三回戦19
ユーリアと私。互いに試合場中央に呼ばれる。
「試合時間は無制限。お互いの衣服以外の凶器の使用、目突き、噛みつき以外の全ての攻撃を有効とします――」
審判がいつものルール説明を始めたのを聞きながら、相手の姿から得られそうな情報を探る。
道着は先程のカレンとよく似ている。うなじ位までの銀色のポニーテールと相まって全体的に白い印象を受ける。
身長は大体私と同じかほんの少し彼女の方が小さいぐらいだろう。つまりリーチの差はほぼないと考えていい――予想している技術体系から考えても、それほど遠くから飛び込んでの打撃を警戒する必要はないだろう。飛び込んでくるとしたらそれはタックルだ。
そう、タックル。
その仮説を補強するように、半分くらい髪の毛に覆われた彼女の耳は、その髪が風にそよいだ時に見えた限りでは常人より寝て平らになっていた――所謂柔道耳だ。
そして以前ミーアから聞いた、カレンのそれによく似た技を用いるという話。
つまり柔道によく似た技術ということだ。
思い当たる格闘技は二つ。そしてそのうちの一つ=サンボとは下半身の出で立ちが異なる。
となればもう一つの方=ブラジリアン柔術。恐らくだが、彼女の遣う技はそれだろう――もっともこの地でブラジリアンという言葉はないだろうが。
勿論柔道という可能性もないではないし、カレンとの関係を考えればその技術を持っていると考えるべきだろう。
だが、もし同じものなら“よく似た”という表現を使うとは思えない。明言を避けたという可能性を考慮しても、だ。
(……まあ、やれることをやるだけか)
正直、“俺”にとっては得意な相手ではない。
現代で何度か柔術出身の選手とスパーした事はあったが、どうしても寝技に持ち込まれるのは苦手だった。
「――では、両者開始線へ」
説明が終わる。
彼女と新ためて目が合う。
「「よろしくお願いします」」
互いに一礼して踵を返し開始線へ。その際に見た奴の眼=闘志を隠すつもりはない。
――なら、今はやるしかない。
(何も柔術で戦う必要はない)
自分の中で方針――と言っていいのかは微妙な所だが――を固めたところでゴングが鳴り響いた。
「……」
互いにゴングに弾き出されるように中央へ。
こちらも互いに間合いの僅かに外で睨みあう。
私はいつも通りのキック式の構え。対するユーリアは――柔術らしからぬ背筋を伸ばした構え。
(どういうつもりだ……?柔術ではなかったのか?)
左足を前にだし、自然に立って両手を空手のようにこちらに向けてくる。
ブラジリアン柔術の使い手といってイメージする――そして実際にかつてスパーした相手がそうだったように――腰を落として体勢を低くとる、どことなくアマチュアレスリングのような構え方ではない。
「……」
踏み込まずに小さく左右に振ってみる。
目は確実にこちらを追っているし、構えたまま確実に正対しようとしている。
(投げも使うか……?)
恐らくカレンとの技術交流の結果だろうか。
当然ながら戦っている時人間はまず立っている。それをどうやって寝かせるかが技の見せ所な訳だが、彼女はタックルで飛び込んで寝技に持ち込む柔術の定石ではなく、柔道のように投げてから……という所だろう。
なら、こちらの行動は決まっている。
「……」
僅かに前進して再度左右に振る。
反応は先程と同様だ。
(どうする?どう動く?)
まずは様子見だ。
相手が何を得意として、何を糸口に攻めてくるかが分からない以上は、少しでもそれを見せてもらう事にする。私の推測が正しいのかも含めて。
「……」
今度は右に回り込もうとするが、これもしっかりとその意志を悟って等距離を保って平行に移動してくる。付かず離れずを維持するつもりか。
(そっちもその気か……)
もう一度、今度は左へ。
鏡合わせのように相手も平行に動く。
その間も互いに目を放さず、意識も途切れさせない。
――恐らくギャラリーからすればつまらない試合だろう。ただ睨みあって動いているだけだ。
だがその意味が分かっている相手は、私の意思を読んで動いている。
「ッ」
小さくフェイントで踏む込むが、反応はない。
という事はカウンター狙いという訳でもなさそうだ。
そして当然ながら、私に気圧されている訳でもない。
(やはり同じ考えか……なら)
そういう事なら水を向けてやる。
それで食いつくなら十分意味はある。
「……ッ!」
小さく一歩踏み込み、ジャブを一発鼻先に放つ。
「シュッ!」
左を引き戻すと同時に右ストレート。こちらも鼻先を掠めさせる。
「……」
相変わらず無反応。鼻先で引き返すという予想に基づき、自身の測定誤差を考慮に入れたかのようにほんの僅かに首を動かした以外は。
「シャッ!」
「ッ!!」
掴まれないよう引き戻した右。それから間髪入れずにロー。
奴の右足を狙ったそれが、蹴りの軌道を正確に見切ってあげられた膝に弾き返される。
そこまでで追撃をせずに一歩跳び下がるが、それに対して追ってくる様子もない。
こちらが素早く下がれたから――そううぬぼれてもいいが、どうにも不気味な沈黙だった。
奴は探っている。
こちらが何をするのかを。
恐らく奴もまた瀬踏みをしているのだ。
そのまま睨みあいに戻る。
試合開始からどれだけ時間が経ったのだろう。十秒?二十秒?普段はなんて事のない時間だが、こうしているとそれが恐ろしく長く感じる。
「ッ!」
一秒に満たない思考。しかし読めない相手にどうするか、その考えが纏まりかけたところで、その相手が今度は動いた。
先程私が見せた様に細かく左右に振りながら、奴はこちらに距離を詰めてきた。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に