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決勝4

 「さっ、どうぞ」

 三人に促しながら私もティーカップを持ち上げる。

 ふわっと立ち昇る湯気が鼻腔をくすぐり、心地よい香りが抜けていく。

 唇を湿らせる程度に口に含んでからティーカップを置くと、ソーサーとカップがカチリと軽い音を立てた。


 「……ふぅ」

 一息ついてから、同じようにカップを置いた二人の方に目をやる。

 「どうかしら?すこし落ち着いて?」

 「ええ……」

 躊躇いがちに返事を返したのはユーリアだった。

 「そう、なら良かった」

 定型文を口にしながら、彼女の発したそれも社交辞令であるということは、その強張った表情からはっきりと伝わっている。


 しばし沈黙。

 二人から切り出すことはまず出来ないだろう。

 ミーアも中々難しいだろうし、なにより口を開くには情報が無さすぎる筈だ。

 となれば私しかそれが出来る者はいない。


 「……さて、あまり触れないのも不自然ですわね」

 机の上に落ちていた二人の視線がぴくんとこちらに跳ねる。

 その四つの目をそれぞれ見返しながら、可能な限り穏やかな声を意識した。

 「どうかしら?もしよろしければなのだけれど……。何があったのか、教えてくださらない?」

 返事はない。

 ただ目線が元の位置に戻っただけ。


 「……勿論、言えないのならそれでも結構。言いたくない事を無理に聞き出そうとは致しませんし、好奇心であれこれ詮索するつもりもございませんわ」

 その目線の下降運動を引き留めるように言葉を続ける。

 「でももし、話した方が楽になると思ったのなら、そうして頂ければ」

 ここまでの空気とその言葉で、目の前の先輩二人に何が起きていたのかをミーアも大体理解したと言う事が、視界の隅に映る彼女の、改めて二人の様子を見る姿でなんとなく分かった。


 しかし、それ以降も再び沈黙が戻ってくる。

 (まあ、無理もないか……)

 中々どうして、ついさっき会ったばかりの赤の他人に身の上話をするというのはハードルが高い。それも自分が受けた被害についてとなれば尚更だ。

 これはあくまで主観だが、自分の被害の話というのは中々に難しい。聞き手にしてみれば声高に主張すれば嘘くさいものに聞こえるし、話し手としても本当に辛い人間は誰かに打ち明けることも出来なくなるものだ。


 「「……」」

 二人は沈黙したまま、まるで叱られた子供のように時折私の顔色を窺っている。

 別に無理に聞き出そうとはしない――もう一度そう言おうとした時、その言葉を飲み込ませる声が沈黙を破った。


 「……友達が」

 それはカレンの声だった。

 普段の彼女をよく知らないので何とも言えないが、昨日の試合で見せた印象とは大きく異なる、かすれてか細い、窓から漏れる風の音と間違えそうなほど静かな声。


 「友達が……、その子……いえ、その人は……貴族の生まれで……」

 貴族の部分を言うのに少し躊躇ったのは私にも分かった。

 その理由が恐らく正面にいる私の出自にあるということも。

 「応援してくれていたのです……。でも、でも今日になったら……、突然……」

 それから先は続かなかった。

 俯いて、小さく肩を震わせていた。


 「ひどい……」

 隣でミーアが呟いた。

 そんな断片的な情報だけでも、彼女が昨日敗退した瞬間に見捨てられたのだということは伝わってくる。

 普段の彼女がどういう性格なのかは分からない。

 もしかしたらその相手の貴族の子にも何らかの言い分があるかもしれない。


 だが、それでもだ。


 それでも、ただ一度、武闘大会での敗戦で無くなる友人関係など、その関係をそう呼ぶのは無理があるような繋がりであるという事には恐らくこの場の誰も異議はない。

 大方、この子は最初からステータスとしてその貴族の子に利用されていたのだろう。

 平民とも分け隔てなく接する寛容な姿を見せるため?だとすれば試合の後に捨てる事の説明がつかない。そういう時こそアピールチャンスだろう――今こうしている私自身の姿を脳内で否定しつつそう結論付ける。


