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二回戦13

 「ブレイク!ブレイク!」

 審判の声に、私は壊れ物を扱うかのように慎重に足を外して立ち上がると開始線まで戻る。

 審判が奴の腕を取って垂直に持ち上げる=先程私がやられていた失神の確認。

 「……ッ!」

 その結果もまた同じ。


 「まだ……まだよ……」

 奴は審判を押しのけるように起き上がった。

 「シャアアッ!!」

 周囲のどよめき。それらを打ち破るように私の声が響く。

 「ぐっ!!」

 しかし、その気勢と共に叩き込んだ顔面への回し蹴りは奴の腕にブロックされた。


 「ちぃっ!」

 奴の腕を見てすぐに足を引く。

 立膝をついたままの姿勢ではあったが、それでもまだ足を捕えて極めに来るのは分かっている。


 「……まだおやりになられるのね」

 「ええ。勿論。お付き合いいただけるかしら?」

 答えながら奴は片膝をついたままだ。

 先程のローキックのダメージがしっかりと残っているのだろう。折れてはいない筈だが、それでもこの試合中は動くまい。


 「なら……行きますわよッ!!」

 言い終わると同時に飛び掛かる。

 サッカーキックで股間を潰しにかかり、それを尋常ではない精神力で堪えて掴みにきた腕を反対に掴む。

 「捕まえた!」

 こいつはレスラーだ。相手を捕えれば、そこから繰り出せる技は十や二十ではきかないだろう。


 だが、動けないのなら話は別だ。


 掴んだ腕を、後ろに体重をかけて引っこ抜くように引き込み、そのまま腕ひしぎの体勢に持っていく。

 「ぶぐっ!」

 立膝によって丁度いい位置に来ていた顔面をついでに蹴って。

 「今度こそ……ッ!!」

 奴の腕をまっすぐに伸ばし、同時に両者の背中が床に着いた。

 このまま極める。そしてここまで極めても抗うのならば――その次は折るしかない。


 「ぐぅ!!」

 「タップを」

 まさかレスラー相手に寝技でタップを求める日が来るとは思わなかった。

 「……さもなくば折ります」

 それに返ってきたのは、歯を食いしばっている事がしっかりと伝わる声だった。

 「……やれる……ものなら……」

 「!?」

 信じがたい事実。奴の腕が、私の身体から少しずつ離れていく。


 「おやりあそばせ!!」

 ぐん、と腕が跳ねあがる。

 ――嘘だろ?

 まるでエンジンでも入っているかのような凄まじい馬力。一瞬自分の背中が床から浮かび上がったのが分かる。


 「この……っ!」

 放されまいと更にしっかり奴の腕を抱え込もうとする。

 ――もしあと少しでも奴の力が強ければ、その時感じた異常に気付かなかったかもしれない。

 「あっ!」

 咄嗟に腕ひしぎを解き、跳び上がって奴から離れる――顔面を蹴りながら。

 アキレス腱に一瞬走る違和感。あと少し遅れていたら、極めていなかった奴の左手が私のここを握り潰しに来ていた。


 こいつは本当に、本当にとんでもない。それが隠さぬ本音だ。


 「成程……やはり、餅は餅屋ですわね」

 こいつ相手に寝技に持ち込むのは危険だ。

 立ち上がり、再び直立と立膝で向かい合う。

 「シャッ!」

 回り込むようにして回し蹴り。延髄を狙って首筋を叩きに行く。立膝のままでは限界があるのか、旋回が間に合わない奴の首筋に後ろから叩き込んでいく。

 その蹴り足を下ろしたと同時にサイドステップで更に逃れ、再び奴の視界の外から蹴りをくれる。

 また逃れ、また延髄。ただこれを、相手が倒れるまで続ける。


 最早一方的。ただ私の蹴りだけが定期的に僅かな音を立てている。

 「シュッ!」

 「がっ!!」

 倒れろ、倒れろ、倒れろ!

