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決勝6

 翌日の昼休み。

 昨日は食いっぱぐれてしまった昼食に向かう道すがらで、風見鶏たちが私を囲んだ。

 「ミス・ハインリッヒ、今日の放課後会長からお茶会にご招待されたと伺いましたわ!」

 「会長とお付き合いがあられましたのね!」

 なんとも耳の早いことだ。芸能リポーターかこいつらは。

 まあ、却って好都合だ。

 「ええ。ご招待いただきましたわ」

 わっと辺りが沸き立つ。


 昨日私がやったようなものとは違い、招待状を送ってのお茶会というのは、ただ単に茶飲み友達を誘っているのとは訳が違う。言ってしまえば半分以上フォーマルなイベントなのだ。

 勿論実際に公式行事という訳ではない。だが、招待状のやり取りがあるという事は、貴族の誰それが主催する会に正式に、口約束ではなく誘っているという意味になる。

 間違いが無いように書面に起こす――現代でもあらゆる場面で見られるこの慣習は、こちらの貴族社会では一層重い意味を持つ。


 そして会長=ローゼンタール家のご令嬢となれば、それは学園内において特別な正体である。何しろ――定期的に開かれるものではないのにも拘らず――これに招待される事を目当てに取り巻きになる者までいるというのだから、その価値も分かるというものだ。


 「何でも先日の武闘大会三回戦のメンバーで親睦を深めたいとの事でした」

 招待状の指示通りそう付け足してやると、沸き立っていた声に小さくないどよめきが混じった=考えていた通りの結果。

 「一度は戦った相手であっても、試合が終われば互いを讃えあいたいというお考えなのでしょう。大変素晴らしいと思いませんこと?」

 連中の反応が面白くてアドリブで付け加えてやる。


 「え、ええ……仰る通りですわ」

 この風見鶏はまだまだ青い。顔に書いてある――平民や騎士まで招待されるとはどういう事だ?


 そして、その日の放課後。

 「では、行ってらっしゃいまし」

 マルタが入念に皺を伸ばしてくれた制服に袖を通し、招待状をしっかりと携えた私は、まさに貴族とその使用人といった感じで送り出された。

 廊下ですれ違う連中が、こちらを見てざわざわと何かを言い合っている。


 (流石に少し恥ずかしいな)

 だが、悪い気はしない

 そんなざわめきの塊がそこらに現れている廊下を抜けて、反対側の棟へ。

 指定されたのはここ東棟の談話室だ。


 「お待たせいたしました」

 「ようこそおいでくださいました。ご案内させて頂きます」

 談話室の扉の外で待っていたのは面識のないメイド。恐らく彼女が会長を担当しているメイドだろう。

 なんとなくマルタよりもベテラン感があるというか、キャリアウーマンのような印象を受ける人だ。


 恭しく頭を下げた彼女に招待状を渡すと、ちょうど同時に後ろに気配を感じた。

 「あら、ごきげんよう」

 「ごきげんよう……!」

 「ごっ、ごきげんよう……!」

 振り返った先に昨日の二人。

 目に見えて分かる程にガチガチに緊張している。

 まあ無理もない。恐らく正式なお茶会など未経験だろうし、相手はあの生徒会長=ローゼンタール公爵令嬢だ。


 そして本人たちが理解しているかは分からないが、その茶会のある意味での主賓なのだから。


 周囲の野次馬連中が遠巻きに人垣を作りながら私達三人を見て口々に何かを言い合っている。

 お茶会をするには少しうるさいが、今回の会には彼女達が必要不可欠だ。彼女達の数が多ければ多い程、そのざわめきが大きければ大きい程に会長の企みは成功と言える。


 これは会長が仕掛けた一種の示威作戦だ。

 今なら分かる。昼の段階でお茶会の情報を流出させたのは恐らく会長本人だろう。

 そして午後いっぱいをつかって、このスクープを行き渡らせ、こうしてこの“異常事態”を一人でも多くの人間の目に焼き付けること、それが会長の狙いであり、この二人への攻撃を――少なくとも会長の在学中は――諦めさせる最も強力と思われる防御手段だ。


