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三回戦3

 翌日、いつも通り二人での練習を終えた私達は、これまたいつも通り二人で連れだって浴びに行った。


 「いよいよ三回戦ですね……」

 道すがら、ミーアが噛みしめるようにそう言った。

 その声には今から緊張したような響きがあって、思わず笑ってしまう。


 「今から緊張していても仕方ありませんわよ」

 「そ、そうですね……」

 そうやって返しながらしかし、実際には私も練習中に意識しないではなかった。

 三回戦。学園内での試合はこれで最後だ。

 これが終われば、次は決勝。即ち御前試合となる。


 (いやいや、落ち着け)

 先を見始めた自分を心の中で戒める。昔からなのだが、目の前の試合を前にここを越えれば~と考え始めると、その次の試合でいい結果が出ないことが多かった。

 今は目の前に集中だ。決勝の事は決勝に進んでから考えればいい。

 ――それに、正直三回戦の対戦相手になる3人はどれも油断できる相手ではないのだ。


 まず言うまでもなく生徒会長ソニア・フランシス・ローゼンタール・ラ・シュタインフルス。昨日の試合で見せたあの実力、勿論全てを見た訳ではないが、あの短い時間で恐るべき強さであることは理解できた。


 そして今日の昼間に確認した他の二人もまた、同じく一筋縄でいく相手ではなさそうだった。

 まずカレン・シアーズ。まだ試合を実際に見てはいないが、一回戦での秒殺劇、そしてその柔道の実力を買われての推薦入学という話からして折り紙つきだろう。

 そしてユーリアこと、ユーリア・アンベール・ドゥラ・サブラ。彼女も――いや、彼女は未知数だ。だがあの会長に匹敵するとさえ言われている事を考えれば、彼女も警戒すべき。というよりどういう相手か分からない事から対策の立てようのない相手である。


 (こいつらのうちの誰か、か……)

 ふぅと小さく息をつく。どれも――これまでと同様に――気を抜けない相手。それに情報の少ないか、或いは全くない相手だ。なら私に出来る事は万全を尽くす以外にはない。

 「ところでミーア」

 「はい?」

 なら、とりあえず聞けるところへ聞いてみよう。

 「ベスト4のお三方について、何かご存じではないかしら?」

 「そうですねぇ……」

 振り返って尋ねると、彼女は顎に手を当てて少しの間思案し、それから少しずつ話しはじめた。


 「申し訳ありません。会長に関しては昨日の試合でハンナ様がご覧になったこと以外には私も存じ上げません。ですが、他のお二人なら……」

 「なんでもいいわ。教えてくださる?」

 小さな頷きが返ってくる。


 「はい。まず北棟のカレン様ですが、以前お話ししたように柔道の実力を買われての推薦入学との事ですから、その技は十分な警戒が必要かと存じます。……そして、これは噂なのですが……」

 噂=真偽不明な情報。流石にそれをそのまま伝えていいものかは迷ったのだろう。どうする?と表情で尋ねられる。

 「噂でも構いませんわ。なにかあるなら教えてください」

 「それでしたら……、以前、私がまだシャーロット様の所におりました頃に聞いたお話です。あの方は技だけではなく、殿方顔負けな程の大力の持ち主だと言われておりました。なんでも14歳で1ハンプを担いで山を歩いていたとか……」

 「1ハンプ?14歳でですの!?」

 思わず声を上げる。

 1ハンプというのはこの世界の重さの単位の一つだ。正確に測った事はないから分からないが、体感的には大体40㎏ぐらいといった所だろうか。

 健康な成人男性が担いで歩けるぐらいの重さという事らしいのだが、それを14歳の少女が担いで山を歩いたというのだ。それも以前見た際に分かったが体格的には飛びぬけて恵まれている訳ではないはずの彼女が、だ。只者ではないという事はそれで十分伝わる。


 確か彼女は2年生。つまり今は16歳か17歳になっている。その当時より更に強くなっていても何らおかしくはない。

 「成程……」

 その怪力に加えて柔道の腕がある。掴まれれば危ない相手という事が分かっただけでも十分だ。今まで掴まれた際に何度か使ってきた、力ずくでの振り払いが通じない可能性があるという事を念頭に置く必要があるだろう。


 「それともう一人、ユーリア様ですが……。申し訳ありません。この方についてもあまり詳しくは存じないのです」

 そう言って申し訳なさそうに頭を下げるミーア。

 唯一謎のベールに包まれた相手は、ここでも分からずじまいのようだ。

 「なんでもカレン様によく似た技を用いると聞いた事がありますが……、棟が違えどお二人はご友人同士との事ですので、それぞれの技を伝え合っている可能性もあります」


 何とか得られた情報はそれだけだ。

 まあ仕方がない。それでもないより余程ましだろう。少なくとも柔道か、それに類する技を使ってくるという事が分かっただけでも十分な収穫だ。

 ――そしてついでに言えば、カレンにも何か柔道以外の技が伝えられている可能性があるという事も分かった。


 「それだけ分かれば十分ですわ。ありがとうミーア」

 「い、いえ。私など……」

 赤くなって下を向いてしまった。

 「そんなに謙遜なさらないで。私は貴女のお蔭でとても助かっているのよ」

 そう言うと、更に赤みが増す。

 「そ、そんなっ、勿体ないお言葉です!」

 ――参ったな。

 謙虚なのは彼女のいいところだとは思うのだが、余り畏まられるとこちらが対処に困ってしまう。


 「……ねえ、ミーア。お願いだからそんなに畏まらないで」

 「えっ、いや……ですが……その……」

 「もっと胸を張って頂戴。貴女は私にとって……」

 言いかけて言葉に詰まる。

 いや、詰まっている場合ではない。こういう時詰まるのはあまりよろしくない。


 だが、詰まらざるを得ない。


 「私にとって、その……」

 頭の中にある単語を口にした時のシミュレートが一瞬で行われる。

 と言っても具体的な単語が頭に浮かんでいる訳ではない。ただ、方向性としては決まっている。

 その方向性が問題だ。

 「その、えっと……」


 だってこれではまるで告白なのだから。


 「えっと……」

 だが他に何も思いつかない。

 そしてあまり長く空白を作る訳にもいかない。

 ――顔が熱い。きっと私の顔もミーアのそれと鏡合わせのようになっているのだろう。


 「……貴女は、私にとって……、かけがえのない人なのですから」

 私も目を伏せる。

 はっと息をのむ音が聞こえる。


 「え……、え、それって……」

 耳の端まで赤くなったミーアがしどろもどろの声をあげる。

 私は黙って頷く。

 「……ッ」

 しばし、双方無言。

 妙な恥ずかしさだけが沈黙となって場を支配する。


 「と、と、とりあえず、とりあえずお風呂場に向かいましょう!」

 「えっ、はっ、はい!」

 うわずった声で何とか平静を装い、それに合わせるように答えたミーアと再び歩き出した。

(つづく)

今日はここまで。

続きは明日に

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