 「シャァッ!!」

 「ぐっ!」

 倒れないなら、その首を壊すだけだ。


 「シャァ!」

 「……っの!!」

 何発目かの時に奴が跳んだ。片足が使えないとは思えない程しっかりと宙に浮き、そのまま空中で向きを変えて、次の攻撃を入れようとしていた私に正対する。

 ――だが、それならそれでいい。


 「はあっ!」

 今度は蹴りではなく、奴の膝に飛び掛かる。

 再びのシャイニングウィザード。折角目の前で片膝ついていてくれるのだ。逃す手はない――と、奴も考えるだろう。

 「!!!」

 それに合わせて顔の前に集まった奴の両腕。それを掴んで奴の横をすれ違うように後方に飛び降りる。

 「……っし!」

 両手は封じた。そのまま、両足を宙に浮かせる。

 「ッ!!」

 当然、一瞬ではあるが、奴の腕には後ろに回された状態で私の全体重がかかる。

 しかしそれはこの際問題ではない。奴にとって最大の問題となるのは、再び呼吸が出来なくなること。

 そして、先程の腕ひしぎのように手でそれを外すことが出来なくなったという事だ。


 「おおおっ!!」

 咆哮を上げながら空中で三角締めに移行。奴の両腕と体とが、まるでバイクのように私の左右と下にくる。

 そのまま体重を利用して仰向けに倒れ込み、着地と同時に締め上げていく。

 今度は外させない。落としてもまた息を吹き返すかもしれないが、それならそれで構わない。

 どうせ足は使えないのだ。何度でも締め落としてやる。


 寝技に行くのは危険だ。それは分かっている。

 だが、その危険を排したのなら躊躇なく実行する。


 「かっ……くっ……」

 奴が動く。

 掴んでいる腕の血管や筋が浮き上がってくる程の力が込められている。

 「かぁ……っ!!」

 「おおああっ!」

 だがそれを抑え込まねばならない。

 なら、私はやるまでだ。


 生命の本能が首に絡みついた足を引き剥がそうとするのだろう。奴の両腕は凄まじい力で私の身体を引き摺ってでも呼吸を取り戻そうとしている。

 「おおおぉっっ!!」

 それで放してやるつもりもない。

 奴が落ちるか、私が振り払われるか。今やその戦いだ。


 そしてそれは徐々に、私に優勢になりつつあった。


 「あ……か……!!」

 奴の動きが少しずつ緩慢になり、凄まじい腕力が徐々に制御を受け入れ始める。

 「ぉ……ぁ……」

 それでも油断はならない。

 奴の力が一番強かった時と同様に、しっかりと足を食いつかせ、そのまま頸椎を粉砕するぐらいの勢いで締め上げる。


 「ぉ……っ、があぁっ!!」

 「!!」

 一瞬、物凄い力が復活し、奴の身体がビクンと浮き上がった。

 「……」

 それを最後に抵抗が止む。

 「……?」

 落ちたのか?どこかでそう思いながらも、締め付けを緩める気はない。

 審判が止めない限り試合は続いている。なら、勝利を確信するまで放すことはない。


 「……ブ」

 数秒、数十秒、或いはそれ以上?体感的には随分長い事絞め続けていた足に審判の手が触れた。

 「ブレイク!ブレイク!ブレイク!」

 再度のブレイク。

 再度の失神確認。


 「……」

 奴の腕が再び垂直に挙がるのを見ている。勿論、いつでも飛び掛かれる体勢を作って。

 「……」

 だが、先程と同じだったのはここまでだ。ぱたんと奴の手が落ちる。

 そしてそれを合図にゴングが高らかに鳴り響いた。

 「ウィナー、西棟、ハンナ・コーデリア・ハインリッヒ・ラ・ラルジュイル!」

 そこでようやく構えを解く。


 「……楽しかったわ」

 その言葉が自分の口から漏れたのだと気付くのには数秒を要した。

(つづく)

予定変更して通常通り投稿

今日はここまで

続きは明日に。


なお、明日からいつも通りの投稿を予定しております。

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