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三回戦12

 ああ、天上の全ての者よ!今日のこの日を、この時代、この時に私を居合わせてくださったことを感謝いたします。

 そしてハンナ様、神聖なる姉妹誓約の場に、一介のメイドである私の参加を認めてくださった事を同じく感謝いたします!


 この学園でメイドとして働けることを今日ほど幸せに思えた事はない。

 学園の談話室の一つに、私とハンナ様とミーア様、そして立会人を引き受けてくださったソニア様が集まっている。

 二人並んでソニア様に向かい合っているハンナ様とミーア様は、いつもより距離が近いように思える。


 そんな二人を一瞥し、ソニア様が厳かに口を開かれた。

 「ではこれより、ミス・ハンナ・コーデリア・ハインリッヒ・ラ・ラルジュイルと、ミス・ミーア・リリー・カルドゥッチ・ラ・アスルセルヴァの姉妹誓約の儀式を開始します。立会人は私、ソニア・フランシス・ローゼンタール・ラ・シュタインフルスが務めさせていただきます。よろしいですね?」

 二人のお返事が小さく聞こえる。


 「では契りを結ぶにあたり、ミス・ハンナ・ハインリッヒ。貴女はその名誉と責任を持ってミス・ミーア・カルドゥッチを朋友と認め信を貫き、その姉として彼女を導き、その規範となることを誓いますか?」

 「はい、誓います」

 ハンナ様の真剣な声がここまで届く。

 普段の口調とはどこか違う、真摯で緊張したそれは、心地よく耳朶をうつ。


 「ではミス・ミーア・カルドゥッチ。貴女はその名誉と責任を持ってミス・ハンナ・ハインリッヒを姉に頂き、長幼の序を弁えてこれを尊重し、姉を支える事を誓いますか?」

 「はい。誓います」

 静かで、しかし強い意志を感じるミーア様の声。

 二人の意思は最初に誓約を決めた時から変わらないのだろう。


 「では、これより誓いの儀を執り行います」

 ソニア様の一言を合図に二人が向かい合う。身長の関係から見上げるようになるミーア様が、そのまますっと片膝をつくと、そのお顔の前にハンナ様が右手を、その甲を向けて差し出された。


 お二人の顔がぽっと赤くなる。

 緊張しているおられるのだろうか?それともこれからする事を改めて実感しておられるのだろうか。

 しかしそのどちらにしても、この儀式を止めるには至らない。

 ミーア様は壊れ物を扱うように丁寧にハンナ様の右手を自らの左手でそっと包まれると、目を閉じてその手の甲に顔を近付けてそっと口付けした。


 改めて二人のお顔に同時に朱がさし、うっすら目を開けたミーア様が膝をついた姿勢のままハンナ様を見上げになられる。

 ――もし叶うのなら、この瞬間で時間を止めて、残りの人生を全てここで過ごしたいとさえ思う。


 そんな私の恍惚など知りもせず、儀式は更に進行する。

 それでいい。それでこそいい。


 今度はハンナ様が、自らご用意なさったワイングラスを手に取られ、そこに注がれていたワインをお飲みになる。

 この時に飲む量も大体の目安が決まっていて、一息でグラスの7割程度を飲み干す事になっている。

 規定通りのワインがこくこくとハンナ様の白い喉を動かして消えていく。


 3割が残ったワイングラス。ハンナ様はそれをすっとミーア様の眼前に降ろされた。

 “下賜”という言葉を表すようなその動作を受けて、ミーア様はグラスを両手でお受けになると、残り3割のワインを一気に干した。


 こくこくと、色白な細首が動いてワインが流れ落ちていく。

 空になった事を証明するようにミーア様がグラスを掲げ、私と反対側で――そして私よりずっと近くで――その一部始終を見届けたソニア様が小さく頷かれたのが、幸福に蕩けそうになる私の眼でもしっかりと分かった。

