二回戦4
「成程ね……」
まあとにかく、これで相手のタイプは分かった。
勿論これだけで判断するのは危険だが、それでも何も知らないよりは余程いい。
なにより、こちらは向こうに手の内を見せてしまっているのだ。この不利を覆すために、向こうの情報はどんなものでも手に入れておきたい。
「ありがとうミーア。よく教えてくださいました」
そんな状況である。なんの比喩でもなく、心の底からそう思う。
「い、いえ!そんな……。私はただ……お役にたてればと……」
もじもじと謙遜するミーア。
「勿論。貴女にはとても感謝しているわ!貴女がいてくれてよかった!」
ほめ過ぎだと言わんばかりに頬を赤らめ、顔を下に向ける。
とにかく、これで明日の相手についてはざっくりだが分かった。投げや寝技を中心とした、不死身と恐れられるほどの者。
後はもう少し掘り下げてみようか。
「ところで、その相手の、ミス・キャムフォードの使った技はどんなものかお分かりになるかしら?」
「それが……スープレックスのような投げ方だったと言うこと以外、詳しくは分からないのです」
スープレックス。そしてアキレス腱固め。となれば恐らくはプロレスラーだろう。
現代で戦ったことはないが、よく言われるプロレスラーの共通認識と、先程の話に合った不死身という評価は合致するだろう。
プロレス最強説については人によって色々意見はあるだろうが、相手の攻撃を“受けなければならない”という点は他の格闘技と一線を画するところではある。故にプロレスラーは他の格闘家よりもタフである、という理屈もなんとなく理解はできる――実際にどうだかは知らないが。
もし、次の対戦相手がその理屈通りだとしたら中々に手を焼くだろう。何しろ不死身を殺さなければならないのだから。
「それだけでお分かりになりますか……?」
「ええ。十分ですわ」
そう、今はそれで十分だ。
相手が何を使ってくるだろうかという予測だけでも。
「さて、それじゃ戻りましょうか」
後はゆっくり休んで、ベストな状態で明日を迎えるだけだ。
――もう他にどうしようもない。
「は、はい!」
二人で並んで教室棟を離れ、来た道を戻る。
冷たい夜風に晒されると嫌でも気が引き締まっていく。
頭の中で何パターンもシュミュレートを繰り返しつつ寮へ向かって足を動かす。
寮の一階へ足を踏み入れ、それから私は階段に向かう。ミーアの部屋は一階のためここでお別れだ。
「今日はありがとう。おやすみなさい」
「はい……。あっ、あの……っ!!」
別れ際、突然ミーアから呼び止められる。
「何でしょう?」
「あ、えと……、その……」
何かを迷っているような様子で口ごもり、私がその心中を推測しているうちにその迷いは解決したようだった。
「明日の御健闘をお祈りいたします!」
「え?ええ。ありがとう」
恐らく何か別の事を言いたかったのだろうということは、特別鋭い訳ではない私でもなんとなく分かる。
「……ええっと」
「い、いえ!それだけです!おやすみなさい!!」
だが、聞きだす事は出来なかった。
「おやすみなさい……何かあったら、私に言ってちょうだいね」
取りあえずそう言っておく。
今聞き出す事が出来なくても、そのうち、話せるようになったらでいい。
多分だが、私はミーアの事が放っておけなくなってきている。目の前で何か悩まれるのはそれだけで気がかりになってしまう。
或いはこれはハンナ嬢の気持ちなのかもしれない。初めてできた可愛い後輩への。
「あ、ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「そう?ならいいのだけど……」
そうして今度こそ私達は分かれたのだった。
※ ※ ※
「……それにしても」
招かれた部屋に視線を巡らせてから、私は声を漏らす。
「あいも変わらず質実剛健と言うか……」
まるで平民の家だ。
家具類も質素なもので統一され、飾り気が全く感じられない。
ただ飾り気がないのではなく、本当に安いものを使用しているということは、経済状況的にこうしたものを使い慣れている私には良く分かる。
「ハハハ、まあ、知っているだろう?私の趣味というか、家の方針というかは」
その部屋の住人は私の呟きをそう言って笑うが、旧知の仲である私以外がこの部屋を見たら多くの者達は驚くのではないだろうか。
ローゼンタール家の娘にして生徒会長のソニア・ローゼンタールが平民のような部屋に暮らしていると知ったら。
「それにしても、随分いいタイミングでしたこと」
彼女自身が淹れてくれたお茶に口をつける。多分だが、これも普通に出回っている安い茶だ――正確に言えば、その中でも来客用の物を選んでくれたのだろうが。
そこで話題を切り替える。別に部屋で茶を飲もうと誘われた訳ではない。
「……ま、私としては少しすっとしましたけれど」
偽らざる本音。
もし外で聞かれていたら後で何があるか分からない。一介の無領地貴族の一人娘が、天下のベニントン家のお嬢様がおずおずと逃げ帰る姿を見てすっとしているなどとなったら。
「……まあね」
そんな事を隠さず話すぐらい信用している彼女は、ごく親しい間柄にしか利かないため口で話しはじめた。
「私だって、この世の人間全てが善人であるなんて思ってはいないさ。スパイのような真似をする者がいないとも、ね」
スパイ。
彼女の付き合いのある人間で、ベニントン家のスパイ――大方生徒会のメンバー辺りがそう仕込まれているのだろう。
「まあ、とにかく、これで明日の試合、君と彼女とがぶつかる訳だ」
「ええ。まあ。……先に当たっちゃってごめんなさいね」
冗談めかしてそう言うと、彼女は静かに笑み浮かべるにとどめ、湯気を上げている自身のカップに口を着けた。
「私は貴女の様にはならないよ」
“貴女の”ねぇ――。
まあいい。本当の所は言わないでおこう。
昔言った時には本人は否定していたし、恐らく今でもそうだろう。
隠しているのではなく、多分本当に気づいていないのだ。
貴女だって私達サイドの人間なのだと言う事に、そして恐らく、明日の対戦相手=ハンナ・ハインリッヒもまた、今日の空手との一戦や、この前の詠春拳との戦いなどの際に一瞬見せた表情のように、まだ。
「まあ、そういう事にしておきましょう」
冗談めかして笑ってみる。
だが、ふと思う。彼女が今後、自分のその可能性について知ることはあるのだろうか。
そんな疑問が頭の中に浮かび上がり、同時に明日の対戦相手のそれも浮かんできた。
(期待しておりますわよ?ハンナ・ハインリッヒ)
もしかしたら、とてもとても、面白い事になるかもしれないのだから。
だが同時にそれ以上に楽しみな事がある。
「明日ですわね」
そのハンナ・ハインリッヒが明日の対戦相手という事だ。
つまり、本気になっていいと言う事だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に。