決勝5
「さて、この話はもう終わりにしましょう」
自分で切り出しておいてこういうのもどうかと思うが、これ以上何かを言う事も出来ないし、部外者が踏み込むべきではないだろう。
結局、それ以降は取り留めもない世間話に落ち着いた。
ごく普通の、どこにでもあるガールズトーク――と呼んでいいのかは分からない。私がいる関係で。
まあ、二人もだいぶ緊張が解けてきたようなので細かい事は置いておこう。
そんなこんなで話を続けているうちに、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。午後の最初の授業が終わった合図だ。
この辺が潮時――その感覚もなんとなくお互いがつかめる位にはなっていた。
「今日はありがとう。無理に付き合わせてしまってごめんなさいね」
「いえ、そんな。こちらこそありがとうございました」
二人とも何とか笑えるぐらいになっていたのは、私の功績と誇ってもいいのだろうか。
「失礼いたします」
不意に扉がノックされ、マルタが開いてみたその先に恭しく頭を下げるメイドが立っていた。
その手には大事そうに制服一式が抱えられている。彼女がカレンを担当しているメイドなのだろう。恐らくこちらが話に興じている間にマルタから連絡がいっていたようだ。
そのメイドからひどく丁寧に礼を言われてしまった。
なんというか、こちらが申し訳なくなるぐらいに。
そして、カレンはそのメイドと同じぐらい丁寧に礼を言っていた――私とそのメイドとに。
彼女の着替えが終わってから、二人が部屋を離れる。
「……どうだったかしら?少しは気が晴れて?」
流石にこれは否定しづらいだろう。だが、多少はましになったと思いたいし、そう思えるぐらいには笑顔が見えるようになっていたと思う。
――といっても、まだユーリアは時々何かを思い出したように沈んだ表情を浮かべる時がある。
だが、それをどうこうするには時間も手段もない。その上それが階級上の話となれば私が何を言った所で気まぐれな貴族の綺麗ごとにしかならない。
「あ、最後にユーリアさん」
「はい?」
そっと彼女との距離を詰め――隠しておきたかったのだろう彼女の想いを汲んで――耳元で囁く。
「脇腹、痛むようならちゃんと見て頂きなさい」
はっとして頭を下げるのが答えだった。
後は、二人の間でなんとか立ち直ってくれると期待する。しっかり身を寄せ合って、ユーリアに嬉しそうに何かを囁きながら去っていくカレンの姿を見送りながらふとそう思った。
「あのお二人、大丈夫でしょうか……」
同じく見送っていたミーアが私の隣で小さくつぶやく。
「そう信じましょう。……ごめんなさいね、貴女まで巻き込んでしまって」
そう言うと、ミーアは慌てたように首を振った。
「い、いえ!そんな!お気になさらないでください」
それからさっと視線を落とし、頬を赤く染めながらぼそぼそと続く。
「その……不謹慎かもしれませんが……、楽しかったですし」
彼女も二人の先輩と打ち解けていたようだった。
同病相哀れむという奴だろうか。一応は貴族階級とはいえ、受けていた扱いの近い彼女にはあの二人に思う所もあったのかもしれない。
「……あの、お姉様」
「なにかしら?」
「お姉様は、どうしてあのお二人をお招きになったのですか?」
それは単純な疑問のようだった。
しかし同時にこうも言っているように思えた――どうして私達のような存在を気にかけるのですか?と。
「……そうねえ」
少しだけ考える。
カレンに関してはトイレで鉢合わせてどうしても放っておけなかったからだ――あくまで私がだ。ハンナ嬢ならどうしたのかは分からない。
だが、ユーリアやかつてのミーアは?と聞かれると、色々と考えてしまう。
ミーアは命がかかっていたという事もあるが、ユーリアに関しては完全に成り行きとしかいえない。強いて言えばあの場で一人置いていく訳にもいかなかったというぐらいだろうか。
