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三回戦1

 その日の夜=試合を終え、私が敗退し、そして得難いものを得た夜。私はまたソニアの部屋を訪れていた。

 相変わらず、いつ来ても質素な部屋。


 「さて……」

 彼女は私を見て呟く。

 「これで誰もいない」

 その言葉の意味するところは、もう堅苦しいのは必要ないということだ。

 そしてそれを実証するように、彼女は私に椅子を進めながら言葉を続ける。

 「どうだった?今日の試合」

 「……楽しかったよ」

 恐らく他の生徒や、或いは教師が見たら驚くだろう――そして私に対しては抗議すらするだろう。


 我がキャムフォード家と彼女達ローゼンタール家の関係はお互いの家の祖父の代からの交流となる。

 第二次名誉戦争――当時領土問題で対立していた隣国フシューケ国による侵攻によって開始されたこの戦争で開戦劈頭の侵略に対し、僅か300に満たない手勢を引き連れて、10倍近い兵力を持った敵軍先鋒を相手に防衛戦を展開していたのが私の祖父たちだった。


 王国北東部、マール盆地を橋頭堡として侵攻した敵に対し、祖父たちは周囲の橋を落とし、道を封鎖して進軍を遅らせ、騎馬や馬車、大軍での作戦行動がとれない湿地に陣を敷いて、足を取られ動きの鈍った敵を一方的に叩き続け、敵が湿地の攻略を諦めて周囲の森を抜け迂回しようとすれば、森の中を蜘蛛の巣のように張り巡らされた小道を用いて伸びた敵の補給線を襲う事で抵抗を続けた。


 そんな戦いを一月近く続け、1万を超える敵の増援に遂に包囲されそうになった所で、本国より5万の兵を連れて現れたのがその時のローゼンタール家当主だった。


 侵略軍を掃討し、戦争は終わった。

 両家の関係はそれより続いている。

 家格こそ元はただの中級騎士と公爵家という大きな開きはあるにせよ、キャムフォード家では包囲されつつあった窮地を救ってくれた恩人として、ローゼンタール家では初動に遅れ戦わずして滅ぶ可能性があったこの国を救った英雄として讃えるようになり、今でも両家の関係は続いている。

