三回戦11
「お待ちくださいミス・ソニア・ローゼンタール」
それまでとは打って変わって縋りつくようなシャーロットの声。そこにもう残虐な女王の姿は毛ほどもない。
「私はただ、ただ貴女の事を思って……」
「私の為?」
そして女王はその相手に移っていた。
ただし、こちらにあるのは残虐さではない。女王は裁判官に転職していた。
「もしそう思ってくださったのなら、応援だけで良かったのです。はっきり申し上げる。貴女のしたことは王室への侮辱であり、王国への侮辱だ」
貴族社会においてそれが何を意味しているのか、それを彼女=ローゼンタール家の人間に言われることが何を意味しているのか、シャーロットの表情を見れば誰でもわかる。
最早それ以上、シャーロットは言葉を発しなかった。
まるでサスペンスドラマの犯人のように、ただうなだれて、二人の生徒会メンバーに前後を挟まれる形で部屋から連れ出されていく。
私の中でハンナ嬢の部分が告げる。シャーロット王国、壊滅。
彼女の世界が終わったのだ。
「まったく……」
そして引導をくれた張本人は、その姿を見送って小さく溜息を一つ吐いた。
――何か小さく呟いたように聞こえたが、内容まではよく聞き取れなかった。
「「……」」
取り残された私とミーアは、ただお互いの顔を見合っていた。
終わったのだ。何とも予想外の結果になってしまったが、とにかくこの問題はこれで解決だろう。
今後シャーロットにこれまでの権勢は最早ない。取り巻き達の消滅も時間の問題だろう。結果オーライという事にしておこう。
そんな事を考えていたところで、会長が私達の方に向き直った。
「さて、お二人とも、お騒がせして申し訳ございませんでした」
そう言って頭を下げる姿に、却って私達が恐縮してしまう。
「いえ、そんな。どうぞお気になさらないでください」
結局、彼女の突入によって予想外の形で決着がついたのだ。それも大逆転勝利という形で。
「むしろ私達こそお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
「私からもお礼を申し上げます。ありがとうございました!」
二人で最敬礼。
それに返ってきたのは苦笑だった。
「そう言って頂けると助かりますわ。……ここで見聞きしたことは忘れます。貴女達の沽券に係わることでしょうし、プライバシーに関する事でしょう。それに、確証を得るためだったとはいえ貴女達の話も盗み聞きしてしまった。それについて改めてお詫び申し上げます」
そんな調子で互いにひとしきり頭を下げ合う。
確証を得る――恐らくシャーロットの言っていた生徒会のお友達とやらの仮面が割れたのか、或いは初めから二重スパイだったのか、どちらにせよ、この学園の生徒会は我が母校のお飾りとは訳が違うようだ。
「あ、あの……ハンナ様」
そんな事を考えていたところで今度はミーアが恐縮しきった声で私を呼んだ。
「申し訳ありませんでした。私がもっとしっかりしていれば……」
せっかく立ち上がったのに、また地面に頭を摺りつけそうなほどの勢いでの謝罪。
「ちょ、ちょっと!どうして貴女が私に謝るの?」
「昨日決めた通りにしていれば、ハンナ様にあのような惨めな思いをさせることは……私に勇気が無かったから、どうしてもシャーロット様が恐ろしくなって……」
ああ、その事か。
「気になさらないで。私は別にそんな事何とも思っておりません」
「え……」
「シャーロットも言っていたでしょう?『ただ頭を床に付けただけ』です」
強がりではある。
あと少し我慢が足りなければ、今頃私もしょっ引かれているだろう。罪状は傷害だろうが。
だが、終わったのだ。ぐちぐち言う必要もない。
「ああ、でも――」
「はい」
ただ一応一言だけ。
「慎み深いのは貴女の美徳だと思うわ。けれど、どうしても譲れないところは主張しなければ駄目よ。もし私に悪いと思ってくれたのなら、そこは忘れないでちょうだい」
正直心配だ。
私がいなくなった後、彼女がまた誰かに狙われないか。
いや、学園の中だけならまだいい。卒業した後に色々大変な目に遭うかもしれない。
お節介ではあるが、そういう心配をしたくなるような娘だ――或いはそういう思いを掻き立てるのが彼女の魅力の一つなのかもしれないが。
「はい、……そうできるよう、努力します」
中々道のりの遠そうな答えが返ってくる。
まあ、難しいだろう。彼女の性格で、突然主張しろと言われても。
「……難しいかしら?」
「ちょっとだけ……」
消え入りそうな声。
「あー、失礼。ミス・カルドゥッチ」
「は、はい」
横で聞いていた会長がミーアに呼びかけた。
「どうでしょう?来年、生徒会役員に立候補してみては?」
「えっ!?わ、私が、ですか?」
「これで中々、色々と折衝する機会はあります。良い練習になると思うのですけれど」
「あら、良いじゃない」
同調したのは何も根拠がある訳ではない。
何となく、彼女はシャーロットの取り巻き連中とつるむより、そういうのに向いている気がした――少なくとも真面目に働きそうではある。
二人の口から出た言葉に、当の本人は頬を赤く染めて――しかし満更でもなさそうに――返事を返す。
「そ、そうですね……。来年、挑戦してみようと思います」
来年。その頃には私はいないけれど。
何となく見て見たい気もする。生徒会役員として立ち回る彼女の姿を。
「……ところで」
「「はい?」」
再び会長に注目する私達。
「先程は途中から聞いてしまいましたが、姉妹誓約の立会人を探しておられるとか」
「え、ええ。ですけどそれは――」
もう必要なくなってしまった。
そう言おうとしてミーアの視線に気づき、彼女の方に振り返ると、先程より一層赤みを増した顔がさっと床に向く。
――まさか。
「ミーア……?」
「そ、その……、あの……」
予感がどんどん大きくなっていく。
最早予感ではなく、展開の先読みと言ってもいいぐらいに。
「わ、私は……あの……」
ふうっと途中で一息が入る。
――譲れないところは主張しろと言ったのは私だ。受け止めるより他にない。
「私は……どんな理由でも……なりたいです」
付け足すように、あと一歩離れたら聞き取れないような囁き。
「ハンナ様の……契りの妹に」
(つづく)
今日は短め
続きは明日に