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予選1

 その翌日の夕食。私は憮然とした表情で口に料理を運ぶことになった。

 味については問題ではない。いつも通り薄く、かといって素材本来の味わいを楽しむには手がかかりすぎた料理の数々だが、まあその辺は慣れた。むしろ塩分控えめで体にはいいかもしれない。


 「まあ、仕方ありませんわね……」

 小さくぼやいてさらに残っていた最後の鶏肉を口に放り込む。

 今日のメインディッシュは鶏肉と豆の煮込み。いつもより量が多い。

 メインディッシュだけではなく、いつも付け合せに出てくるパンもまた、明らかに昨日より、そして隣や周りよりも多くなっている。

 武闘会出場選手は増量するという事だろう。それもタンパク質と炭水化物を、だ。それは有難い。


 それが例え、大会前に選手ではなくなるかもしれないとしても、候補であれば増量してくれるのだから。




 問題があったのは今日の放課後に行われた寮集会だった。

 授業の終了と共に寮の集会場に集められた私達西寮の生徒たちは、寮長のミス・コンロイから武闘会出場希望者が5人いるため、抽選によって選ばれた組み合わせによる予選を行う事になったと伝えられた。


 まあ、それは良い。エントリーした時に生徒会から伝えられていた事だ。


 私を含む出場希望者はその場で全員が壇上に上げられた。その中には用紙を提出した際に出会った彼女も含まれていた。

 「では、こちらの5名の中から予選を行う2人を抽選いたします」

 寮長はそう宣言すると、穴の開いた箱に手を入れて、折りたたまれた紙二枚を引き抜いた。


 「では発表いたします。今回の寮予選はミス・ミーア・リリー・カルドゥッチ・ラ・アスルセルヴァと……、ミス・ハンナ・コーデリア・ハインリッヒ・ラ・ラルジュイルに決定いたしました」

 他の寮生からの拍手――社交辞令。


 「二人とも、名誉ある武闘大会の選手に相応しい試合を希望します」

 そう言いながら決して私と目を合わせようとしない寮長。

 第六感というべきか、咄嗟にそんな彼女からギャラリーに視線を向ける。

 整列の順序は決まっている。つまり、特定の誰かを探そうと思えばそれも出来る。


 「……」

 目当ての人物とはすぐに目が合った。

 その小憎らしい笑顔を私に向けていた。

 ――仕込みやがった。


 証拠はない。そんなものを残す程馬鹿ではない。

 だが奴は、シャーロット・ベニントンは、恐らくこの抽選に細工をしている。そしてこちらも恐らく――しかしほぼ確実に――懐柔なり買収なり、或いは脅迫なりで寮長を抱き込んだ。偉大なるは公爵家の御威光という訳だ。


 そうまでしてぶつけたかった相手=今や向かい合って互いの健闘を誓う握手を交わしている相手を改めて見る。

 青いリボンタイをつけている事から一年生だろう。

 つまり私の2歳下だが、それを差し引いても決して格闘家として恵まれた体格ではない。

 程よく引き締まってはいるが身長は精々160cmに届かないぐらいで、今握り合っている手も、当然ながらそれが繋がっている腕も、それが伸びている体も小さい。全体的につくりが小さいのだ。


 ボブカットにした黒髪の下、まだあどけなさの残る可愛らしい顔は緊張故か硬くなっており、一瞬目を合わせるとそれだけで金色の瞳を手元に落とし目線を逸らされてしまった。


 ――無理矢理か。

 その態度から咄嗟に思いついた仮説:今回の参戦はこの子自身の意思ではない。

 どういう理由があってかは知らないが、私と戦うために参戦を強制させられたのだろう――まず間違いなくシャーロットによって。

 目的は私の出場を阻むか、それが出来なくても他の選手に私の手の内を晒させるためであると考えてまず間違いないだろう。

 彼女の使う技は不明だが、素人相手であれば多少不利な体格でも十分――そう考えたのか、或いはそんな事を考えるまでもなくこの子で潰せると踏んだのかは分からないが。




 「やる事やるしかない……ですわ」

 鶏肉を飲み込んで小さく溜息と共に吐き出す。

 続いて今日のデザート。ジズの実という、小ぶりなグレープフルーツのようなフルーツに手をつける。

 見た目だけでなく味もそれらしいこのフルーツは、この学校で食べたものの中で数少ない美味しいと思える食べ物だった。

 味が近いという事は栄養素もそれに近いのかもしれない。だとしたら、これがメニューに含まれているのはやはり選手の体調に配慮してという事だろうか。

 ――もっとも、それはこの世界の料理人が理論としてでも経験上でもいいがグレープフルーツ≒ジズの実の効能を知っているという前提が必要だ。勿論ただ単に単価が安いからという可能性も捨てきれない。


