三回戦7
そしてその日の夜。
夕食を手早く詰め込んだ私は自室に戻ってミーアを待った。
気持ちの整理をつけてここにやってくる事になっている。
少しインターバルがあるのは有難かった。
こちらとしても気持ちの整理や、考えを纏める時間は必要だった。
「……」
そして分かった。やはりあの子の話を聞いてからでないとどうするべきかなど分からない。昨日は何とかして彼女に悟られないようにしつつ解決する方法を模索したが、残念ながらそんな素晴らしい方法を思いつけるほど賢くはない。
かくなる上はミーアの話を聞いて、どうするべきか一緒に考える方にシフトチェンジしよう。最初は何も解決策が無いまま声をかけるのは躊躇われたが、それでももう声をかけてしまったのだ。ならばここから何らかの対策を持ちかけてやるしかない。
そう結論付けたところでドアがノックされる。
「いらっしゃいましたね」
ノックの音にマルタが小さく呟いた。
「「……」」
そして、今に至る。
私達は向かい合って座り、何か無いのかと頭を絞っていた。
部屋を訪ねてきた際、ミーアは神妙な顔をしていた。
何か決心をしたような、或いはひどく不安なような、そのどちらとも取れる表情で、音を立てるのは罪悪であるというようにしずしずと部屋に入ってきた。
「どうぞ、おかけになって」
「……失礼します」
極力明るい調子で椅子を勧め、初めてこの部屋に彼女が来た時のように向かい合う。
「少しは落ち着いたかしら?」
「ええ……。ありがとうございます」
そのまましばし沈黙。
最後の決心をつけるまで膝に目を落とし、呼吸を整えていたが、やがてぼそりとこぼれるように言葉を発してきた。
「昼間仰られた通りです」
ただ一言だけ。
だがそれで全て伝わる。
「そう。詳しく聞かせてくださる?」
極力刺激しないように。そして追い詰めないように。
何でもない。大した話じゃない。少しでも彼女がそう思ってくれるように。
その甲斐あってか、次の言葉が発せられるまでには、最初の一言を待つより時間を要さなかった。
かいつまんで言うと、彼女はいじめられていた。
相手は同学年のグループで、元々はシャーロットの取り巻き軍団の末席にいた連中だった。
「シャーロット……」
私が思わず呟くと、ミーアが慌てたように付け足す。
「い、いえ!違うのです!シャーロット様とあの方たちは無関係なのです」
シャーロットを庇っている――という訳ではないということは分かった。
多分私がシャーロットへの敵意を露にしたと思ったのだろう。そしてそれが二人の衝突に繋がると考えたのだ。
「え、ええ。大丈夫。分かっているわ。続けて」
これも多分だが、彼女はそれを望んでいない。
自分の家族や婚約者の立場的に複雑だろうし、それに恐らく――願望が込められていると言われれば否定する気はないが――彼女自身の性格がそれを嫌っている。
自分の言葉で誰かを振り回してしまうことが、自分が誰かを焚き付けて事を大きくしてしまう事が嫌なのだろう。
「あの方たちはあくまでシャーロット様の取り巻き……いえ、より正確に言えばそこにも数えられないような立場の方たちです」
私のように、と付け足して続ける。
シャーロットにとって取り巻きとはいればいいというものではない。主に家柄や財産による厳しい選別を潜り抜け、ベニントン公爵閣下のご令嬢に相応しいと認められた者だけが彼女の傍らに侍る事を許されるのだ。公爵家万歳。
当然、その基準に満たない者達は“使う”事はあっても“交わる”ことはない。そうした者達は使用人と同じだ。彼女の基準で言えば対等であるどころか、人間扱いするだけでも慈悲深いというものだろう。
「その連中……こほん、方たちがどうして貴女を?」
思わず素が出てしまったが、空気的にも彼女のキャラ的にも突っ込めるものではなかったので、これ幸いと何とか誤魔化す。
「あの方たちからすれば、私は格好の獲物です。一度はシャーロット様に目をかけて頂きながらその期待に応えられず、そして……今は……」
「そのシャーロットと確執のある私と付き合っているとなれば……という事ね」
流石に彼女の口からは言いづらかったのだろう。代わりに続きを口にすると小さく躊躇いがちに頷きが返ってきた。
「彼女達にとって、私はシャーロット様の敵。となれば末席にでも加えて頂く事を願えば、当然私への態度も……」
「つまり貴女に対する攻撃をシャーロットへの忠誠の証だと考えていると?」
再び頷きが返ってくる。
短絡的だが分からないではない。取り入る相手の敵を叩くことで機嫌を取ろうなどと言うのは子供でも思いつく方法だ。加えてその攻撃対象が身近にいて、かつ機嫌を取ろうとする相手を裏切った――裏切られたと奴が思っているかどうかは知らないが――ミーアが相手となれば、叩く手にも一層力が入るというものだ。
――くそったれ。私のせいじゃないか。
「どうするべきかしらね……」
恐らくだが、私の元からミーアが離れれば奴らは満足して一時的にでも引くかもしれない。
そうすれば私には練習相手がいなくなり、今後の試合に不安が生じる。もっとはっきり言えば勝利を得るのが難しくなる。
そしてもし私が負けようものなら、その連中は自分たちの功績を声高に主張するだろう。そうして万が一納得のいく結果=シャーロットのお気に入りに入る事が出来たら?その時には二択だ。即ちミーアへの興味を失っていくか、或いは憂さ晴らしに虐げる無抵抗の相手として放さないかの。
(どちらも御免だな……)
何しろ私自身困る。
そして同時に、ミーアがそんな目に遭うのは気持ちのいいものではない。
「何かないかしらね……」
“俺”の学生時代の記憶とハンナ嬢の記憶を思い出せるだけ思い出すが、どれにも碌な方法は出てこない。
――ふと思い立つ、もっとも単純な解決法。
シャーロットは私に取り入ろうとしてきた。しかしその取り巻き候補はミーアを責めたてている。という事は上意下達が出来ていないということだ。また或いは、最早とり巻連中も一枚岩ではないという事かもしれない。
なら――?
(いや、駄目だ流石に)
とは言え問題になる。
仮に正体がばれなかったとしても調べられたらまず重要参考人に上がってくるのは私だ。
それに、人が集まっている学園内での闇討ちなど、どこかで見られていると考える方が普通だろう。
調子に乗っていたら怖い先輩がシメにくる――流石に地元の流儀を押し通すのはリスクが大きすぎる。第一上手くいったとして、連中を殺しでもしなければ、やられた奴が疑うのは間違いなく私だろう。そしてその私が数か月後に卒業してしまった後は?ただ恨みを買ったミーアだけが残されることになる。
「……あの」
そんな時、テーブルを挟んで発せられた消え入りそうな声は、あと少しで聞き逃してしまう所だった。
「私……その……なんと申しますか……その……」
「何かしら?何でもいいわ。仰って」
「そ、その……もし、そうしてくだされば……その、もしかしたら、もしかしたらですが……少しは状況が変わるのかと思う事が……」
当の本人からの申し出だ。聞かない手はない。
躊躇らっているようだが、どんな意見でも今は必要だ。
それに、彼女自身可能性があると考えている方法なら大歓迎だ。
「なに?」
「そ、その……」
「大丈夫。なんでも仰って」
そう言うと、最初の一言を切り出すまでと同じか、それ以上の時間をかけて決心をつけた彼女がその内容を告げた。
「わ、私を……、私を誓いの妹にして頂けませんでしょうか……!?」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に。