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来訪者9

 再び距離を詰める。奴はじりじりと、私は左右に小刻みに振りながら。

 先に来るのは奴の間合いだ。確実にその距離で仕掛けてくるだろう。


 だがそれでいい。

 奴の空手は速く重い。

 だが裏を返せばそれは、一撃の威力の代わりに連打が苦手という事だ。

 重さと回転はトレードオフの関係にある。ちょうどこの前のリーファとは正反対に、一撃の重さを追及すると、その分回転が遅くなっていくという事だ。その一撃さえなんとかすれば次の攻撃が来る前に懐に入れる。


 「……ッ!」

 間合いに入ったか否かのギリギリのところで奴が動く。

 フェンシングの突きような――その割には踏込みの小さな――動作で飛んでくる高速の左。顔面に殺到するそれを、左手を僅かにあげて躱す。


 が、それだけではない。間一髪でそれを受けた直後には蹴り足が上がっていた。

 先に出た左=刻み突きはこのための布石か。


 「ちぃっ!」

 右の拳を打ちおろす。

 蹴り足が伸びてくる直前にそれを撃ち落してこちらの間合いに踏み込むと、それを迎撃するべく逆突きが飛んでくる――まるでこうなることを見越していたようなジャストの間合いでの拳打。


 だが、折り込み済みなのはこちらも同じだ。

 「フッ!」

 「くっ」

 踏み込んでダッキング。

 拳の下をくぐるようにして躱しながら、同時にボディブローを叩き込む。

 しっかりと手応えが返ってきて、直後に奴が下がっていく。


 追撃――は止められた。

 空を切った右を引き戻す前に腕を取られ、肘を外側から押さえられて手首を外側へ。

 「っの!」

 繋がっている上体が肘の動きに合わせて前に引き込まれて倒れていく。

 そして倒れてきた下腹部を迎えるように膝。

 あと一瞬でも気付くのが遅ければ、そして左腕での防御が間に合わなければクリーンヒットしていた。


 力ずくで肘の拘束に抵抗し、上体を起こす――すぐにでも起こさなければ首に打ちおろされるのは容易に予測できた。

 幸い次の一撃には間にあった。拘束の緩んだ右腕を動かして反対に奴の手を掴み、引き寄せていく。


 「……ッ!?」

 「はぁっ!」

 変形の小手返し。今度はこちらの番。

 決まりきる直前に奴が飛ぶ、いや転がる。

 「くぅっ!」

 咄嗟に手を放す。

 ただ転がったのではない。飛び込み前転で前に飛び込んだその一瞬のうちに拘束を抜け、反対に私の腕に手をかけていた。

 そのまま放さないでいれば、前転の勢いと奴の体重とで腕から引きこまれていただろう。


 だが、攻撃は止まらない。

 回転を終え、立ち上がる直前の奴。ちょうどいい位置にあるその頭にローキックを打ち込んでいく。

 人間の放つ蹴りの中で最も早いと言われるロー。それを頭に叩き込める絶好のチャンスだ。敵もさるものでガードされてしまったが、その腕ごと吹き飛ばした。


 そして直感:その勢いを使って立ち上がったが、まだ体勢は戻りきっていない。


 立ち上がる瞬間にはどうしても腕を頭に回しづらいものだ。

 だが当然、そこを待ってやる必要はない。しっかりとハイを狙っていく。


 「……ッ」

 ――とんでもない奴。

 立ち上がりざまに、鏡写しのような上段蹴り。お互いに頭を守ろうとした腕を蹴る。

 野次馬からどよめき。鏡合わせの両足を同時に降ろす。


 そしてそんな攻防の直後も奴は動いた。


 蹴り足を下ろすと同時の踏込みと、これまたほぼ同時に放たれた正拳。

 辛うじて躱した直後にもう一度。同じ軌道を同じ鋭さで叩きこんでくる。

 「くっ」

 こういうのを紙一重というのだろう。

 ギリギリで捌いて構えをとりなす――幸いなことにこちらも体勢が整いつつある。

 何とか捌いて仕切り直しを図った直後にもう一発――だが、流石にそう何度もやられている訳にはいかない。


 「シッ!」

 再度どよめき。

 ようやく当たった一撃は、カウンター気味に奴の顔を捉えていた。

 「ぐぅっ!!」

 流石に無傷ではない。

 雪崩のような奴の動きが止まり、一気に跳び下がって距離を取る。

 再び追撃と思ったが、今度は動く前に脳が中止を決めた。


 理由:跳び下がった直後に奴は構え直している。


 最初と同様の、左手をこちらの顎に向けるような構え。小刻みに上下に動く独特の足捌き。

 敵もさるもの、いや、それ以上か。

 確実に入ったカウンターのダメージから記録的な短時間で復帰している。


 再び睨みあい。

 背中に冷たいものが走る。

 確実に当てた。いや、当てただけではない。確実に入っていた。

 そのカウンターを受けても、その動きに影響が出ているようには見えない。ダメージと言う意味だけでなく動揺すらも見せないのだ。

 一撃で倒れるとはもとより思っていないが、このタフさ――肉体的にも精神的にも――は中々の物だ。


 ――なら、それを越えるだけ打つまでだ。

 そんなやけくそに近い、しかしこの場合の最適解だろう答えが全身に血液となって流れていく。

 やってやる。下腹部が熱くなってくるような感覚。


 しかし、そこで唐突に中断された。

 「失礼いたしました」

 タフさに驚かされたその相手の謝罪によって。


 「え……?」

 深々と一礼。

 ふとよぎる予測――というより希望=このまま降伏。

 そうしてくれるとかなり有難い。


 だが勿論、そんな事ではなかった。


 「お力を試すような無礼、どうかお許しください」

 試していた?

 今までのやり取りが?

 その発言の真意を理解し得なかったが、咄嗟に取るべき態度は直感的に理解した。

 「そうでしたの。別に構わなくてよ?」

 構えを解かずに応じる。

 尋ねながらもいつでも飛び込めるように動きを止めず、そんな風にしながらも余裕を崩さない。


 戦う相手など存在しないかのように園遊会のような態度を見せ、園遊会のような態度など存在しないかのように意識を途切れさせない。ハンナ嬢の意識が再び蘇ったかのようにそう脳に刻みこまれていく。


 「それで、試した結果はいかがかしら?」

 それを実践する。

 レティシアがそれを意識していたのかは定かではないが、彼女はしっかりと落ち着き払っている。それこそ、先程までアリスと一緒にいた時と同様に。


 「お力は十分とお見受けいたします」

 背中に再び寒気。

 纏っている空気が変わった。

 いや、纏っているのではない。刃物のようにこちらに突きつけられているような気すらする気迫だ。

 熱を感じた下腹部に、今度は冷たいものが差し込まれる。レティシアの凄まじい気迫が強烈なプレッシャーがとなって襲い掛かってくる。


 そしてそのプレッシャーの発生源。突きつけられた刃の鍔元は静かに言葉を続けた。

 「故に――これより先は、“空手”にてお相手致します」

(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

今日はここまで。

続きは明日に。


次回はいつも通りに投稿の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  段々と強い相手が現れ戦闘シーンが長く描写されるようになってきましたが、《俺つえー》云々ではなく、強い者は強いのでは?  ヒグマと人が戦ったら、銃でもないかぎり、一瞬でかたかつくごとく。
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