 となれば、恐らく付き合うメリットが無くなったのだ。

 もし彼女が優勝すれば、その後援者であるとして自分も大きな顔が出来る――多分そんな魂胆だろう。

そして昨日の敗退の時点で彼女がその望みを果たせなくなった。

 ならもう用はない。薄汚い平民風情に友達のふりをしてやる必要なんてない。むしろ思い上がった下賤に誅罰を加える立場に一刻も早く加わった方が安泰だ――こんなところか。


 「そうでしたの……」

 気の毒なのは、彼女がその寄生虫を本当に友達だと思ってしまった事だ。人がいいというか――辛らつな言い方をすれば――馬鹿というか。


 「ごめんなさいね、辛い事を思い出させてしまって」

 「い、いえ……そんな……」

 謝りながら、彼女に何かかけてやる言葉を探す。

 ――この体になって便利な事の一つがこれだ。私の中にはハンナ嬢と“俺”の記憶がデータベースのように残っていて、そのリストの中から探し出せばいい。


 「でも、そんなに悲しまないで。貴女には良きお友達がいらっしゃるじゃない」

 「え……?」

 これは確か、前にジムの会長に連れて行ってもらった店のママさんのトークだったと思う。

 こんな所で使う事になるとは思わなかった。

 もっと言うとそもそも私が使う事になるとも思わなかった。

 「隣にいらっしゃるでしょう?」

 二人がちらりと視線を交わし、同時にぽっと赤くなる。

 二人いる場合はその客同士をぶつける――テクニックとしてやっていたのか、たまたま常連二人をそうあしらったのか分からないが、そのママさんがジムの会長と、あの人と知り合いらしい常連の爺さんを相手にしていた時の方法だった。


 「私がタオルとガウンを持ってきた時の話です。ユーリアさん、私を見つけた時に咄嗟に貴女を庇おうとしていたのよ」

 ユーリアには申し訳ないが使わせてもらう。

 「あっ、あれはっ、あれはその……、申し訳ございません!」

 「い、いえ!違うの!違うのです。責めている訳ではありませんのよ。ごめんなさい変な事思い出させて」

 まさか謝られるとは思っていなかったため、今度は私が慌てる番だった――やはり慣れていない事をするべきではない。

 だが、ここで止める訳にもいかない。最後まで言い切ってしまわないとなんとも半端な形になってしまうだろう。


 「ねえユーリアさん。貴女はどうかしら?カレンさんの事……って、私が聞くようなことではないわね」

 これ以上突っ込むのは避けるが、彼女達にも自覚は多分あるだろう。

 あの時ユーリアが私に向けた警戒。あれがどういう意味でのそれなのかは分からない。

 恐らく彼女も痛めつけられているのだろうし、或いは貴族階級そのものへの不信もあろう。

 だが、その警戒がもたらした答えがあの視線だけではなく、カレンを庇う事だったということは、彼女の中でカレンがどういう存在なのか、少なくとも好いているのかそうでないのかは明らかだ。


 その証拠に、二人は互いを見合っては再び真っ赤になって目を逸らして、同時に視線を机の上のハーブティーに走らせている。


 これ以上、私が何か言う必要はないだろうし、何か言う事も出来ない。

 ただ、多分だが、被害を受けた直後よりもショックが和らいでいるだろうと思いたいのは、そこまで現実の見えていない理想論ではない――と思いたい。


 「ごめんなさい。勝手に詮索して一人で喋ってしまって」

 そう言ってその話を打ち切ったのは、その考えがあったのともう一つ。

 私自身がこういう慣れない事に限界が来たからだった。

 別にそこまで善人でも世話焼きでもない。ただ何となく放っておけなかっただけだ。

(つづく)

今日はここまで

続きは明日に。

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