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決勝11

 折れ曲がっていた体では、蹴られた衝撃を逃がす事も出来ない。

 突き刺さったそれをもろに受け止めることになった腹に、一拍遅れて重い痛みがのしかかってくる。


 そして、それを気にする時間すら与えられず二発目――今度は前蹴りが股間へ。


 「ぐうっ!!」

 本能で腰を引き直撃を回避するが、その為により極端な前傾姿勢を作ってしまった。

 「シャッ!」

 「がはっ!?」

 それによって相手に差し出す形になった顔面に膝が飛んでくる。辛くも鼻は避けたが、頬にめり込んだそれが脳を揺さぶる。


 (この野郎……!)

 極められた手首を何とか動かして僅かに出来た隙。それに相手が気付く前に手首を捻り、相手の手首に指を絡ませる。自分の尻尾に噛みつく蛇の絵を見た事があるが、ちょうど今の私達の手はそんな形になっていた。

 「くっ」

 「ううっ」

 その姿が流石に攻守逆転とはいかなかった事を物語っている。

 途中で感づいた奴がそれを防ぐために、しっかりと指先で私の手首に食いつき続けている。


 「くぅっ……」

 声が漏れる。この局地的な力の拮抗、長引けば危険なのは私だ。

 (多少危険だが……ッ)

 肘を意識して力を入れる。

 続いて肩を同様に。

 そのまま力が抜けたように膝を折る。

 手の力では拮抗している。姿勢的に不利なのは私だ。

 なら、全体重を手首にかけて引き剥がす。


 「おおっ!!」

 一気に体重をかけて相手の腕ごと手前に引き込む。

 「ッ!」

 当然抵抗を試みる奴。

 そして引き込まれないようにする最善手は私の望むやり方。


 つまり、手を放す事。


 それを実行に移す前兆か、僅かに力が抜けた奴の手を、それを待ちきれないとばかりにこちらから振りほどく。

 「シィッ!」

 遂に拘束が解かれる。右腕が戻ってくる。


 「シャッ!」

 そしてそれを確認して体勢を立て直すよりも前に、奴の前蹴りが飛んでくる――正確に股間を狙って。

 「ぐぅっ!!」

 辛うじて左手で受け止めると、その蹴りを起点として踏み込んできた奴の姿が目の前に現れた。

 「ッ!!」

 右アッパーが顎から紙一重の所を掠めていく。

 「く……」

 その一撃に、立て直しかけた体勢が再度崩れて、一瞬動きが止まる。

 「ハァッ」

 そしてこいつの前で動きを止めるという事が何を意味するのかは今更言うまでもなく、また私がそう感じている事を奴も理解している。


 左で軽く突放してから再度の右。今度は直突き。

 間一髪滑り込んだ腕を衝撃が突き抜けてくる。

 だがそれで終わりではない。突きが戻ると代わりに膝だ。

 「シュッ!!」

 そう、膝だ――私の予想した通りに。


 「くっ!」

 辛うじて膝頭同士をぶつけ合わせて攻勢を止める。

 その蹴り足を蹴り足を下げつつある奴にこちらから踏み込んで顔面に右。先程とは対照的に今度は奴が腕で顔を覆う。

 ならもう一発――その気持ちを直前で中断し、先程嫌った前のめりを今度は自分で行うと、その一瞬前まで頭があった場所を右フックが攫って行くように通り過ぎた。

 ――チャンスだ。


 間合い:かなり近い。

 相手:空振りした直後

 この状況で私がすべきこと:体を起こしつつ半歩前進。


 その結果=首相撲に持ち込める。


 「シャァァッ!!」

 タックル気味に強引に突っ込んでいく。

 狙うは奴の首。抱え込めばこちらの独壇場。


 「「くぅぅっ!」」

 私のそれと同じ叫びが目の前で止まった顔からも聞こえてきた。

 「ちぃっ!」

 「シッ!」

 その後の反応は正反対。

 首相撲は阻止された。

 奴の空を切った右の拳は直ちに開かれ、私の襟を掴んでいて、それと呼応した左手が私の胸元でつっかえ棒になっていた。

 そのつっかえ棒が一瞬のうちに首相撲の当てが外れた左腕にスライドする=記録的速さの相四つ。


 そしてそれを理解する頃には既にそれは過去になっている。


 「くぅっ!」

 瞬発的につま先が床を噛む。

 満員電車でつんのめるような姿勢だが、そうでもしないと強烈な引きに思わず崩されそうになる。

 「ッ……ッ!」

 「あっ!」

 一度崩しを諦め、絶好のタイミング=こちらがそれを認識するちょうど一瞬前に再び崩しにかかる。

踏ん張った右足が僅かに前に進む。


 (まずいっ……)

