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二回戦7

 「おおおっ!」

 気勢を上げ、奴が飛び込んでくる。

 「ッ!」

 大きく踏込んでのソバット。背中を向ける分こちらの予測から一瞬遅れてのそれを躱せたのは幸運だった。


 そして幸運はまだ続く。

 「シャッ!」

 股間を蹴り上げる。

 回転の止まった独楽のようにこちらに向き直って蹴り足を下ろした相手、その向かい合った一瞬、蹴り足を着地させたその一瞬だけ奴の両足は肩幅より開かれて両足のつま先をこちらに向けていた。

 「ぐぅっ!!」

 つまり、股間を守るものは何もない。

 つま先をめり込ませ、それに合わせて奴の身体が少しだけ浮き上がる。


 (……?)

 その刹那に感じた疑問。というより違和感か。

 それがなんなのかを吟味する時間などなく、奴はいきり立ったようにタックルを仕掛けてきた。

 「あああっ!!」

 だが、遅い。

 現代でのそれに比べれば容易に切ることができる。


 虚しく空を切り、その状態で動きが止まった相手。そのがら空きの顔面に右ストレートを叩き込む。

 「ぶっ!?」

 拳が奴の頬を捉え、スローモーションのように奴が尻をついてダウンする。


 (……やっぱりだ)


 その――自分で言うのもおかしいが――鮮やかな一撃に会場がざわめき、それに焦ったように奴が大の字から上体を起こしてくる。

 だがその間、私の中にあったのは先程より鮮明な疑問だった。


 「っの!」

 「ぐっ!!」

 ならもう一度確かめる。たまたまならそれでいい――いや、正確に言えばそれ“で”いいではない。それ“が”いい。

 丁度いい高さになった頭にローキックを見舞う。

 両腕で体を支えていた奴に回避も防御もない。そのまましっかりと首を刈らせてもらうと、それに合わせてゴロゴロと転がっていく。


 確信する――悪い方に。


 (これが不死身の正体か)

 その一撃にざわめく会場。その中で険しい顔をしていたのはそれを放った私だけだっただろう。

 会場に更にどよめきが生じる。

 転がった奴が悠然と起き上がってくる。

 その動きにダメージは感じられない。

 当然だろう。なにしろ奴はこれまで一度も私の攻撃を“受けてはいない”のだから。


 「感服すべきですわね……」

 思わず口を突く正直な感想。

 今のローキックもその前の右ストレートも――そして恐らくその前の金的も――奴はヒットする瞬間にその攻撃の方向へ飛んでいる。


 原理は簡単だ。パンチにしろキックにしろ、攻撃には明確な力の方向が存在する。

 その力の向きに対して動きを見せなければ100%の攻撃を受けることになり、力の向きに逆らって動けば、つまり攻撃に当たりに行くように動けばその動作を上乗せして120%ぐらいで攻撃を受けるだろう。

 だがその逆、攻撃から逃げるような動作を取ればその動きの分ダメージは軽減される。


 攻撃のスピード-逃げるスピード=命中時のスピード


 極めて単純だがこういう式が成り立つ。

 そして攻撃の衝撃=質量×スピードの二乗である。

 つまり、スピードの減衰はそれだけで攻撃の威力を大きく下げることになる。あたかも石で殴られればただでは済まなくても、落ちている石に触るだけならなんでもないように。


 聞きかじった知識でしかないが、それを式に表すと恐らくこうだ。

 奴はそれを最高のタイミングで確実に行っている。

 それも、会場からは明確にヒットしたように見えるような受け方で。

 プロレスラー特有のタフネスに加え、それに頼らずとも攻撃を無力化する受け身の達人。それが奴の不死身の正体だろう。


 「さて……」

 こちらが気付いた事を悟ったのかは不明だが、起き上がった奴がこちらに正対してくる。その表情は不敵に微笑んでいる。

 「……」

 無言で構え直す。

 まあいい。こちらにだって考えはある。ただの打撃では躱されるというのなら、それならそれを潰すまで。


 「……」

 動き方を変える。左右に小刻みに動き、積極的にフェイントも仕掛けていく。先程は先手を取られたが、今度はこちらからプレッシャーをかける。

 右に振る=反応なし。

 左=こちらも。


 (中々乗ってこないな……)

 「シッ」

 左に振り、右に戻るように見せかけてのジャブ。

 鼻先を掠めるだけだが牽制――もっと言えば挑発にはなる。

 更にもう一度、また更にもう一度――相手の鼻先を撫でるように小刻みに。奴が我慢できなくなるまで続ける。


 「シッ!」

 何度目かの挑発の後、奴の身体が僅かに沈み込んだ。

 (来るっ!)

