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三回戦22

 「……?」

 奴の構えが変わった。

 これまでの直立に近い、左前でやや半身にとる構えから肩幅かそれよりやや広く足を開いて腰を落とした、私の良く知る柔術のそれに直している。

 向こうも今までのは本来の姿ではなかったのか――そんな考えが一瞬だけ頭をよぎり、すぐにそれを放りだす。


 「ッ!!」

 その構えのまま滑るように距離を縮め、足に吸い付いてくるようなタックルで飛び込んでくる。

 「おおっ!!」

 「くぅっ!」

 咄嗟の反応は間一髪間に合った。

 低空タックルは強力な攻撃ではあるが、同時に相手に背中を晒す危険を伴う。

 その背中に覆いかぶさるようにして押さえる。二人でアーチを作る様な形で組みつき、背中の上に乗った私が両腕で奴の胴を絞める。


 当然、向こうは抵抗を試みる。

 とは言え、利はこちらにある。

 奴は私の下=不安定な体勢で上に人一人乗っている事で上半身が俯せに潰れ、何とか覆われていない両足で状況を変えようともがく。


 「かっ、ああぁぁぁっ!!」

 流石に速い。

 引き抜けないと判断し、即座に左膝を床に付けると、それを起点として一気に左にローリング。

 「くっ!?」

 両足をコンパスのように開いて耐えようとしたが、奴のローリングが僅かに速かった。

 抱きついている関係上その回転に引っ張られて私も転がり、双方仰向けになることで上下が逆転する。


 「この……っ」

 もう180度回転させるべく背中を上げるが、それよりも奴のブリッジの方が速く、そして強い。

 僅かに緩んだ拘束。その小さな穴が一瞬で広げられ、仰向けという力の入らない体勢もあって、私はあっさりと奴に逃げられてしまった。

 ――そしてピンチの後にチャンスが来るのは誰にでも平等だ。


 奴の逃げる動作はそのまま攻撃動作に繋がっている。私の上から転がり降りると、T字を作るように私の肩の辺りから今度は奴が覆いかぶさりに来る。

 (まずいっ!!)

