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決勝13

 血は未だに四肢に感じている。

 熱だって未だに腹に感じている。

 だが――。


 「楽しい……」

 奴の放ったその一言が、しっかりと耳に残って離れない。

 そしてその言葉と同時に叩き込まれる徹底した恐怖。背中に走る冷たい汗は、奴の放っている言いようのない雰囲気にしっかり反応している。


 「……ッ!!」

 「!?」

 その寒気の原因が動いた。

 ふらりとゆっくりと、しかし一瞬で私の目の前に移動している。

 「くっ!」

 その勢いそのままに放たれた右ハイ。スウェーして危うく回避したが、反撃に移る事は出来なかった。

 「フッ!!」

 蹴り足と軸足が入れ替わる。

 最初の軌道を完全になぞるように、それまでの軸足が後ろ回し蹴りに変わって、回避から戻ろうとした私の首を掠めていく。


 まるで独楽のような回転。その二度の蹴りを回避しても、私が前に出ようとしたところに前蹴りを合わせてくる。

 「ぐっ!」

 ダメージを与えるというよりも距離を取ろうとするそれに押し返されて出端を潰される。

 私の間合いの外に出された――そう理解したと同時に奴は再度飛び込んでくる。


 「ッ!!」

 左の直突と同時に突入。危うく突きを払い落とした瞬間には奴は完全に懐に入っていた。

 「がっ!!」

 先程の意趣返しだろうか。奴の肘が胸に突き刺さる。

 (だが……、それなら……ッ!!)

 その衝撃を堪えながら掴みかかる。同時に放たれた膝蹴りもまた腹で受けて。

 肘と膝。一発ずつなら十分許容範囲だ。


 奴に詰め寄るように一気に上半身を密着させて首相撲へ。

 「シャッ!」

 そしてそこから膝。

 肘膝勝負ならこちらも負けていない。

 「シャッ!シッ!!」

 奴も膝を上げてガードしているが、それでもこの状況では私の方が有利だ。膝を上げる=片足立ちになることを利用して首相撲での主導権を握っていく。キックではここでの立ち回りが明暗を分けることもあるのだ。首相撲なら年季が違う。

 膝を叩き込み、相手の動きをコントロールし、崩れたところに肘を打ち込む。


 「シャァッ!」

 膝だけでの防御が難しくなったか、組みついている腕すら動員して腹部を守ろうとしているが、その動作が却って隙を生んでいる。

 「シュッ!」

 そうやってガードが薄くなった所に上から肘。


 確実な手応え。実感できる優勢。

 ――だが、確実なダメージかは怪しい。


 「……」

 奴は不気味に沈黙している。

 肘も膝も、私は確実に叩き込んでいる。

 (なんだこいつ……?)

 だが、当たっているのは私の実力だけではない。

 途中から明らかに奴の反応が変わった。こちらの攻撃を捌こうというのではなく、反対に受けようとしている。


 「ッ!」

 そしてその事を理解したのを読んだかのように、奴の身体が沈みこんだ――蹴りに行った膝を迎えるように。

 「!!」

 手段は単純だった。

 蹴り上げた膝を手で掴んだだけ。

 だがそのスピードが桁違いに速い。そのやり方を想定していて尚躱せないぐらいに。


 「くっ!」

 そのまま後ろに倒されそうになり、慌てて軸足でたたらを踏む。

 (この……っ!)