 その危険に気づけたのは、やはりミーアのお蔭だった。

 踏ん張って崩れた瞬間というのは、投げを放つ絶好のタイミングだ。


 「くっ……」

 「このっ!」

 ギリギリの滑り込みだった。

 奴の背中の帯を掴んで動きを止め、そのまま相撲のように奴の脇を押していく。

 「こ……」

 当然そのまま押し切られる相手ではない。

 一瞬で体勢を立て直すと、すぐに正面から向かい合おうとして来る。


 だが、それならこちらにも手がある――少し汚い手。正確には足が。


 「っと!」

 「!?」

 奴のつま先を一瞬踏みつけ、同時に突放しつつそれを放す。

 ただそれだけ。人間の体とは、たったそれだけで虚を突かれる。

 たたらを踏み、間抜けな状態で動きを止める奴。

 自分がどういう状態にいるのか、そしてそれがいかに危険かは既に分かっているのだろうが、だからと言ってすぐ動ける状態ではない。


 「ッッ、シャァ!!」

 一気に踏み込んで、前蹴り。

 体重を十分に乗せたそれを上から股間に突き刺していく――さっきの礼をくれてやる。


 「ぐぅっ!?」

 それを受けながらもすぐに地に足を着けたのは褒めるべきだろう。

 「……っく!!」

 その状態で更に拳打で反撃に転じてきたのは称賛に値する。多分私ではあと一発貰うぐらいは隙を晒す。

 ――だが、それでも遅い。


 「シッ!」

 「!!」

 突っ込んでくる奴の右を、頭の左半分を覆うようにした左腕を下からぶつけて僅かに上に逸らす。

 恐らくずれたのはほんの僅かだろう。

 だがそれでいい。私はお蔭で安全に奴の反撃の下に入り込めて、そして――。


 「……シャッ!」

 「か……っ!!」

 体を起こす勢いでフックの代わりの右肘を奴の横隔膜に叩き込めたのだから。

 本来は鳩尾を狙っていたが、流石に僅かに回避行動をとられた。


 まあいい、まだ攻撃は続いている。

 「フッ!」

 肘がめり込んだ場所を中心に折れ曲がるように前に体を倒す奴。

 その後頭部。艶やかな黒髪を結い上げたポニーテールの根元付近を狙っての左ショートフック。

 「ぐうっ!!」

 「おっ」

 拳に鈍い衝撃が返ってくる。

 咄嗟に亀のように首をすぼめつつ振り返った奴は、回避も防御も諦めていた。


 ただし、ダメージコントロールだけはそうではない。


 少しでもダメージの小さい所=頭蓋骨の強い所で受けようとしたのだろう。側頭部の高い所をこちらのフックにぶつけるようにして受けてきた。

 思わず弾かれる。幸いグローブ越しの為折れてはいないが、期待していたほどのダメージも与えてはいないだろう。


 (なら、こっちだ!)

 弾かれた拳を開く――さっきの意趣返し。

 「シュッ!」

 「がっ!!」

 奴の右肩を鷲掴みにして、右膝を腹へ。

 一瞬、ほんの一瞬だが、蹴り足がめり込んだ瞬間奴の動きが止まった。

 ――この形でなら、その一瞬で充分だ。


 「シャッ!」

 「かっ……ぁ」

 突き刺した蹴り足を戻したところで、奴が体ごとぶつかってくる。

 技、と言うよりはただ力任せの体当たりの様でもあるそれは、確かにこちらを少しだけ引き離すのには役に立った。

 恐らく突き飛ばすのより、その勢いで自分が距離を取るのが目的だったのだろうという事は、こちらが反射的に奴を突き飛ばした瞬間に分かった。


 本当に大した奴だ。

 こっちがラッシュに入る瞬間を見越して紙一重でそれを逃れたのだから。


 (だが、半端だ!)

 距離、離れ方、どちらも。

 「……ッ!」

 腰を落とし、一気に踏み込む。

 一歩大きく入り、その足で更に踏み切って――跳ぶ。

 「ああああっ!!」

 裂帛の気勢。自身のそれに混じって会場のどよめきが耳に届く。

 それを受けながら、跳ぶと同時に耳の横でハンマーのように振り上げた右腕を振り下ろす――肘を叩きつけるために。


 「シャアアッ!!」

 「があっ!!」

 薪を割るように脳天への一撃。

 飛び上がるとは判断できなかったのだろう。回避も防御も、今回はダメージコントロールも間に合わなかった。


 直撃、直撃だ。

 ――現役時代、ムエタイ出身の選手が放ってきたこの技を受けた時の“俺”のように。


 「シャアアッ!」

 だがここでは止まらない。

 着地と同時に、無防備に棒立ちになっている奴の首を後ろ回し蹴りで刈っていく。

 「ぁ……」

 奴が僅かに声を漏らした。

 それだけを残して奴が沈んだ。

(つづく)

今日はここまで

続きは明日に。

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