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来訪者6

 「……騙されている?」

 納得がいかない。そう言っているような口調。


 「ええ。考えてもごらんなさい」

 それを受けて私の頭の中にある考えをすべて伝える――ただし家族の評価は除いて。

 全て話し終えた時、それでもアリスの顔に浮かんでいたのは苛立ちと憎しみの表情だった。


 「……ですが、それらは全てお姉様が考えているだけではありませんか」

 「そうかしら?ではこう考えなさいな。確実に利益を出せる商売があったとして、自分一人でそれをすれば利益を独占できるのにも関わらず、碌に知りもしない、その商売について詳しくもない相手に突然その話を持ち掛け、あろうことか利益を山分けしようと言い出す。貴女ならそんな事をやろうと思うのかしら?」

 「それは……きっとお考えがあっての事です」

 どこまで相手を信用しているのか。

 或いは自分の考えが――正確に言えば両親の意向を代弁しただけの意見が――否定された事でむきになっているのか、ここまで言っても食い下がろうとするアリス。


 「そのお考えというのは?お父様やお母様はそれをご存じなのかしら?」

 「それは……存じません」

 何とか反論しようとして、しかし純然たる事実の前には黙るしかない。

 だが沈黙が必ずしも説得の成功を意味していない事は、その表情を見ればよく分かる。


 「ですが、ヴェリキー家の御曹司はお姉様に一目ぼれなさったと言うことですよ!となれば、その相手であるお姉様とその家族である私達を無碍には出来なかったのでは?」

 成程それはあるかもしれない。

 だが、一点問題があるのだ。

 「本当に一目惚れだと、誰が証明できましょう?」

 「証明!?」

 今度は奴が驚く番だ。


 「ですがそのように……」

 「仰っておられるだけでしょう?私はあのお方からお手紙を頂戴したことも、一目ぼれしたというお話も、どこでも聞いた事がございません。何らかの方法でご紹介いただくことも、私の方から拝見する機会すらもなかったのです」

 もし本当にそうならどこかでアプローチを持とうとするはずだ。

 だが奴の名を聞くのは今回が初めてで、これまで一度もその名が上がった事はない。

 それが突然実は一目惚れでした。婚約の為に蒼天石ください。結婚の暁には出資してください。


 これを信じろと言う方に無理がある。


 「ぐ……」

 遂にアリスの反論も止まる。

 物証ではないが、この異常性を認めるに十分な証拠がある。

 「さて、お話は終わりかしら」

 「待ってください」

 だがそれでも引き留めるのは、完全に面子からだろうか。

 少なくとも、私にはそう見えた。


 「確かにお姉様の仰りたいことは分かりました。ですが、それでもそれらは全てお姉様の想像に過ぎません。どんなに真実味を持たせようが、想像の話は想像の話です」

 宣言するように、或いは自分自身に言い聞かせるようにきっぱりと。

 「ええ。その通りです。ですがただの出鱈目ではないと、貴女もお考えではなくて?」

 だからこちらもきっぱりと言い返す。これ以上話を続けるつもりはない。


 「……お話がお上手になりましたのね」

 漏らしたその一言に込められていた感情が決していいものではない事ぐらい私にも分かった。

 「……どうしてもお父様に従う気はございませんの?」

 従えば破滅は目に見えている。

 それになにより、私には見ず知らずの男に抱かれるつもりはない。


 「お姉様、仰りたいことは良く分かりました」

 そも声の調子から、全く委縮などしていない事を意味している。

 「ですが、いずれお父様からも同様な要請が行われるでしょう」

 勿論誰が何度こようが話は簡単だ。私は私の中にある答えをもう一度したためなければなるまいが。


 「どうでしょう?もしお姉様が強情を張り続け、お父様の行動に逆らっているとなれば。私は今日ここに来るにあたって、お父様にもお母様にも本来の目的を、つまりはこの話をすることを内密にしておりました。お姉様が自分でお家に戻るための手助けをしようと思ったのです。お父様の命で渋々……というのよりは格好がつきましょう」

 ああ、やっぱりか。

 結局こいつんは点数稼ぎのために来たのだ。

 姉を説得して連れ出してきたという事にして、歓心を買おうというのだろう。

 ――考えてみれば哀れでもある。


 「お気遣い感謝します。ですが、そのような心配はご不要です」

 ばっさりと切り返したところで、簡単に引き下がる気は毛頭ないのだと言う事はすぐに分かる。

 彼女は私をしっかりと見据えていた。

 あえて直截な言い方をすれば、彼女は怒っていた。

 自分の言う通りに動かない姉。説得しようとして却って黙らされてしまうことへのコンプレックス。


 「……どうしても、ですのね?」

 「ええ。どうしても、ですわ」

 だから、その問いが最終確認であることはどこかで予想できていた。

 「……ですが、私も子供の使いではありません。私とてハインリッヒの一人であるからには、やるべきと決定した以上何があってもそれを成し遂げなければなりません」


 子供の使いと言うより使いの子供だからね。と思いつくが言わないでおく。

 言っている事は立派だが、その努力は完全に間違えている。

 ――もっとも、彼女にはそんな事は無かったのだろう。


 「なので、どうしてもお姉様には従っていただきたいのです」

 どうしても――これまで何度も口にしてきたこの言葉が、これまでで一番重みのある発言に変わる。

 しっかりと意思によって動いている姿。何としてでも私を連れ戻そうとする意思。

 間違ってはいるが、間違いに突き進む馬力は本物だ。

 何とも面倒な一族。


 「――ですからお姉様、これ以上状況で採るべき手は一つです。……決闘を。徒手による決闘による解決を希望します」

 「……は?」

 決闘。

 聞き間違いではない。彼女は今それを口にした。

 「これ以上お姉様と分かり合えないのであれば、古来よりの作法に則った解決より他になし――いかがでしょうか?」

 いかがと言われれば遠慮しますというのが本音だ。


 古来よりの、と言っている事からも分かるように現在ではほとんど行われなくなったものの、貴族の間にはどうしても解決できない事柄を決闘によって決着するという習慣があった。

 決闘である以上、双方の合意なく始める事は出来ない。ならば、こんな話に乗っかるつもりはない。


 「そんな事、無闇矢鱈に口にするものではございませんわ。一度家なり、学校なりに戻って頭を冷やしなさい」

 これで追い返そう。そんな私の考えに、彼女はなおも食い下がる。

 「負けるのが恐ろしいのではなくて?」

 ありきたりな挑発。当然ながら聞き流す。


 だが、その後に続いた言葉は、そうするには少し無理があった。


 「……やはり、買った勝利ですものね」

 ――なんだと?

 何処だ。誰だ。

 どうやって吹き込んだ?

(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

続きはいつものぐらいの時間に。


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