 そのたたたらの重心を踵からつま先へ移す。奴の持ち上げる勢いが、この抵抗によって僅かに弱まったのはそれと同時だった。

 「らあっ!!」

 それを逃さず、体重を奴に預ける。

 軸足一本での三段跳び。三段目で両足とも床から離れる――片足は奴が持っている。そしてそれまでの軸足は、そうやって私の膝を抱えている奴の方の付け根へ。


 「ッ!!」

 周囲からのどよめき。

 足の裏の確かな感触。

 そしてなにより体が完全に宙に浮いた感覚――脱出成功。

 着地と同時に飛び下がって再度睨みあいに持ち込む。


 逃げ切った――にも拘らず、心臓はこれまでで一番の早鐘を打っている。


 「ふぅ……」

 このままではまずい。

 その判断から起こした行動は深呼吸だった。

 落ち着け。

 (考えろ。落ち着け。奴はお前と同等だ)

 現役時代によく使った方法で自分を落ち着かせる。

 そうだ。私と奴は同等だ。奴の攻撃が私に通じるように、私の攻撃だって奴には通じる。現に今奴の肩を蹴った時に、こちらの足を放したじゃないか。

 同じ人間だ。なら、同じ攻撃で倒せるはずだ。


 この方法の効果は昔から変わらない。

 「ふぅ……シッ!」

 最後の一息を鋭く吐き、それを自身のスタート合図として前に出る。

 奴はどっしりと構えているが、今度はそれに対して一直線に、左右に振る事もなく突撃する。


 「シャアアア!」

 ジャブ、ジャブ、奴が出てくる。

 出端にストレート。左手で受け止められる。

 すぐに拳を引いて、入れ替えの右ロー。これはヒットした――よし、いい感じ。

 ローで動きが鈍った一瞬を突く。僅かに崩れた構えの隙間に差し込むようにボディブロー。反応してボディに僅かに意識がいった瞬間を狙ってアッパー。

 紙一重でそれを躱したところで顔を直接掴み、そのまま右足の内側へロー。


 「ッ!」

 奴が一瞬だけだがたじろいだ。

 掴んでいた顔の上で手を滑らせて目を覆う。

 実際にこれで視界を封じていられるのは一瞬だ。だが、この間合いでの打ち合いなら一瞬と永遠は同じ意味を持つ。

 「シャッ!」

 視界を奪った瞬間、僅かに動きが止まったのを逃さず、鳩尾に左を叩き込む。

 これは効いた――奴の電気ショックのような反応がそれを伝えている。


 目隠しが振り払われそうになった所で三度目のロー。これも命中。

 続いて四発目――と、奴が考えたのが分かる。足がびくりと宙に浮く。

 だからこそ、次はミドルに行くように蹴り足を上げると、腕が僅かに下がった――目論見通りの動きだ。


 「シャッ!」

 そこでミドルを急停止して軌道を変更。足を跳ね上げさせて頭を狙うハイキックへ。

 恐らく先程の鳩尾への一撃が効いているのだろう。奴はボディへの更なる攻撃を恐れていた。必要以上に顔面を開けてしまう程に。


 一気に飽和攻撃を仕掛けてペースを奪う。この作戦は成功した。


 「なっ……!?」

 筈だった。


 「ッ!」

 奴の左腕が蹴り足に絡みつく。

 退くのが僅かに遅れた蹴り足が捕まる。


 驚くべき事:奴はクリーンヒットした筈のハイキックに全く動じていない。


 それどころか、敢えて避けなかったのではないかとさえ思えるほどに足の捕獲が速い――頭にぶつけて動きを止めるためだったのか。


 「くっ!」

 足を掴まれ、大きく開脚した姿勢の私が最初に警戒したのは股間だった。

 大きく開かれ、相手に対し無防備なこの急所を手で押さえると、ほぼ同時に体が宙に浮きあがった。

 「しまった!」

 そっちか。

 いや、恐らくどちらも狙っていて、私が先に気付いた方を除外したのだろう。


 二本ある足の一本で蹴っているという事は、残った一本だけで立っているという事。

 つまり、その一本を刈られてしまえば、立っている事も出来ないという事だ。


 「がっ!」

 背中から落ちる。

 奴が股間の間にいて、こちらを見下ろしている。

 その眼は冷静で、真剣。

 しかしその表情は、間違いなく獰猛に微笑んでいた。

(つづく)

今日はここまで

続きは明日に。

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