 招待状を出してのお茶会=半分以上フォーマルなイベント。

 つまり、ローゼンタール家の人間が友人と認めた相手を公式に招待してのイベント。

 別の言い方をすれば、ここに招待された人間は会長から友人であると認められた人間であるという事。

もし今後ユーリアやカレンに――勿論私にもだが――表立っては無論の事、陰でこそこそとでも危害を加えることがあれば、それは会長の友人に危害を加えたという事になる。


 証拠がない以上処罰は出来ない。教師たちは恐らく見て見ぬふりだろう。

 なら、実力行使に訴えるまで。非道がまかり通り法も役に立たないのなら、それすら超える権力によって対抗する――それが会長の答えなのだろう。


 内心で笑う。ある意味最も貴族らしい解決法かもしれない。

 そして、最大限ぎこちない動きで招待状を渡す二人の方にも目をやる。その招待状をもってここまで来たという事は、つまり完全武装の軍隊に守られてきたのと同義だった。


 「本日は急なご案内にもかかわらず、ようこそおいでくださいました」

 談話室の中には既にお茶会の準備が整っていた。古式の作法に則り専用のキャンドルまで灯っている。

 「本日はご招待いただき、誠にありがとうございます――」

 こちらもハンナ嬢の記憶をフル動員してのカーテシー。

 最初の一言の後に長々と挨拶と感謝を述べる。

 後ろの二人がその様子を目に焼き付けんとしているのが見なくても分かった――頭の中がカンニングペーパーで助かった。


 そうして始まったお茶会は、昨日のそれと打って変わってまさしく貴族の儀式としてのそれ。会話の内容は取り留めのない世間話や試合の話などだったが、それすらきっちりと厳格に定められた形式に則った儀式のようにすら感じた。

 ――もっとも、それでも居心地の悪さを感じる事が無かったのは、キャンドルを挟んで対面に位置する主催者の穏やかな物腰によるものなのかもしれない。


 やがて時間が訪れ、それぞれの立場で形式に則った挨拶をしてお開きとなった。

 「ミス・ハインリッヒ」

 談話室を離れる直前に会長に呼び止められる――これは形式にない。

 その例外に、会長はそっと耳打ちするという例外を重ねる。

 「今回はありがとうございました」

 そのありがとうの範囲がどこまでかは私でもわかる。

 だから、私も例外を返した。

 「こちらこそ。心強い御対応感謝いたします」

 恐らくあの二人は気付いていないだろう――昨晩のミーアと同様に。

 そしてその事に触れて、会長は微笑みながら締めた。

 「どうか二人にはご内密に。二人ともきっと善良な人でしょうから、委縮されてしまうかもしれません」




※   ※   ※




 「また放り出されてしまったな……」

 お茶会の片付けをやろうとしたらメイドのイリアに断られてしまった。なら手伝わせてほしいと申し出たのだが、「私の仕事を奪わないでくださいまし」とぴしゃりと言われてしまった。

 仕方ない。普段やらせてもらっているのだ。今日はお言葉に甘えよう。


 「さて……」

 部屋に戻った私は、誰もいない事を確認して伸びをした。

 初めてではないとはいえ、やはりこういうのは慣れない。

 ――これであの二人が、いわれなき中傷から逃れられればいいのだが。


 「……」

 扉の向こうに目をやる。

 当たり前だが、この先には今も沢山の生徒たちがいる。

 「やはり、父上や兄上のお考えは正しかったか……」

 自分の口から漏れたその声が外に聞こえる事はない。


 貴族は癌だ。

 この国を蝕む癌だ。

 癌は初めは小さくともやがて体を蝕み、ついには命を損なわせる。

 なら、切れるうちに切るのだ。徹底的に。根こそぎ。

 その癌の小さなサンプルが、今のこの学園だ。


 勿論、私も貴族だ。ローゼンタール家はこの国に五つある公爵家の一つだ。

 だが、それも間もなく終わる。

 ローゼンタール家も、他の全ての家も。

 貴族はただの名称になり、それ以上の意味を持たなくなる。誰かを虐げる免罪符ではなくなる。


 「……」

 壁際に立てかけた姿見の前に立つ。

 この国の貴族は終わる。

 人口の一割にも満たないのにかかわらず、国内の富の四割を独占しているこの階級は、まもなく。


 私はそのためにこの学園にいる。

 その志のもとに働いておられる父上や兄上のために。


 生徒会の活動、そして武闘大会。

 どちらも情報収集とイメージアップの為のものだ――今日の二人のような者達を味方に引き入れるための。もっとも、私自身あの二人をなんとかしてあげたいと思ったのは本心からだったが。


 「……ッ!」

 鏡の前に構える。

 映っている自分の姿――それがやがて、ハンナ・ハインリッヒに変わっていく。

 (どうしてだろう……この気持ちは)

 恐怖と興奮の混合物:彼女の試合を見た時の感覚。

 今までの人生で三度だけ経験したその良く分からない感覚を、私はどうしても忘れられない。


 (落ち着け。落ち着いて、目的を思い出せ)

 自分に言い聞かせ、鏡に浮かび上がったハンナ・ハインリッヒに正対する。

 一歩間合いを詰める。

 もう半歩詰める。


 刹那、ハンナが動いた。

 「ッ!!」


 直突。

 鏡面との距離は豆一粒。

 その向こうに、もうハンナ・ハインリッヒはいなかった。

 同じポーズの私が鋭い眼光をこちらに向けていた。

(つづく)

今日はここまで

続きは明日に。

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