二回戦8
睨みあい。
打撃は通じないが、だからと言ってプロレスラー相手に掴みに行っても自殺行為だろう。
(何か無いか……)
相手から目を離さずに頭だけはあらゆる方法に傾けていく。
確実にダメージを与え、かつ掴まれるリスクの少ない方法――単純な、しかし夢のようなその手段を探すしかない。
そしてそんな私の悩みなど――当然だが――お構いなしに奴は突っ込んでくる。
「はぁああ!」
叫びながら再度のラリアット。だが今度は先程より速い。
「ぐっ!!」
辛うじて躱すが、先程のように反撃する時間はない。慌てて距離を取り振り向きざまの裏拳を回避。
(っ!今のなら行けたか!)
その瞬間に見えた一瞬の隙。追撃しなかったことを悔やんでも仕方ない。次に活かすしかない。
普通の打撃は通らない。掴みかかるのは危険。
ならこれで決まりだ。
「……?」
奴が動きを止める。
それまでとは逆に私が奴の間合いに飛び込んでいく。
迎撃――それを考えたのだろう瞬間に足を止めて飛び下がる。
もう一度じりじり距離を詰め、打つように見せかけて細かく踏込み、また大きく下がる。
奴からはどう見えていたのだろう?攻撃に来て迎撃を恐れて下がった?ただフェイントを入れに来ただけ?動いてはいるが攻めあぐねている?まあ、どれでもいい。
大事なのは、奴がこれに何らかの感想――理想を言えば「恐れるに足らず」といった類の――を持ってくれることだ。
そして三度目にそれは訪れた。私が下がった瞬間、奴は最接近時の間合いを維持するように距離を詰めてくる。
そこで足を止める私、その間にも前進する奴。
当然、足を止めた瞬間には奴の一歩分距離が近まる。
(難しいが……ここだ!)
下がろうとする動きを止め、足に力を入れて跳ね返るように前への踏込み。
「ッ!?」
掴みにきた奴のふくらはぎへのロー。ただし内側から外に向かって、腓腹筋を切り飛ばすように。
奴の足が止まる。
やはり、出てきた瞬間の足は止まらない。ミーアの時もつかった手だが、着地直後の足はどうしたって回避する事が出来ないものだ。
着地した時の足は自重と床に固定されたのと同じ。固定されていれば受け流す事も出来ない。
「シッ!」
回り込むように距離を取り、振り向いて捕まえに来る相手に更にもう一発。
同じように踏み出した出端、踏み込んだ前足を潰すように蹴り。
大兵にローキックは有効な攻撃手段となる。それまで武器に出来た自分の身体が、痛めつけられた足には重い負荷となってのしかかってくる。
時間はかかる。だが時間がかかればかかっただけ効果の出る方法でもある。
「……ッ!!」
「シャッ!」
もう一度、飛び込んでくる瞬間を狙って一発。
大木を斧で切り倒すように確実に足を潰す。
流石に頑丈なだけあって腓腹筋に三発ヒットさせているがまだ動きは鈍らない。
だが、それでも効いていない筈はない。攻撃に耐える事は出来ても攻撃を無かったことには出来ない。
「……成程」
奴が動きを止めたのは、その三発目がヒットした後だった。残念だが効いた事による停止ではないのはなんとなく分かる。
「やはりいい蹴りですこと」
「……」
一瞬だったが、しかし確信できる。それは見間違いではなかった。
そう言った時の奴は、嬉しそうに笑っていた。
「ハッ!」
そこで再度奴が動き出した。
それまでと同様に間合いを詰めて、ただし今度は向こうもフェイントを入れてくる。
こちらのローが空振りするように誘っているのだろう、先程から私がやっているように小さく踏み込んでは足を止めてを繰り返している。
(かかるかよ。自分の手に)
発想は正しい。
私の今の戦法は言ってしまえば待ち。相手が誘われて出てくるのを待って、その出てきた出端を潰しに行く戦法だ。
そしてこうした待ちの戦法は――精神的に負けていないという大前提があるものの――積極的に攻めてくる相手には非常に相性がいい反面。フェイントにかかると致命的に脆いという弱点を抱えている。