 察するのと同時にそれの正しさを証明する奴のタックル。先程よりは速いがそれでも出端が読めている。躱せない程ではない。


 落ち着いて捌き、ノーガードで晒された奴の顔にショートフック。横合いから顎を串刺しにするように振り抜く。

 「ッ!!?」

 身体が駄目なら脳を揺らすまで。

 回避しようと動いたところでインパクト自体を無かったことには出来ない。そして首の構造上、殴られた瞬間に体ごと飛ばなければ完全な受け流しにはならないが、タックル直後の動きが止まった瞬間ならそれも難しい。


 僅かでも脳は揺れる。それを積み重ねていくだけだ。


 「ッ!!」

 動きが止まった一瞬後、奴が反撃の掌打――というより張り手を放つ。

 これを躱してカウンターに左アッパー。狙うは勿論顎。

 だが、今度は硬い。受け流すのではなく受けきる事を選択したのか。


 (やはりレスラーか……っ)

 レスラーの首は強い。首だけでマットに叩きつけられる事もあるのだから、当然鍛えられている。

 ――だが、これで終わりではない。

 動き出そうとする奴に密着し、首相撲に持ち込む。

 組みつくのはプロレスラーの必勝形だろうが、この状態ならキックボクサーの必勝形だ。


 「シャッ!」

 下腹部へ膝を叩き込む。

 確かな感触が伝わってくるが、奴は動かない。

 (これなら、逃げられまい!)

 更にもう一発。首相撲に持ち込んでいる時点で逃げ場はない。なにしろこちらは相手を捕まえた状態で蹴っているのだ。

 「シャッ!!」

 もう一発。更に重ねてもう一発。何とかして手を打とうと奴がもがくが、この状態での攻防ではこちらに分がある。どう動こうが確実に腹を蹴り潰しにいく。


 このまま終わらせる。ここで蹴り潰す。

 ――或いはその気持ちが、焦りを生んだのか。


 「おおっ!!」

 「なっ!?」

 奴が腰を落とすと同時に声を発する。

 その瞬間、私の身体が引き離された。

 何か技や小細工を弄したのではない、単純なパワーによる引き剥がし。強引この上ないがそれ故に抗いようがない。


 首相撲が崩され、僅かに浮かんだ蹴り足に奴の剛腕が殺到する。

 「しまっ――」

 気付いた瞬間、私の両足は地面から離れていた。

 片腕は股間に、もう片方は奥襟へ。その形で掴まれ、肩の上に米俵のように担ぎ上げられる。


 「ぬあっ!!」

 奴の裂帛の気勢。そのまま後ろへ倒れ込む様に変形バックドロップ。

 もしあと少し反応が遅れていたら、この硬い床に脳天を叩きつけられていただろう。

 「がっ!!」

 辛うじて頭は避け、受け身を取って転がったが、残念ながら奴より上手くはない。

 鈍く大きな音と共に叩きつけられた衝撃が全身を駆け回り、一瞬呼吸が止まる。


 「うぁ……」

 よろめきながら何とか立ち上がった瞬間に視界に飛び込んでくるのは奴の両足の裏。

 胸元に叩き込まれたドロップキックによって、今度は私が吹き飛ばされる。

 「がっ……!!」

 残念ながら、これは奴流の受け身ではない。

 起き上がれたのは、ただそうしなければやられるという意識だけのものだ。


 「ぐっ……う……」

 何とか構え直す。だがダメージはしっかりと残っている。

 (どうする……?)

 回らない頭で必死に考える。

 こいつは受け身だけじゃない。攻防共にとんでもない。

 ならどうする?

 こいつは強い。その上、更に最悪な事に普通の打撃は通らない。

(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

続きは明日に

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