二回戦2
私もミーアも、シャーロットたちと、その周りで騒いでいた連中でさえ、そちらに目を向ける。
陰口大会の後ろが騒がしい。
黄色い声が僅かに聞こえてくる。
そんな状況を気にも留めず、声の主である生徒会長はこちらに歩を進めてくる。
「ごきげんよう。皆さん」
「ごきげんよう」
「ご……ごきげんよう」
私とシャーロットとがそれぞれ挨拶を交わし、周りがそれに続く。
シャーロットの表情はどこか強張っているような、ばつの悪そうなものへと変わり、一瞬でそれを隠した。
「ああ、貴女が!」
そのシャーロットの変化に気付いているのかいないのか、会長は私と目が合うや否やそう声を弾ませて手を差し出してきた。
「昼間の試合、とても素晴らしかったですよ」
「光栄ですわ」
差し出された手を握り返しながら笑顔を返す。
仕方ないとはいえ、やはり見られていたか。
「手の内を見られてしまいましたわね」
冗談めかして付け加えると、彼女も僅かに笑っている。
「確かに、そういう意味でもいい試合を見させていただきました。でも、貴女だって一回戦の時にご覧になったでしょう?」
まあその通りだ。
――正直な所瞬殺だったのでよく分からなかったが。
そんなやり取りに水を差すような一言。
「……ミス・ローゼンタール」
「なんでしょう。ミス・コンロイ」
その背後からの声に振り返った会長。
身長の関係から見下ろす形になるが、コンロイ寮長の感じているプレッシャーはそれだけが理由ではないという事を、会長越しに見える彼女の表情が伝えていた。
「ミス・ハインリッヒの今後の試合については――」
意趣返しか、今度は会長が遮って答える。
「それに何か問題が?確か二回戦のお相手は私ではなかったと思いますが」
「い、いえ……。そういう事ではなく……」
推測:会長は相手が何を言いたいのか分かっている。
「会長。残念なことに、彼女は次の試合に出場できない可能性がございますの」
寮長から今度はシャーロットが引き継ぐ。
その表情は暗い。
「おや?それはどうして?」
「残念なことに、彼女には今回の大会に関して不正を行ったという疑惑が持ち上がっておりますわ。神聖なる御前試合並びに我が校伝統の武闘大会においてそのような疑惑のある方が出場するのは、国王陛下への無礼に当たりますし、我が校の名誉にかかわる問題にも……」
その説明を真剣な表情で聞いていた会長だったが、一拍置いて返した答えは至極何でもないと言うような調子だった。
「ああ、例の不正疑惑というのは彼女が……。それなら問題はありませんでしょう」
「なっ!?」
信じられない。まさにそうとしか言えないリアクションのシャーロットとコンロイ寮長。そして恐らく私自身も。
いや、それだけではない。周囲のどよめきからも、この感想は少数派ではない事を感じ取れる。
そしてそんな中、会長はもう一度私の方を振り返った――ファンが出来るのも無理はない見返り美人。
「今日の昼の試合。あの実力であれば他の選手と何ら変わらず御前試合の出場に相応しいと私は思います」
手の内を晒したことのメリットと言えない事もないか。
意外な擁護者の出現だった。
そしてその擁護者は本人たちの立場もあるので名前は伏せるとした上で更に続ける。
「昼のあの試合、私の他にも何人かの選手が見ておりましたが、皆彼女の実力は脅威であり、それだけの実力は十分にあると判断いたしました」
どうやら私は今日一日で随分有名人になってしまったらしい。
「で、ですが……っ」
必死に食いつくのはコンロイ寮長だった。
まあ、無理もない――ハンナ嬢の記憶が言っている。
寮長という立場は本来特定の生徒或いは立場の人間に肩入れしてはならない。
勿論、完全に不干渉という事でもなく、明確な不正があればそれを理由にして今回のような態度に出る事も出来るが、逆に言えばその根拠が出鱈目であると分かってしまえば、今度危うくなるのは彼女の立場なのだ。
そして私と同じく会長も公爵の家柄にある。国内に5人しかいない最高の爵位を持つ家系の人間だ。
それも会長=ローゼンタール家といえば国王の懐刀であり、その政治的影響力は5人の公爵の中で最大、事実上国王に次ぐほどの力を持っているのだ。
そのローゼンタール家の関係者から万が一にでも不祥事を疑われたら?王立であるこの学園に居場所があると考えるのは余りに楽観的すぎるだろう。
それ故に、ここで私を攻めきらねばならない。攻め落とさなければならない。そんな焦りさえ感じるような早い口調で私を非難し始める。
「ですが疑惑が持ち上がっている事は事実です。それに今日の試合、聞いた話によれば相手はミス・ハインリッヒのご実家にお仕えするメイドの方だとか。言わば身内同士の試合。そうですねミス・ハインリッヒ?」
「ええ。それは間違いありません」
まったく、どこで聞いてきたのやら。
私の答えに勝ち誇ったような顔を浮かべるシャーロット。
飼い主の喜びを自らの首が繋がったのだと理解したのか、更にまくしたてるように続ける寮長。
「それではなんの解決にもなりません。ミス・ハインリッヒ。今からでも遅くありません。棄権なさい。これ以上はこうして貴女を擁護してくださっているミス・ローゼンタールにも――」
「私は別に彼女を擁護している訳ではないですよ」
再び中断させる会長。
「失礼ですが、ミス・コンロイ。貴女には格闘術の経験は?」
「いえ、ありませんが」
「そうですか。それではミス・ベニントン。貴女は?」
「私もですわ」
二人の回答に納得したように頷く会長。
それから小さく咳払いを挟み、もう一度口を開く。
「では、そう思われても仕方がないでしょう。ですがあの試合、とてもではないが演技で出来るようなものではない。これは二回戦に進出する実力のある選手であればみなそう判断するほどのものです――」
そこまで言って、彼女は囲っているその他大勢の方に目を向ける。
「ねえ?ミス・キャムフォード?」
呼びかけに答えるように群衆がお互いの顔を見合わせ、やがてその中から一人が周りの避ける事で出来た道を歩いて私の前に現れた。
炎のような赤毛をツインテールに結ったその人物は、ちらりと私の方を見てから会長の方に目を向ける。
身長はレティシアと同じぐらいだろうか。今日は見上げる相手によく会う。
体つきが引き締まっているのは制服の上からでも分かるが、身長相応に肩幅もがっしりしていて、首も逞しくなっている。
いつぶつかるのかは分からないが恐らく簡単な相手ではないという事はパッと見で分かる。
「ええ。少なくとも私は、次の試合の対戦相手が彼女であることに何も不正を感じません」
そしてどうやらその簡単ではない彼女が次の対戦相手らしい。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に。