自分が相手の動きに合わせて後の先を取ろうと待ち構えていれば、どうしてもそればかりに意識が行く。そうなるとフェイントに食いつきやすくなる。ではフェイントに引っかかって空振りした姿を相手から見たら?それはまさしく絶好の隙だ。
お互いそれが分かっている。
故に奴はフェイントを重ね、故に私は動かない。
――だが、膠着はしない。
「ッ!!」
こちらから間合いを詰めていく。
一歩踏む込み、奴の間合い――それを今回は踏み越えて近づく。
「なっ――」
フェイント勝負に拘る気はない。
拘るべきは勝利だけだ。
「シャァッ!!」
一歩踏み込み、その前進する勢いを乗せて、だるま落としのようにふくらはぎを蹴る。
四発目のロー。打ってすぐに下がり、奴の間合いからも脱出する。
どんなに受け流しが得意だろうが、意図していない攻撃には対応できまい。
ヒット&アウェイ。地味だが確実に仕留める方法だ。
確実にダメージを与え、かつリスクの少ない方法。先程考えた夢のような手段は、図らずとも奴のカウンター対策によって実現した。
だが、まだ動きが鈍った様子はない。
更にフェイントをかける。カウンター狙いの待つフェイントではなく、攻めるフェイント。或いは攻めるフェイントに見せての待つフェイント。
どんな人間も、二つの攻撃に同時に対処は出来ない。待つのも攻めるのも同時に仕掛けられた場合、その時点でどちらかには対応できなくなる。
「……」
そう、対応できなくなるはずだ。
そしてそれを先に仕掛ける事が出来たのは私だ。
つまり、私が奴より有利なはずだ。そのことは奴も分かっているはずだ。
――なのに、何故?
(何故、笑っている……?)
それも、嬉しそうに。楽しそうに。
「くっ……」
考えるのを止める。今はどうでもいい。
あの笑みは恐らく強がりだ。まだ何か秘策があるように見せているだけの、心理的駆け引きの為の笑みだ――そういう仮説で一応の説明をつける。
「……ッ」
また踏み込む。
奴が反応する。
それに合わせて一度足を止め、奴がワンテンポずらされて一歩前に出たところに五発目のロー。
「ッ!!?」
だが、今度は叩き込んでも止まらない。
そのローを待っていたかのように奴が突っ込んでくる。
「くっ!」
慌てて飛び下がるのは私の方だ。だが、奴は更に飛び込んでくる。
読みあい無視。カードゲームかと思ったら殴りかかってくるような強引な戦法。
なら、こっちだって手はある。
「おおっ!」
奴の掌打。先程よりも速くなっているそれを躱してカウンターの右ストレートを顎に叩き込む。
だが止まらない。タフネスに全てを任せたような突進で捕まえようとする。
「……っの!」
紙一重でタックルを切り、距離を取る意味も兼ねてもう一度ロー。
流石に足はそれで鈍ったが、体ごと飛び込むようにして奴の右手が私の左手首を掴む。
「なら……っ」
掴んでいる奴の右手。その手の甲を私の右手で包み込むように押さえ、一気に外側に捻る。
小手返し。レスラー相手に関節技は危険だが、この状況はこれを使うためにある様なものだ。
だが――。
「おっと!」
奴が回った。手首の捻りに合わせてその場でくるりと、踊るように。
手首に加わった力に抗うのではなく、反対にその力を自分の回転の加速に使うようにして。
「!?」
まるでフォークダンス。
その回転が終わった瞬間、頭上に上げられていた私達の手は、いつの間にか攻守が入れ替わっていた。
つまり、捻っていた筈の私の手を、捻られていた筈の奴の手が握っていた。
「さあ、捕まえた」
咄嗟に振り払おうと腕を動かすが、しっかりと掴まれたままビクともしない。
「くっ、この――」
振り払え。全身が最大の警報を鳴らす。
直感:このまま掴まれているのは非常に危険だ。
(つづく)
投稿時間が安定せず申し訳ございません。
続きは明日に。