 そんな食事の時間を終えて食堂を出ると、待ち伏せていたようにシャーロットと鉢合わせた。

 「「ごきげんよう」」

 私とは対照的に随分と機嫌のよさそうな相手――理由は言わずもがな。

 「この度はお気の毒ですわねぇ」

 表情一つ変えずにそれを言えるのは一種の才能だろう。


 「お気遣い感謝いたします。けれど仕方がない事ですもの。くじの結果について文句は言いませんわ」

 その言葉を聞いた時の奴の顔を、きっと私は忘れることはないだろう。

 あの嬉しそうな顔。それを隠しておくことも最早必要ないと言わんばかりの。

 「それは、それは。とても良いお心がけですわ!」

 勝利宣言とその言葉を間違えないで言えたことを褒めてやった方がいいぐらいの明るい表情。


 「どうか頑張って。私は学友として、貴女の御健闘をお祈りしております」

 「ありがとう。ご期待に沿えるよう、全力を尽くします」

 まあ、全力を尽くすしかない事に変わりはない――正確にはご期待に“背けるように”だが。


 それから予選の日まで、私はこれまで通りのトレーニングを毎日続けた。

 時折他の出場者がスパーをしているのを見かけることがあると実感する。やはりパートナーがいないのは辛い。

 だが、無い物ねだりをしていても始まらない。やれることをやるしかない。

 予選は本戦開始の一週間前。場所は体育館に用意された特設の試合場となる。

 その時までただ追い込むだけだ。自分を、ハンナ・ハインリッヒだけではなく、千曲一直としての部分も。


 そうして遂に迎えた予選当日。

 いつにもまして長いような気がした授業を終えた放課後。私は入念なストレッチを終えて体育館に向かっていた。

 既にコスチューム=Tシャツにボクサートランクスに着替え終え、長い金髪をバレッタで纏めて大会規定のオープンフィンガーグローブも手に馴染ませている。


 「随分とまぁ、沢山ギャラリーがいらっしゃいますのね」

 他人事のように人だかりの感想を漏らしながら会場へ。

 前世でも使ったプレッシャー対策だが、それが必要なのは私だけではなく、後ろからついてきたマルタもではないかという事を、言いながら振り返って初めて理解した。


 「ほ、本当に沢山いらっしゃいますね……」

 ガチガチだ。私よりも余程緊張している。お前が試合するのかというぐらいに。

 「もうっ、貴女が緊張してどうするのです」

 ちょっといじって笑っておく――これもプレッシャー対策だ。

 が、効果は無かった。


 「……申し訳ございません」

 「いや、あの……そんなに真面目に捉えられても……」

 困った。一瞬素が出てしまう程に。

 緊張は伝染する。大多数の中で一人だけ、というのならただそいつの考え過ぎで片づければ何とかなるのだが、二人だけで片方が緊張しているとなるとそうもいかない。第一私だって無理矢理緊張しないように努めているのだ。

 ――仕方ない。


 「ねえマルタ。貴女が緊張する必要はございませんのよ?」

 「で、ですが……」

 「それとも、私が負けると思っていらっしゃるのかしら?」

 びくりと小さく浮き上がらんばかりに震える。

 「いっ、いいえっ!滅相もございません!!ハンナ様が毎日鍛錬を積んできたこと、このマルタめはよく存じております。決してその様な事は――」


 ごめんね、マルタ。


 「そう、それで良いのです」

 「えっ?」

 緊張するなというのが無理な相談だと言うのは分かっている。

 だが、それで私まで緊張する訳にはいかない。

 だから、貴女にそう言わせる。

 その言葉を言ってもらう。

 「貴女も分かっているではありませんか。私は大丈夫です」

 私がそう思えるように。


 「では、行って参ります」

 そう言って、何か言われる前に一歩踏み出す。

 切り捨てていくわけではない。ただ示してくるのだ。その緊張は無意味なのだと――マルタに、そして何より今後の自分自身に。


 「あ、あのっ!」

 「はい?」

 三歩目で呼び止められる。

 「……どうか、御武運を」


 緊張するなというのは無理な話だ。

 でもだからこそ、その状況で出たその言葉はきっと本気だった。

 「ありがとう。行ってきます!」

(つづく)

今日はここまで

つづきは明日に。


明日から試合開始します

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