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決勝10

 「ッ!!」

 速い。

 二人の間にある床が無くなったような、空間を圧縮したような勢いでの接近に、一瞬反応が遅れる。

そしてその隙を見逃す相手ではない。

 小刻みな左が続けざまに二発。一発目は空を切り、二発目を鼻に届かせてくる。


 「くっ!」

 三発目を防ぐために防御を上げると、それを見越したかのように奴が飛び下がる。

 再び睨みあい。お互いの間合いのギリギリ外へ。


 (流石に速いな……)

 ジャブ二発では大したダメージにもならないが、しかしそのスピードはしっかりと脳裏に刻まれている。

 ほんの一瞬。コンマ何秒か、それよりも僅かな時間でしかなかった反応の遅れ。

 それがもたらしたのが今の二発だ。


 やはり、只者ではない。


 「……」

 再び張りつめていく緊張。

 その中で奴が再度間合いを詰めてくる。

 (来たッ!)

 今度は同じ手は食わない。

 奴の出端に合わせるようにしてこちらも踏み込むと、その一歩が奴の間合いとなった。

 ――その中を更に一歩。奴の間合いを横断していく。


 「フッ!」

 「くぅっ!」

 突放すために放たれた前蹴りを腕で払落し、その足が戻るよりも前に懐へ。

 「シャッ!」

 既に警戒してあげられていた防御の隙を縫うようにボディへ右を打ち込む――手ごたえあり。

 「ッ!」

 だが当然それで崩れる相手ではない。

 僅かに下がりながら、私の右腕の上を通るようにしての突きが顔面に突っ込んでくるのを、その直前で辛くも回避――もしあと少しでも速ければ反応できなかっただろうギリギリの世界。


 「シャアッ!」

 空を切るや否や引き戻される奴の拳。

 それを追うように放った左。

 「クッ!」

 こちらもまた紙一重で払われてしまったが、間合いはまだ私のものだ。続けざまに右ストレートを叩き込む。

 狙うは今度こそ顔面。幸い――と言うべきか、先に打ち込んだ左が奴の防御を僅かにだが下げている。


 拳が伸びる。体重が乗る。

 目標過たず――その直前。

 「シッ!」

 「なっ!?」

 奴の左手が測ったように正確に、私の右の手首を払い飛ばした。

 勢いを殺すのでも受け止めるのでもなく、ただ僅かに軌道を逸らすだけの払い。


 それだけで、奴の小さな顔の輪郭から拳が外れていく。


 そして、それに気づくと同時に、反対に奴の突きが、体重の乗った一撃を払われた直後の私にはあまりにも速い突きが、私の顎に突っ込んできていた。

 「ぐぅっ!!」

 着弾の衝撃が背中に抜けていく。

 打たれた?いや撃ち抜かれたと言った方が正確な気さえするその突きは、顔面を打たれ慣れている筈の私の身体を一撃でよろめかせる程に重い。


 (これが直突きか……!)

 本物を打たれるのは初めてだが、その一発で恐ろしさを実感する。

 重い。こちらの体勢が崩れた状態で貰ったカウンターであるという点を差し引いても凄まじく重い。


 「やぁっ!!」

 そしてそれによって崩れた隙を見逃してくれる相手ではない。

 後ろに倒れそうになる体を何とか支えている間にも、追撃の中段回し蹴りが迫ってくる。

 「ッ!!」

 ギリギリでそれを受け止めて払い落すが、その次の瞬間には反対から、勢いも含めて鏡写しのようにもう一発の回し蹴りが迫ってきている。


 「こっ……の!!」

 だが、やられっぱなしと言う訳にはいかない。

 両腕を揃えて蹴りを受け止め、そのまま前進する。

 衝撃を腰骨で止め、その上で力を込め前へ。


 (こいつは受けに回ったら駄目だ。多少打たれてでも……!)

 まだ一分もたっていないが、それでも直感できる。こいつを自由にさせるのは危険だ。

 速く重い攻撃を持ち、その上僅かな隙も見逃さないばかりか、自分から突っ込んで隙を作ることも積極的。

 こういう相手には向こうの攻めを待って、そこから隙を突く戦法は相性が悪い。

 なら多少貰うのは覚悟してでも突っ込むべきだ。


 そちらに切り替えた直後のこれ。奴の蹴り足が戻っていくのを全身で追いかける。

 「シャアッ!」

 そのまま右ストレートを一発。

 「ぐっ!」

 今度は奴が受け止める番だ。

 そしてそこで止まらず追撃――と一瞬いつも通りに続けそうになるのを咄嗟に止めて退き左腕で頭を守ると、ちょうどその瞬間に合わせた様に腕に衝撃が走った。


 「ぐぅっ!!」

 やはり油断ならない。

 こちらが腕を引くのと、奴の反撃が来るのが同時だ。まるで最初から反撃ありきでこちらの攻撃を受け止めていたかのような速攻。恐らくこの切返しの早さは今まで戦ってきた奴の中で最速だろう。


 「ちぃっ!」

 いつもの感覚。下腹部に熱。四肢に血の流れ。

 こちらとてスピードでは負けていない。その拳打を受け止めきったという認識と同時に再度こちらの反撃を繰り出す。

 右のストレート。それを左足を前にした構えから鏡写しにするように右前に切り替える動作で回避した奴の、その横に動いた頭を迎えるように左フック。


 「ッ!!」

 そのフックの肘側に回り込まれる。

 まるでパンチをすり抜けたような動き。その動作で躱していると気付いたのと、こめかみを狙った一撃が届くのは同時。

 「ぐぅっ!!」

 そして、回避が紙一重で間に合うのもまた。

 「シッ!」

 「くっ!!」

 更に反撃で叩き込んだ右のボディブローが、それを防がんとした奴の肘を叩く。直後に感じる左襟の感触。

 「ッ!?」

 掴んできた右腕の下をくぐるようにして慌てて振り払い、腕の肘側を突放す。

 忘れてはいけない。こいつには投げもある。


 「ハァッ!!」

 「ぐ!!」

 一体どこまで想定済みなのか、掴みを躱した瞬間に、体の向きを変えながら放たれた前蹴りが私の下腹部を捉えた。

 抉り取る様な感覚に思わず声が漏れる。

 「ハッ!」

 しかし、続く顔を狙った右の突きは僅かに浅い。

 これを見逃さず躱してそのままカウンターへ。


 ――直後に走った手首の違和感はしかし、それが何なのか理解するにしても、それに対処するにしても、あまりにも直前過ぎた。

 「あっ!」

 手首が捻られる。

 外から内側へ。威力と精度を上げるために加えた回転にさらに上乗せがなされ、肘が完全に上を向く。

 「くっ!!」

 極められた。伸びきった腕を。このまま極めきられれば折れる。


 そしてそれすらも、私の意識をそちらに向かせるための布石でしかないということに気付くのには、やはり遅すぎた。

 「ハァッ!」

 「ぐうっ!!」

 腕が伸びきり、僅かに前のめりのままで動きを止めた私の、その腹に再び膝が突き刺さった。

(つづく)

今日はここまで。

続きは明日に

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