三回戦13
私達は歩く。
生徒会室から教室棟一階のエントランスまで。
そこにある掲示板まで。
「あっ!」
掲示板の前で誰かが声を上げた。
既に発表を待つ生徒たちが集まっていた――その多くのお目当ては私の前を行く会長だろうが。
そうした集団がきゃあきゃあと黄色い声を上げ、隙間もない程集まったエントランスはお祭りのような様相を呈していた。
そんなところに入っていく私達四人。
先行していた生徒会メンバーが野次馬の押し寄せるのをせき止め、私達と、その手に持っている掲示物の通り道を確保している。
その中を進み、掲示板前へ。
今は何も貼られていない掲示板に真新しい組み合わせ表を貼っていく――私達自身の手で。
野次馬がどよめく。
せき止めている生徒会の輪が一歩ずつ小さくなる。
第一試合
東棟 ソニア・フランシス・ローゼンタール・ラ・シュタインフルス
VS
北棟、カレン・シアーズ
第二試合
西棟 ハンナ・コーデリア・ハインリッヒ・ラ・ラルジュイル
VS
西棟 ユーリア・アンベール・ドゥラ・サブラ
三回戦は一つの会場で二試合続けて行われる。
私の相手は同じく西棟のユーリア。
ごく僅かだが情報のあった二人は、決勝まで会う事はない。
そう、決勝では会う。
(いよいよか……)
一緒に貼り出した対戦相手をちらりと見る。
彼女もここまで来ると気持ちの整理がつくのか、既に緊張している様子はなく、野次馬の大群を眺め、時折隣にいるカレンと何か言葉を交わしている――そう言えばあの二人は普段から親交があったと聞いた。
彼女がなんであれ、私は彼女を越える。
何としてでもそうしなければならない。
そうして迎えた試合当日。
今日最後の授業を終えると同時に教室から飛び出した私はすぐに着替えてアップするべく自室へ向かう。
「ミス・ハンナ!どうかご健闘を!」
「ええ。ありがとう」
「応援しておりますわ!」
「光栄です。ありがとう」
ここ数日で急に増えたこうした声に応えながら足早に自室へ。
シャーロットの影響が消えた事が大きいのだろうという事は、声をかけてきた顔ぶれに何人か、シャーロットの腰巾着としてハンナ嬢に記憶されている連中がいた事から分かった。
シャーロットは消えた。授業にも現れず、食堂でも姿を見なくなった。
しでかしたことを認めざるを得なかったのだろう。お情けで卒業までは籍を置いておくことは許されたと風の噂に聞いた。
――そしてそれを悲しむ者や同情する者はだれ一人いない。これは噂ではなく、私が実際に見たところだ。
それまで我こそはシャーロットの百年来の親友にして一番の腹心という面をしていた連中が、最初からシャーロットなんていなかったという風な様子で私を応援すると言う。
露骨なまでの乗り換え。
まあ、とは言え、そうならざるを得まい。昨日までは目の仇にしていたのだ。オーバーな程にすり寄っておくほうが安全と考えても無理はない。
ならこちらもそういうものとして対応するだけだ。つまり、有難く応援だけ頂戴して、それ以外は聞き流す事。
もし私が応援する=すり寄っておくだけの価値がないとなれば、あっさり切り捨てて次に行くという事は、今や姿を見なくなったシャーロットの末路がしっかりと教えてくれている。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
部屋に戻ると、既に心得ていてくれるマルタがコスチュームを用意していてくれた。
しっかり洗濯され、綺麗に折りたたまれたそれを受け取ると、すぐに着替えて部屋を出る。
「では、行って参ります」
「はい。どうか御武運を。後で私も応援に伺わせて頂きます」
「ありがとう」
これはすり寄っている訳ではない――有難い事に。
「……貴女の応援は力になりますわ」
そう言い残して部屋を出る。
今日も見事な秋晴れ。爽やかな北西からの微風。
学生寮を出て校庭へ。試合場が設営されている辺りには、既に黒山の人だかりが出来ていた。