「うーん……」
そして私の頭では、そこから多少考えても一つの答えを見つけてしまうと、それで一応の解決とする動きがどこまでも活発になるようだった。
「だって、私が勝ったことで人が不幸になるようで目覚めが悪いではありませんか」
結局、これだ。
どうしてか分からないが、私がここにきて知り合った選手には――全員ではないが――その後厄介ごとを抱える者が多い。
ただ一度きりの試合ならそんな事知らずに済んだのだろうが、こうして同じ学園で過ごしているとそうもいかない。
「成程……」
ミーアが小さく頷いて、それから微笑んだ。
「やっぱり、お姉様はお優しいのですね」
「……買い被りですわ」
それが照れ隠しなのは、多分ばれていた。
さておき、その後すぐに私は次の授業に出席した。
取り巻き共の何人かからサボりの理由を聞かれたが適当に誤魔化し、同じぐらい適当にこの授業も聞き流す。
取り巻き共=カレンとユーリアの件に関して限りなく黒に近いグレーの連中。
そいつらの顔を見ていると、その上辺だけの親しみを感じていると、どうしてもあの二人の事を思い出す。咄嗟にカレンを庇ったユーリアを、そのユーリアに幸せそうに何かを囁いていたカレンを。
(何かしてやれないかなぁ……)
何も出来ないし、余計なお節介だろう――頭の大部分はそれを訴えるし、それが正解だとも思う。
第三者がこの問題について何が出来るのかがわからないし、出来る事があったとしてそれが果たして事態をいい方向に向かわせるものなのか確証が持てない。
ただ自分の興味で無闇にかき回してしまうだけではないか?そんな疑念を振り払えない。
(ただ、なぁ……)
どうしてもびしょ濡れで泣いている姿を見てしまうと、そのまま放置するのは心が咎める。
しかし理性が更に言う。だからと言って何が出来るのだ、と。
いじめは立証できない。少なくともこの学園で、貴族以外の階級の生徒が受けた被害は、現行犯でもない限りは。
いや、現行犯でも厳粛な処罰や被害者の保護を教師陣に期待するのは無理だろう。
たとえ何をしようが貴族は貴族で、それ以外はそれ以外――それがこの学校の不文律だ。入学資格と武闘大会の出場資格は、その稀有な例外と言っていい。
そしてその日の放課後、いつもの練習を終えた私はミーアに一通の手紙を託した。
「これを、お願いね」
「畏まりました」
午後の授業中に考え、人目に付かないよう用心しながら急ピッチで書き上げたそれは、しっかりと封蝋をして閉じてある。
あて先は生徒会長。内容は――言うまでもない。
これで解決するとは思えない。だが、少なくとも私一人で思い悩むよりはましだろう。
「……ですが、私があずかってよろしいのですか?」
「ええ。むしろ貴女にこそお願いしたいの」
私がこの後の時間、取り巻き共=重要参考人共の注目を集めずに生徒会室にいく方法はどうしても思いつかなかった。だが彼女ならそのマークもない。
「は、はい!お任せください!」
その日、再びミーアに会ったのは消灯前だった。
マルタを帰した後に現れた彼女の手には私が放課後に渡したのとよく似た手紙があった。
「これを、会長よりお預かりいたしました」
「会長から?」
彼女を部屋に招き、受け取ったそれを開封して二人で覗き込む。
「これは……」
文面に走らせた目を、ミーアに向ける。
思わず笑みが漏れる。成程、そういう手か。
「お姉様?」
ミーアはまだその真意を掴んでいないようだった。
改めてそれに目を落とす。
達筆なそれは会長主催のお茶会の案内状。招待客は、私とあの二人。場所は東棟の談話室。
その招待と一緒に出てきた一枚の紙片――そこにはこう書かれていた。「もし明日、この件を誰かに尋ねられたら、正直に包み隠さず、開催するとお伝えしてください」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に。
遅くとも今週末には試合始めたい