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二回戦1

 長かった一日が終わった。

 風呂を終え、どっと疲れが出たような気がしながら鐘の音に従って食堂に向かった私は、いつものように味気ない食事を終わらせた。


 「さて……」

 席を立ち食堂を辞する。

 普段ならこのまま部屋に戻る所だが、今日はいつもと逆の方向に足を向けている。向かう先は教室棟。その一階に貼り出されている明日の組み合わせを確認するべく、寮の外に向かって歩を進める。


 「ハンナ様!」

 振り向いた先に声の主であるミーア。

 人混みをすり抜けながら私の方に向かってくる――どことなく嬉しそうに。

 「ミーア?」

 「組み合わせのご確認ですか?でしたら私もご一緒させて頂けますでしょうか?」

 「ええ。勿論よろしくてよ」

 当然断る理由もない。

 それにもしかしたら、組み合わせ次第では彼女が相手の事について何か知っているかも知れない。

 試合は明日の放課後、今日の夜に知った所でどうしようもないといえばそうなのかもしれないが、それでもベースとなる格闘技が何なのか、何を得意としている相手なのかが分かればそれに越したことはない。


 二人で足を並べて外へ。

 温かい食事が腹の中に入っているとは言え、秋の夜風は冷たい。

 その夜風に急かされるように早足になりながら教室棟へ。

 流石にこちらも昼間よりは気温が下がっているが、それでも外よりはだいぶましだ。


 「皆さんお集まりの様ですね」

 建物の中、人だかりができている掲示板前を見てミーアが呟く。

 相変わらず、余程の興味だ。

 「会長のファンクラブかしらね」

 掲示を指さしたり、顔を近付けてひそひそと囁き合っている集団の方を眺めながら答える。あの会長殿、まるでアイドル並の人気だ。


 そしてその集団が、近づいていった私達に気付くと一部がざわめきの対象をこちらに変えてきた。

 ひそひそ話も継続。だが漏れ聞こえてくる音や感じる雰囲気は正直にその内容を伝えている――非難や陰口の類だ。


 「……」

 しかしそれでなにかある訳でもない。

 足を止めずに更にお目当ての掲示板へ。

 陰口大会が更に近づく。

 集まっている連中のそうした正体に気付いたのだろう、ミーアが不安げに足取りを緩め、私に遅れ始めたので彼女を背に隠す。不安がらせる必要もない。


 「大丈夫ですわ。取って食うという訳でもありません」

 「は、はい……」

 連中への意趣返しも込めてこちらも囁いてやると、彼女はこちらに身を寄せるように足を速めた。

 ――最近のこいつらの傾向はこうだ。これまでの無視や冷笑とは異なり、こちらから明確に分かる様なこうした“パフォーマンス”に切り替えてきた。


 ここの流儀ではない。

 やんごとなきお嬢様がたにとって、直接相手に不快な思いをさせるというのは褒められた行為ではない。貴族たる者、いじめであってもエレガントにこなさなければならないのだ。


 (いい傾向かも知れないな……面白くはないが)

 心の中で一人ごちる。

 攻撃手段を変えるという事は、つまりそれまでの方法への信頼が失われたことを意味する。それまでのスタイル、即ち余裕を持ち、エレガントさを失わない洗練されたやり方を捨ててきているという事は、それだけ余裕がなくなっているという事と同義だ。


 そして敵の焦りとはつまりこちらの優位を意味する。

 容易に排除できると思っていた私が二回戦に駒を進めている。憎まれっ子が世にはばかってしまっているのが現状だ。

 当然、敵対者としては面白くあるまい――八百長疑惑もそれ故だろう。


 「ごきげんよう皆さん」

 そんな連中に近寄っていく。あくまでそんな頭の中などおくびにも出さず、園遊会で他の招待客に挨拶をするようなすまし顔で。

 「ごきげんよう……」

 返ってくる、努めて平静を装う声――腰抜けども。

 「御免あそばせ。組み合わせを見せて頂けるかしら」

 こちらは一層丁寧に、一層貴族らしく。


 だがそれに応えたのはこの烏合の衆ではなく、そして正面からでもなかった。


 「よくもまあ、顔を出せたものですわね」

 聞き覚えのあるキンキン声。

 いや、聞き覚えがあるどころではない。

 「……あら、ごきげんよう」

 振り向いた先にシャーロット。その隣にはコンロイ寮長。

 「ごきげんようハンナ。貴女、今日が何の日かお分かりになって?」

 「ええ。勿論存じておりますわ。我が校の創立記念日。とてもおめでたい日」

 奴の隣の顔を見ただけで何が目的かは分かっている。当然その質問の答えも。

 だからわざとすっとぼけてみる。それが意思表示だと伝わるか。


 「なんとまあ……」

 返ってきたのはオーバーリアクションな驚き。伝わったようだ。

 「ハンナ……、いいえ。友人として正直に申し上げます。貴女を見損ないましたわ」

 それは初耳だ。私の友人だったのかこいつは。


 その芝居がかった啖呵を受け継いだのはコンロイ寮長だった。

 「ミス・ハインリッヒ。私が先日申し上げた事、よもやお忘れではありませんね?」

 「ええ。勿論よく覚えておりますわ。ですけど、私いくら考えても心当たりがございませんの」

 そう言ってやると、今度はシャーロットがそれに反応する。

 「まったく嘆かわしい!貴女、ご自身にどういう疑惑がかけられていらっしゃるのかお分かりではないの?国王陛下にご覧頂く武闘大会。その神聖な大会で不正な勝利を得ようなどと、あまりにも恐れ多い!」

 よくぞ言った。

 私個人を潰すために色々画策した人間の言葉とは到底思えない――口には出さないが。


 しかしそうして黙っているのを言い返せないでいると判断したのか、タッグを組んだコンロイ寮長が更に責めたててくる。

 「ミス・ハインリッヒ。何故それでも出ようとするのです?貴女の行いは、貴女の家名、そしてご家族に対してきっと不名誉なものとなりましょう」

 「それが事実であれば、我がハインリッヒ家は身内だからと甘い顔は致しません。成すべき正義に基づき厳正な処置を、ただそれのみです。ですが同時にハインリッヒ家は根拠のない侮辱に対しては毅然とした対応を取らせて頂きます。それは我が名と家族に対する中傷であるとして」

 正面切ってそう返す。

 ハインリッヒ家の実情などこの際無視だ。


 「貴女……、貴女はとんでもない事を……国王陛下に失礼だとは思いませんの?こんなこと、小さな子供ですら分かる事ですわ!」

 更にオーバーさに磨きをかけてくるシャーロット。

 「ミス・ハインリッヒ。どうか冷静にお考えなさい。貴女の行為は貴女のご家族だけでなく、学園の名にも傷をつける行為です」

 それを合図にしたかのように、周囲の連中の陰口大会が一際盛んになる。


 「ハ、ハンナ様……」

 不安げなミーアをしっかりと背後に隠す。

 囲まれているためそれで遮れるわけではないが、孤立無援ではないと分かれば少しは落ち着くだろう。


 「何をなさっているのかしら」

 その時、良く通る声が、シャーロットと寮長の更に後ろから、私達全体を貫通していった。

(つづく)

この所投稿時間が安定せず申し訳ございません

今日はここまで

続きは明日に

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