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決勝3

 「「え……」」

 二人が互いの顔を見合わせる。


 「大した理由ではございませんわ。ただ、なんとなく気乗りがしなかっただけ」

 だから暇つぶしに付き合ってくれ――それをどう取られるかは未知数だが、すくなくとも相手の緊張を解く方法として私がすぐに思いつくのはこういう態度だ。


 あと一押しとばかりにぽん、と手を叩いて更に続ける。

 「そうですわ。お茶でもいかがかしら?たまにはゆっくりとお茶をするのも悪くありませんわよ。……それに」

 ここからが重要なポイント。それを理解してもらうために少し間を開けてから。

 「そんな状態で次の授業に平然と出られますの?」

 「「!!」」

 そこは痛い所なのだろう。

 まあ、無理もない。


 「どうかしら?気分転換でも」

 もう一度二人が目配せ。

 警戒しなければいけない相手だ。

 この申し出だって一体何を企んでいるのか分からない。

 だが同時に、今すぐいつも通りに午後の授業に出られるかと言われればそれには少し無理がある。

 大方そんなところだろうか。


 「そ……、それでしたら……」

 意外にも、最初に誘いに応じたのはユーリアの方だった。

 その表情にはまだ警戒が抜けていないが、それでも一応の信頼は勝ち取ったと言う事か。

 (それとも、友達の為か……)

 ちらりとカレンの方を見る。

 誘いを受けるにしろ断るにしろ、彼女をこのまま一人にしてしまう選択肢は避けたいという所なのだろうか――誘いに応じる直前にもう一度彼女を見た時の視線からして、その可能性は高い。


 「で、では……私も……」

 恐らくカレンのその答えをユーリアは見抜いていたのだろう。

 それでいい。それで十分だ。

 大きなお世話であることは重々承知だが、そうホイホイ信用されてしまえばそれはそれで彼女達の将来が心配になってしまう。


 「よし!じゃあ決まりですわね!それじゃ、私のお部屋にいらっしゃいな」

 二人の気持ちが変わる前に話を進めるべくはっきりと宣言し、踵を返して寮へ歩き出す。

 「あ、あの、ですが……」

 「はい?」

 カレンの声にもう一度振り返る。

 「あの……授業はいかがすれば……」

 「そうねぇ……」

 真面目な――いやそれが正しいのだが――心配にこの悪い先輩は現代での学生時代によく言い訳にしていた手段を使う事にした。


 「貴女、次の授業は何かしら?」

 「政治学です」

 「あんなもの将来何の役にも立ちませんわ。テストが心配なのでしたら、教科書の内容を後で暗記すればそれで十分です」

 と言っても私――正確には“俺”――が言い訳にした相手は数学で、教科書の内容を暗記なんて出来なかったしする気もなかったのだが。

 まあ、この場合は数学よりもう少しその理屈が通りそうな授業で助かった。政治の話は分からないが、それでもあんな夢物語を政治だと思っていたら余計に困りそうな代物だと言う事はハンナ嬢の記憶で教わっている。

