ。

 (このままマウントに持ち込む!)

 立ち上がれないなら引き込むまでだ。

 寝技は得意ではないが、それでもマウントに持ち込めば決定的に優位に立つことができる。


 そして、その為の技は既にかかりつつある。


 「おおっ!」

 一気に力を加えて捻る。

 マウントに入る、その最後の仕上げの条件は向こうが揃えてくれた。前のめりになって相撲で言う前四つを取りにきた事で。

 このまま奴を引きずり込む。

 前のめりに体勢を崩させ、前に倒れ込む勢いを活かして半回転してマウント――頭の中に出来上がっている図が、まさに目の前で展開されていく。


 「くぅぅ……っ!」

 絞り出すような声が股の間から落ちてきて、同時に私の動きが止まる。

 (粘るか。だが……)

 大した足腰だ。

 だが、それで諦める訳にはいかない。

 更に力を込めて、一気に引き込む――その矢先、前四つを取っていた奴のまっすぐ伸びた腕が音を立てるほどに強張った。


 「!!」

 「くぁぁああああっっ!!」

 奴の絶叫。

 同時に止まる私達の動き。

 直後に感じる異常=妙な浮遊感。


 「あっ!」

 背中が浮く。

 いや、浮いているのではない。持ち上げられているのだ。

 今の私にそんな事が出来るのはこの世界に一人しかいない。


 「ああああっ!!」

 その世界唯一の人物が更に声を上げる。

 鋭角に折り曲げられた両膝が、私を掬い上げるようにゆっくりと伸ばされていく。

 凄まじい足腰――膝をつかずに人一人ぶらさげたまま立ち上がる。


 「くっ!うっ!!」

 咄嗟に床に戻ろうとする私。

 だが、その虚しい努力はある所でとまる。ここから先は戻った=落ちた方がダメージになる。


 「おおあああああっ!!」

 咆哮する人間クレーン。体を起こしてその上半身に抱きつくか――その発想が生まれた時には、それが最早遅すぎる答えだと知った。

 背中から床に叩きつけられて。


 「あああああああっ!!」

 「がはっ!!」

 背中側から胸が潰される。

 肺の中身が外に押し出され、むせ返る事すら出来ずに口だけが開かれる。

 「ッ!」

 そしてそんなものの回復を待つ義理の無い奴は、緩んだ私の太腿に手をやって煩わしいとばかりに引き離すと、一気に私に覆いかぶさってきた。

 マウントポジション。お前がしたかったのはこれだろうと言わんばかりの高速でのポジショニング。


 「ハァッ!」

 「ぶぐっ!!」

 そしてそんな事意識する間もなく拳打が打ちおろされる。

 回復した呼吸の最初の一吐きは殴られた事によるものだった。

 「シュッ!」

 更にもう一発。

 咄嗟に上げた両腕の間をすり抜けた拳が右頬に吸い込まれて衝撃と鉄臭さに変わる。


 口の中に広がっていく鉄。その間にも打ち込まれる三発目。

 「この……っ!」

 辛うじて防御が間に合ったが、それで諦める相手ではない。

 更に四発目が振り下ろされ、やや左から回り込むように打ち込まれたそれを今回も辛うじて防ぐ。

 「えっ!?」

 その瞬間、自分が嵌められたことを知った。

 奴が浮き上がる。そして視界から消える。


 残ったのは、防いでいた左腕に感じた、奴の体重。


 (腕ひしぎ……!!)

 ここにきてくじ運がよかったなどと考える。

 もし、この前の三回戦で当たったのがユーリアでなかったらこの動きに反応できなかっただろう。

 「くぅ!!」

 完全に腕ひしぎ十字の姿勢に入る直前、ギリギリのタイミングで左腕に右腕を掴ませて輪を作るのが間に合った。

 腕ひしぎには技をかけられている腕だけでは対抗できない。むこうが全身で極めに来るのだから、こちらもしっかりと体を使わなければ。


 左右の腕で輪を作り、背中という広い接地面を活かして体重で対抗する。

 体つきはほぼ同じ。恐らく体重も似たようなものだ。


 「「……ッ!」」

 私からすれば間一髪。奴からすればあと一歩のところで膠着に持ち込んだ。

 (もう少し……、もう少しこの足を……)

 右手の指を触手のように動かしながら、首を抑えている奴の足に近づけていく。


 膠着は永遠ではない。左手の握力が尽きてしまうか、その前に右手が奴の足を捕まえるか。

 或いは、奴がそれに気付いて潰しに来るか。


 「くっ……あっ……!!」

 あと少し、あと少しだ。

 指先が大きく動く。

 奴は恐らく気付いているのだろう。

 だが、膠着状態が対策を潰している。

 恐らく奴としても、この形は限界での拮抗なのだろう。それこそ、この形に力を入れる以外の何かをすれば崩れてしまうと感じるぐらいに。

 ――なら、逃げられる。


 「くぅぅ……」

 指が空を切る。

 少しずつ、少しずつではあるが、奴の足にその空振りを続ける指が近づいていく。

 「こっ……」

 そして、遂にその努力が実を結ぶ。

 ただ空を切っていた指先に、初めて何か繊維のような物が触れる。


 「ッ!!」

 その瞬間、首に乗っていた奴の足が逃げ、直後に腕にかかっていた体重が消えた――代わりに頭に一発蹴りを貰ったが。


 奴の判断:ここで極めるのは諦める。


 つまり、私は勝ったのだ。少なくともこの局面には。

 ――なら、巻き返しだ。


 お互いに立ち上がる。

 離れたとはいえ、あくまで寝技からだ。立ち上がれば既に間合いは詰まっている。

 「「シャッ!!」」

 動いたのは同時。

 それぞれお互いに相手の顔面を狙い、お互いのそれを防ぐ。

 拳を引き、同時に左右線対称に同じ動きを繰り返す。

 次は膝同士を当て、それからもう一度跳び下がる。


 「……」

 何度目かの対峙。

 「ふっ!」

 口の中のぬるりとした感触を吐き捨てる。

 「……ふっ、ふふ」

 音としてはそれと同じだが、奴のそれが私のそれと異なることは、誰にも明らかだった。

 「……」

 だが、それに飲まれるつもりはない。

 もう一度静かに構え直す。ぴりぴりと全身を緊張が包む。背中を氷の汗が伝う。

 そして同時に熱が、血が、全身に流れていく。


 「ふぅ……」

 構えながら、こちらは深呼吸を一つ。

 それぞれが自由に主張するそうした感覚を一纏めにして落ち着く。

 「……ッ!」

 身体に戻ってくる力。

 それを下半身に溜め、一気に床を蹴る。


 決意:今回を最後の仕切り直しにする。


 さあ、勝つぞ。

(つづく)

今日はここまで

続きは明日に。

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