 「では、以上を持ってミス・ハンナ・ハインリッヒとミス・ミーア・カルドゥッチの姉妹誓約は成立とします。よろしいですね」

 「「はい」」

 姉妹誓約成立だ。

 これでお二人は、この学園にいる限り血の繋がりと同じ、或いはそれよりも濃い結びつきを持つことになる。


 「はぁ……」

 思わずため息が漏れる。

 まさか本物を目の前で見る事が出来るとは。

 もし私が一国の君主であれば、今日という日を記念日として国民に周知し、毎年祝い続けるのに。

 美しく貴い空気が満ちていた貴い時間。その中にいられたことは私の人生の誇りとなるだろう。


 多幸感に包まれた私の前で、はにかみながら新たに姉妹の絆を持ったお二人が改めて向かい合う。

 「改めて、これからもよろしくね。ミーア」

 「はい!こちらこそ、よろしくお願いします。ハンナお姉様」

 ――ああ、神よ!




※   ※   ※




 あの誓約の日から今日まで、折に触れてあの時の事を思い出す。

 結婚式のような宣誓やら、それに伴う恥ずかしさと緊張やら、どうしても“お姉様”というより“兄貴”と呼ばれる方の儀式に近い気がする盃事やら。

 ――それと、ミーアの暖かくて柔らかかった感触やら。


 正直、お姉様と呼ばれる事にはまだ慣れない。だが、きっとそのうち慣れていくだろう。

 「それでは、行って参りますわ」

 「はい。幸運をお祈りいたします、お姉様」

 そう言って送り出してくれるミーアがとても嬉しそうだから。


 あの誓約から三日後、夕食後に私はミーアに見送られて生徒会室に向かった。

 今日は三回戦の抽選日。二回戦までと違い、この試合のみ実際に選手がくじを引くことで組み合わせを決定する。

 「ふぅ……」

 緊張をほぐすために息をつくが、その直後からまた緊張に襲われる。


 (落ち着け。ここで緊張したって仕方がない)

 自分に言い聞かせながら、自然と速くなる足で廊下を進む。くじ引きである以上組み合わせは完全に運。それは最初からそうだったのだが、自分で対戦相手を決定する場所に居合わせるというのはなんだか妙に緊張する。


 三回戦の勝者同士が決勝、即ち御前試合出場が決定するのだから無理もない。

 そう思いながらも、三回戦の相手候補三人のうち二人についてはほぼ未知数な上、唯一知っている会長ですらその実力は疑いようがない事をこの目で見て知っている。即ち、誰を選んでも楽にはならないし、誰が来てもやることは変わらない。

 そんな風に自分に言い聞かせるが、こればかりは中々どうしようもない。


 「ごきげんよう」

 「ごきげんよう」

 生徒会室の前で同じく西棟からの出場者であるユーリア・アンベールに出会った。

 そう言えば出場を決めた時もここで彼女と出会ったっけ。

 そんな事を思い出したのは幸いだった。ほぼ同人にエントリーした二人が、またしても同じ場所で鉢合わせとは、妙な縁もあるものだ。そんな思いが少しだけ心を軽くする――彼女の私と同じく緊張が手に取るようにわかる表情がそれに少しプラスされていた。


 二人で生徒会室へ。

 中には既に会長とカレン・シアーズとの二人が既に待っていた。

 「「ごきげんよう」」

 何か言葉を交わしていた二人が振り向き、同時に声をかけてくる。

 こちらとは対照的に緊張している様子は見られない。何とも穏やかな雰囲気だ。


 「「ごきげんよう」」

 その雰囲気に倣おうとするように挨拶を返す私達。その視線は中央のテーブルに置かれた箱と、その横に待機している生徒会メンバーにすぐに向けられる。

 彼女のすぐ後ろの壁には名前の無い組み合わせ表が貼り出されており、箱は一か所だけ手が入るようになっている、お馴染みの抽選箱だ。

 ここから一人ずつくじを引き、対戦相手が決まる。


 「では、皆様お揃いの様ですので抽選を開始させて頂きます」

 生徒会メンバーの声で全員が目を合わせた。

(つづく)

今日はここまで

続きは明日に


なお、明日は19時~21時頃の投稿を予定しております。

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