 恐らくそれぞれ平民と騎士という彼女達の身分からすればよりそれが顕著だろう。


 「ユーリアさん。貴女は?」

 「えっと、私もです」

 「なら良かったわ。あれは眠くなるばかりですもの」

 本当は聞き流しているだけでいいのでそこまで眠くはならない。

 ここも数学の経験からだ。あれは聞き流していても眠くなるから恐ろしい。


 「眠く……ですか」

 聞き返すその声に、どこか笑いのような物がほんの少しだが混じったのは恐らく聞き間違いではなかったと思う。

 この国で騎士が受けている扱いを考えれば、その意見がまったく的外れの暴言には思えないのだろう――その風潮の卸元の家の人間がそう考えるのもおかしなものだが。


 「それで心配はなくなったかしら?それなら、冷えてしまいますわ。はやく行きましょう」

 ちらりとカレンを見る。

 拭いたとはいえ、今の格好では寒かろう。


 もう残り少ないとはいえ時間はまだ昼休み。自室に戻っている生徒も決して少なくない。

 そんな中を、人目を避けるように早足で移動する私達。

 濡れてしまった制服を抱えたガウン姿のカレンを私とユーリアで隠すように前後を挟んで移動する。別に話し合った訳ではないが、自然とこんな形になった。

 「……」

 恥ずかしいのか、或いは申し訳なさを感じているのか、腕の中の制服を中心に丸まるような姿勢でカレンが私の背中のすぐ後ろにいるのが、廊下の姿見に移った。


 廊下を進み、階段まであと少し。

 その時唐突に、その階段を下りてきた人物と目が合った。

 「お姉様?」

 「ミーア!」

 相手の正体に胸を撫で下ろす。彼女なら安心だ。

 そのミーアは私達の列を見て、すぐに異常を察したようだった――まあそりゃそうか。


 「えっと……どうかなされたのですか?」

 その問いかけに詳細に答えている時間はない。少なくとも今は。

 「丁度良かったわ。ミーア、ものは相談なのですけれど」

 「は、はい。何でしょう?」

 「貴女次の授業サボるつもりおありかしら?」


 「お帰りなさいませ……あら?」

 迎え入れてくれたマルタが後ろの三人に気付いた。

 そう、三人だ。ミーアも同じ論法で――彼女は別の授業だが――丸め込み付き合ってもらう事にした。


 ミーアの事は安心していいとだけ二人には伝えている。

 二人が内心どう思っているのかは分からない。正直に言うと、私が彼女に同席して欲しかった。

 ハンナ嬢の記憶があるとはいえ、女のいじめに関して私は良く分からない。

 ミーアの経験が少しでも二人の緊張を解く助けになってくれるかもしれないという想いで誘ったのだった。


 「突然ごめんなさいマルタ。お茶と、何かお茶請けがあれば用意して頂けるかしら?」

 そう言われた時、一瞬彼女が浮かべた嬉しそうな顔は、カレンの格好を見てすぐに穏やかな笑顔に変わった。

 流石は学園のメイド。今は自分の興奮を抑えるべき時であると分かってくれたようだった。

 ――ガールズトークをするために集まった所を見ただけで興奮するものなのかは分からない。趣味の世界は同好の人間にしか。


 「かしこまりました。直ちにご用意いたします」

 しっかりメイドモードでそう答えると、後ろの三人に恭しく一礼して中へ案内する。

 「お洗濯でしたらお預かりいたします」

 「あ、いえ。ですが……」

 言いよどんだカレンに私からも付け加えておく。

 「どうぞお気になさらないで。本当ならすぐにお洗濯するところを、私が早く早くと連れてきてしまったのですもの」

 「い、いえそんな!連れてきただなんて……」

 恐縮されてしまったが、それをチャンスとばかりに今度はマルタの方へ。


 「マルタ。後でカレンさんのお部屋にそれを届けて差し上げて頂ける?それと……今回の件は全て内密に。ここにいる私達だけの秘密にして」

 そう。全て秘密だ。

 私達がここに集まっている事も。

 その理由がこの二人であると言う事も。

 一体何故、そんな事をする必要があるのかと言う事も、何故カレンがガウン姿で濡れた制服を抱えていたのかという事も。


 ここで知り得た事、この後知り得ることは全て秘密。誰にだって面子がある。知られたくない事はある。


 「はい、勿論心得ております」

 そう言って二人の方をちらりと見たマルタは、また穏やかな笑みを浮かべた。

 何も心配はいらない――そんな風に見える笑顔だった。


 「お待たせいたしました」

 それから少しして、ティーセットと茶菓子の乗った盆を持って現れたマルタは丁寧に、そして手早く全員の前にそれぞれの準備を整えていく。

 注がれたお茶からは独特の香りが湯気と共に立ち昇っていた。


 「本日はハーブティーをご用意いたしました。きっとお心が穏やかになりますよ」

 彼女はやはり状況を分かっていた。

 その言葉は、間違いなく硬くなっている二人に向けられていた。

(つづく)

今日はここまで

続きは明日に。

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