 ――個人的には過大評価な気がしないでもないが、まあお蔭で私にはこうしてお互い腹を割って話せる友人が出来た訳だ。


 とは言え、他所にそれを公言する事はない。

 お互いの当事者の代がそれを嫌っていたのだし、周囲の貴族共からどういう目を向けられるか分かったものではない。

 公爵令嬢と無領地伯爵の娘とが、下々のような口を利いているのだ。何と無礼で恥ずべき姿か――特に私。


 故に、私達は普段人がいる場所では、学園の、そしてこの国の貴族社会の方針に従っていた。

 こうして気を許しあうのは、ここに来る以前、お互いの家族の関係だけがあった頃に戻った時だ。


 「彼女は凄い選手だね。とても面白い」

 何一つ隠す事のない本音。

 彼女=ハンナ・コーデリア・ハインリッヒ・ラ・ラルジュイルは久しぶりに面白い相手だった。

 「ふぅん」

 ソニアは私の前にティーカップを置きながらそう相槌を打つ。

 「貴女がそう言うのなら、きっとそうだろうね」

 淹れてくれた茶を口に運ぶ。

 いつも通りの、市井でも普通に流通している安い茶。別に彼女が貧乏性と言う訳ではない。これが彼女の実家の味なのだ。


 もっとも、普通の客にはこの茶は出ない。所謂貴族用のものでもてなす。

 言ってしまえば、これを出すと言う事はそれだけ気心の知れた相手という事だ。


 そしてその気心の知れた旧友は私に向かいあって腰をおろし、自らのカップで口を湿らせてから言葉を発した。

 「そう言えば、彼女も楽しそうだった」

 「そう。それ」

 答えながら、試合の事を思い出していた。彼女と共に準決勝にコマを進められないのは残念だが、それ以上に昼間の満足感が上回っている。


 彼女は、ハンナ・ハインリッヒは気付いているのだろうか。自身がどれ程戦う事を喜んでいるのかを。

試合中に交わした言葉からするに、どうも無自覚だった可能性がある。


 「……本人がどう思っているのかは分からないけどね」

 自分に言い聞かせるつもりでそう付け足す。

 彼女はきっと、自分が楽しんでいるという事を理解していないのだろう――今この瞬間は置いておくとして、少なくともあの試合中は。

 或いはそれに気付いたとして、何故楽しいのかは分かっていなかったように思う。


 「と言うと?」

 彼女の問いに少し頭の中を整理する。

 「うーん……。多分だけど」

 彼女の目はしっかりと私のそれを見ている。

 ――同性なのに変な気分にさせるような不思議な雰囲気を持って。


 「自分が何を楽しんでいるのか分かっていないような気がしたよ。『何故か分からないけど興奮している』と感じているような」

 何となくだが、彼女からはそんなものを感じた。

 もしかしたら今この時間には冷静になって気付いているのかもしれないが。


 「でもそれでも、私は彼女とやれて楽しかった。彼女もそう思っていてくれると嬉しいね」

 これも包まぬ思いだ。

 彼女との試合は、本当に心の底から面白かった。

 久しぶりに血が騒いだというべきか。あの独特の、恐怖と緊張と興奮とがないまぜになった事で生まれる楽しさがあの時の私を突き動かしていた。


 「楽しかった……か」

 昼間の戦いを思い起こしていた私の言葉を反芻するように彼女は呟く。

 「相変わらず、貴女のセンスは独特だね」

 そう言って笑った彼女に、私もまた笑い返す。

 長い付き合いだから分かる。彼女は別に皮肉で言っている訳ではない。素直にそう感じているのだ。


 「きっと……」

 私は言いかけて口を閉ざした。

 「?」

 「いや、何でもない」

 それを言った所で、今の彼女はきっと理解しないだろうから。


 (きっと貴女も楽しめると思うよ)


 だって、貴女は私達と同じなのだから。

 同じ匂いを放つ、同じ側の人間なのだから――本人の自覚は別として。


 「技術的な話をすれば、相当試合慣れしているだろうね。いったいどこでとも思うけど」

 「ええ。それは私も思った。彼女の動き方は昨日今日で身につくものじゃない」

 ここでは意見の一致を見た。

 間違いなく彼女は慣れている。こちらの動きを確実に読み、出端を制する独特の眼。

 こちらの心理を先読みし、正確に攻撃を打ち分けてくる勝負勘。どちらも素人ではない。

 だからこそ、面白い相手だった。

 以前スパーをした時、丁度それと同じ感覚を味あわせてくれた目の前の相手も、だからこそきっと彼女が気に入るだろう。


 「手ごわい相手になりそうだね」

 「まあ、そうだろうね。ただ、面白い人ではある……多分、他の2人も」

 ベスト4に残った4人。皆すべて興味深い。

 彼女達とできないのが今日の試合の唯一の心残りだろうか。


 「さて……」

 そこで話を中断し、まだ温かいお茶を飲み干す。

 そろそろ戻る時間だ。


 「それじゃ、この辺で。次の試合の健闘を祈るよ」

 「ありがとう。ああ、それと――」

 立ち上がった私に合わせて彼女も立ち上がる。

 私を例の眼でしっかり見て、ぐっと距離を近付ける。


 「彼女の事ばかりだったけど、今日の試合、貴女もとても素敵だった」

 ――まったく。

 「……それは、ありがとう」

 そういう事を臆面もなく言うから、私だって赤くもなる。

 こっち方面でも無自覚なのだから始末が悪い。


 「それじゃ、おやすみ」

 「うん。おやすみ」

 部屋を辞す。取り巻連中に要らないやっかみを受けないように足早に自室へ。

 最後のやり取りだけで何となく、彼女達の気持ちが分かる気がした。

(つづく)

投稿時間が安定せず申し訳ございません。

今日はここまで

続きは明日に。


なお、明日は昼ごろの投稿を予定しております

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