 咄嗟に反対へ転がって逃げようとするが、既に左肩の内側まで入り込んだ奴の胸に抑えられ、その間に右腕に手が伸びてくる。


 何をされているのかは分かっている。

 だが腕一本で一瞬のうちに抵抗するには、人の身体とはあまりに大きい。


 右肩が持ち上がり、奴が私の頭を飛び越える。左肩から右腕に絡みつく先を変える。

 「うっ……ぐ!?」

 再度の腕ひしぎ十字。

 今度は足をどかす時間すらない。

 体育座りのような奴の姿勢。その背中が床に着けば完全に極まる。


 そして極まればまず逃げられない。


 「おっ、うっ……ぁぁぁあああああっ!!」

 渾身の力を入れて倒れ込む相手に抗う。

 とはいえ望みはない。人一人の体重と重力。それに対抗するのが腕一本なのだから。

 「ぐぅぅううううっ!!」

 抵抗はほとんど意味をなさず、ただ気休め程度に技がかかるのを遅らせただけ。

 なら、やはりこの手しかないのか――。


 軋みを上げる右肘が限界を迎えるまでの僅かな時間。私が選んだのはまたもや力ずくの手段だ。

 首を押さえている奴の左足。そのアキレス腱を掴んで一気に持ち上げる。

 当然抵抗はあるが、一瞬腕が動くスペースが出来ればそれで十分だ。


 「ああああっっ!!」

 そのまま左手を奴の道着のズボンの裾に滑り込ませ、脛側の裾を使って足を持ち上げる。

 どかす時間がなくとも、一度浮かんだ足は床に頑張っているそれよりも幾らか動かしやすい。

 右腕の限界が迫る中、その足を首の下に敷いて一気にブリッジ。同時に左腕は残っている右足の踵を掴んでいる。


 「おおおっ!!」

 間一髪。本当に間一髪だった。

 首の方向にブリッジのまま移動し、体を回転させながら円を描くように逃げる。

 ひっくり返った奴の下から違和感の残る右腕を引き抜き、そのまま立ち上がって距離を取りつつ右腕のダメージを確認。

 グーとパーを交互に繰り返して動くことを確かめると、多少の違和感は我慢する決定を下すのに一秒もかからなかった。


 どうせ試合が終われば回復する。なら、今は動かせればそれでいい。

 それに何より、同時に起き上がった奴はまだ諦めた様子はない。


 「シャアッ!!」

 その証拠に、再び柔術の構えを示している。

 ――だが、それならこちらにも手はある。

 「ッ!」

 今度はこちらから踏み込んでいく。

 奴のタックルは速い。だが、来ると分かっていればそう簡単に掛けられはしない。

 実際今のやり取りも、タックルを潰した後の実力差こそあれタックル自体は今言った通り潰せているのだ。


 打撃屋は寝技屋をタックルで崩そうと思うな。タックルを潰せれば十分だ――その教えを実行する。よりしっかりと、私の得意な形で。


 「シッ」

 ジャブで牽制。

 更に数発連続。

 それから右ストレート。体勢の関係上下がっているその頭に打ち下ろすように。

 「ッ!」

 それをパリングして同時に右に動いた奴。

 その瞬間に生まれた予測――タックルが来る。


 パンチを振り切った隙だらけの所へ飛び込んでくる。

 「ハッ!」

 予想通り。

 なら返せる。


 「……ッ」

 尻餅をつくようにして後ろに下がり、奴から距離をとる。

 先程のように潰しに行くのではない。ただ距離を取り、それでも足りないと思うなら相手の手を腕で振り払うだけ。

 指先が絡む程度の微妙な距離でいなしたそのタックルの終わりに、今度はローキックを打ち込む。

 「ぐっ!!」

 太腿に蹴り足を突き立てる。

 悪いな。掴まれたらあんたには勝てない。

 だから、鬼ごっこで勝負だ。


 蹴り足を引き戻して、奴の背後に回り込むように右へ。

 反応してこちらに向き直ろうとした瞬間に左斜め前に小さくステップする。

 「ッ!?」

 一瞬の反応。

 奴が少しだけだがぶれる。

 「シャッ!!」

 顔面めがけて打ち下ろし気味のストレート。

 瞬時に反応して顔を覆ったが、間髪入れずに左フックを脇腹に叩き込んでから再度距離を取る。


 タックルは出させない。

 仮に出させても相手にしない。

 何となくだが、対柔術の形が見え始めてきた。


 「くぅっ……!」

 奴が動く。

 合わせて大きく下がり、タックルの間合いからも出る。

 動きが止まった所に戻っていき、奴の間合いの外で右に回り込む。

 食いつくように反応した所で再度のロー。流石に気付いて受け止められそうになったところで蹴り足をおろし、クリンチする直前の距離でショートフックを先程と同じ脇腹に打ち込んでから突放す。


 「はあぁっ!」

 だが、奴も引き下がれないのだろう。

 壁にボールをバウンドさせるように、突放した動作を逆再生するようにこっちに突っ込んでくる――今回は直立で。

 (打撃に切り替えると見せかけて……)

 咄嗟にその判断が出来た。


 恐らくタックル――そう思って下がるつもりでいたから、そこから飛んできたストレートは少し意外だった。

 だが、意外なだけだ。

 タックルと同様に空を切らせ、こちらの土俵に上がってくれた好機を逃さぬよう前に出る――直前に更に打ってきたもう一発を躱して。

 顔面を狙ったのだろうそれは、確かに速い部類に入るもののよく見れば回避可能だ。

 「シッ――」

 最少の動きで躱してカウンターを叩き込みにいく。


 「!?」

 その動作が直前で止まったのは、奴の拳が突然開き、左襟をしっかりつかんできたからだった。

 「あっ――」

 思わず声を上げた時には奴は私の右足に飛びつくように動いていた。

 (大外刈りだと!?)

 体が浮く。

 重力が一度途切れる。


 「がっ!」

 背中から落とされて息も。

 そして元拳の釣り手が首に巻きつきつつあることに、上体を起こされ座ったような形を取らされた時に気が付いた。

(つづく)

今日はここまで

続きは明日に。

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