その片隅に用意されたテントへ。入口に待機している係りの生徒に声をかけると、既に勝手を知っている彼女はすぐに中に案内してくれた。
「ミス・ハンナ・ハインリッヒですね」
「ええ。よろしくお願いします」
それだけ交わしてテントの中へ。三回戦ではここが各選手の控室兼アップ場所になる。
流石に三回戦となるとギャラリーの数も多く、外で集まっているそれらの傍らで――というのは難しいという事だ。
そんな訳で用意されたテントの中。見回してみると、アップ場所を兼ねているだけあってかなり広い。荷物がある場合はその置き場もあり、貴重品の持ち込みは出来ないものの、ご丁寧に各テントの係りに言えば生徒会責任で預かってくれる――まあ、私は手ぶらだが。
「あら?」
そんな風に見回していたところで、背後から聞き覚えのある声がしてテントから顔を出した。
「あっ、申し訳ありません。お待たせ致しました!」
「気になさらないで。私も今着いたところです」
係の生徒を挟んでやり取り。どうやら彼女の事は伝わっていなかったらしく、関係者であると説明していたようだ。
「えっと、ミス・ハインリッヒ。この方はお知り合いですか?」
「ええ」
答えながら尋ねてきた道着姿のミーアの方を見る。
「スパーリングパートナーの、妹です」
どうやらそう呼ばれるのがまだ慣れていないのは彼女も同じようだった。
少しだけ頬を赤らめて、しかししっかり分かるように頷く。
「今日はこの中でとの事です。早速お願いしますわ」
「はい!こちらこそ、よろしくお願いします」
二人でテントの中へ。
いつものように二人で、いつものようにストレッチから。
妹呼びはまだ慣れていないが、こうしているといつも通りだ。
なら勝てる。
今までこれで勝てたのだから。
今回もこれで勝ちに行くだけだ。
アップを終える頃、丁度外が騒がしくなり始めた。
「始まりましたね……」
「第一試合ね」
丁度いいタイミングだ。
アップを終えた私はその歓声に誘われるようにテントから外へ。後からミーアもついてくる。
先程よりも更に大きくなった黒山の中央。試合場の上では二人の選手が向かい合って、いつもの審判の説明を受けていた。
片方はこの歓声の半分以上の向けられた先だろう会長だ。
背中まである長い黒髪をポニーテールに結った道着姿が妙に板についている。
道着が似合う奴は強い――レティシアの時の法則が、ここでもしっかり有効だ。
そしてその理屈で言えば、相手の方もここまで勝ち上がって来るのに十分な強さだろう。
カレン・シアーズ。本大会唯一の平民階級からの出場にして、特待生は伊達ではないという事を示し、ここまで強さで勝ち上がってきた柔道家。
こちらも生まれてこの方道着姿だったのかとさえ思う程自然になじんでいる。
その上、ほぼアウェーと言っていい空気の中でも、全く臆する様子はない。それどころかそれらが耳に入っていないかのようにしっかりと相手を見つめている。
「あの平民の子、そんなに強いのかしら?」
近づいて見ようと歩を進めると、野次馬同士の囁きが耳に入った。
「でも会長の方が上よ。何と言ってもここまでの試合、一度も相手の攻撃を受けていいらっしゃらないのよ」
とんでもない情報が入ってきた。
だが、言われてみればそうだ。私が見た試合でも、相手がどこまで激しい攻撃を繰り出そうが、その全てを躱すか捌くかしていた。
(ミス・アンタッチャブルってとこか……)
そんな事を考えながら、開始線に立って向かい合う二人に改めて目をやる。
直後ゴング。辺りにざわめきが起こる。
これまで同様、空手のような構えを取った会長。それに対しカレンの両腕はだらりと下に降ろされたまま。
ノーガード。それが何の間違いでもないと言わんばかりに、彼女はそのまま歩を進めていく。
(つづく)
今日はここまで
次回は数時間後。明日の0時~2時頃の投稿を予定しております