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一回戦11

 私の勝ち名乗りと同時に、試合場の床にあぶり出しのように魔法陣が現れ、煌々と光を放つ。

 四隅のコーナーポストのような柱も同様の光を放ち、私と奴はその光に包まれた。

 時間にして数秒。光が治まった後のぼんやりとした視界には試合場を包んでいるギャラリーが、歓声と拍手でもって迎えてくれた。


 ああ、勝った。勝てた。

 それらにカーテンコールのように深々と一礼しながら、じんわりと込み上げてくるその思いを噛みしめる。


 勝った。

 一回戦突破だ。

 これで少しだけ首は繋がった。

 試合場を下りる時に感じたのはその安堵。

 勿論、それよりも大きかったものがある。言うまでもないが。


 「「おめでとうございます!」」

 降りるや否や、二人が駆け寄ってくる。

 マルタもミーアもまるで御利益があるとでも言わんばかりに私の体に触れる――私の中身が見た目のままなら特に気にならなかったのだろうが。


 「ありがとう」

 キャッキャと喜びながら手を引いて人混みから私を引き離す二人。

 移動しながら興奮気味にミーアが口を開く。

 「ハンナ様、あれは……ッ」

 あれ=何の事かは聞くまでもない。

 「ええ。実戦での使用は初めてでしたけど、何とかものになりましたわ」

 あの瞬間、奴の三度目のワンインチパンチに小手返しを使ったのは、その直前、二度目の時に閃いた方法だった。

 成功するかは分からない。だが、不思議とあの時は出来ると確信していた。

 もっと言えば、出来る前提で動くことが出来た。


 「良い師匠に出会う事が出来て、私は幸運ですわ」

 「いっ、いえ……!そんな……」

 私の言葉に、ミーアは耳の端まで真っ赤にして口ごもる。

 事実、簡単な技とはいえ、この数日間でものに出来たのは彼女の指導によるものが大きい。


 「本当に、おめでとうございます」

 そんなやり取りを――心持ち恍惚の表情に近い気がする――笑みを浮かべて見守っていたマルタが、そう言ってタオルを差し出してくれた。

 「ありがとう。マルタも」

 受け取ったタオルはふんわりと柔らかかった。

 「貴女がいつも世話を色々してくれるおかげですわ」

 それに対する反応――呆気にとられたような一瞬の沈黙。

 まあ、無理もない。昔の私=本物のハンナ嬢では考えられない発言だろう。


 「そ、そんな!私にまでそのような……、勿体のうございます!」

 そこまで恐縮されても困るのだが……。

 まあ、その辺は時間をかけて本物のハンナ嬢ではなく、私とマルタの関係を築いていくしかないだろう。

 幸いその時間はありそうだ。

 今日の勝利のお蔭でその可能性が少しだけ増えた。


 そんなやり取りに、背後からもう一人加わる。

 「ハンナさん」

 「えっ……、こほん。はい?」

 思わず素が出そうになって咳払いを一つ。

 お嬢様モードに戻って振り返った先には、さっきまで戦っていたリーファ・シャーンドルが立っていた。


 「おめでとう。勉強させて頂きました」

 「ありがとう。こちらこそ、とてもいい試合をさせて頂いた事に感謝しています」

 差し出された手を握ると、その細長い指は意外なほどの熱を持っていた。

 当たり前といえばそうだが、試合中よりもずっと穏やかで物静かな印象を受ける。

 何となく、本来の彼女はこちらなのだろうという気がしてきた。


 「……ちょっとお耳をよろしいかしら」

 その矢先、試合中のような目に戻って周囲を警戒するように一度見回すと、周りの声の中で辛うじて聞き取れるような小声で私の耳を求めてきた。


 直感:ただ交流に来た訳ではない。


 無言で従うと、一層小さな声が囁かれた。

 「シャーロットにはご用心なさって。これで諦める女ではありません」

 「えっ?」

 意外だったのはその内容ではない。そんな事は言われずとも知っている。

 もっとも、私が知っている事を承知で言っているのなら気を引き締める必要もあるだろうが。

 問題は彼女が言ったという事だ。

 ミーアに言わせれば彼女はシャーロットの友達だろうという事だった。

 その見立てが外れていたのか、或いは――現代でも何度か聞いた事があるように――女の友情とは複雑怪奇な代物なのか。


 「意外ですわね」

 感想だけを呟く。

 どの部分に関してなのか――彼女はそれを改めて問う事なしに理解してくれた。

 「シャーロットとのお付き合いもございますけど、何も私には彼女だけが……という訳ではございませんの。ふふっ」

 そう言って悪戯っぽく笑うと、一拍置いて付け加える。


 「それに、私のいるべきところに彼女はおりませんし」

 そう言って、今度はちらりとミーアの方に目をやった。

 「ミーアさん、と言ったかしら?」

 「は、はい!」

 それまでとは異なる緊張感が声に現れている。

 無理もない。かつての支配者のお友達に声を掛けられたとなればそうもなろう。


 「よい方と出会われましたね」

 だがそう言ってニッと笑った表情から、シャーロットのそれのような残虐なものを感じなかったのはきっと言われた当人も同じだろう。


 「それでは、私はこれで。ごきげんよう」

 そう言うとスカートの代わりに今履いている長ズボンの裾を軽くつまみ、片足を後ろに置いて小さく屈伸する――こっちに来て知ったが、カーテシーという挨拶らしい。

 「ごきげんよう」

 こちらも同様にカーテシーを交わすと、彼女はひらりと身を翻し、大勢のギャラリーの中に消えていった。


 「シャーンドル様……」

 消えていった彼女の名を複雑な様子で呟くミーア。

 正直私も彼女を掴みかねていた。

 だがそれ以上に、彼女が残した言葉――シャーロットに気をつけろ。

 もし、仮定通り私とシャーロットの仲を知った上での忠告なのだとすれば、奴はまだ何か企んでいるか、少なくとも彼女にはそう思えるという事だろう。

 恐らく私、というかハンナ嬢よりは奴の近くにいた彼女の言葉だ。信憑性は私があれこれ考えるより高い。


 そこまで考えたところで今度は先程よりも一際大きな歓声にもう一度振り返る。

 ギャラリーはいつの間にか随分増え、さながらちょっとしたコンサート会場のような有様だ。

 そしてそのギャラリーの興奮は、そのお目当てである生徒会長、ソニア・ローゼンタールの登場で一際高まった。

 帯と同色の長い黒髪をポニーテールに結い、空手か柔道のような道着に身を包んだ姿は、成程黄色い歓声が上がるのも無理はないと思わせる。と、同時に相手選手にしたらやりづらいことこの上ないだろう。


 「南棟、エミリア・イリーナ・ドールマン!」

 しかし、そんな私の予想に反して、呼び出されたその選手に委縮した様子は一切ない。

 似たような道着姿だが、こちらは首回りや襟のカラーから、恐らくテコンドーであると推測できる。

 余程の自信か、肝が据わっているのか。


 審判の説明が終わり両者開始位置へ。

 ここから見る限り身長と体格はほぼ同じぐらいだ。

 「お手並み拝見といきましょうか」

 せっかくだ。ライバルになる二人も見ておくか。


 それから数秒後に響いたゴング。歓声。そしてエミリアの裂帛の気勢。

 「キィィィィアッ!!」

 それと同時に一気に距離を詰め、竜巻のように蹴りが襲い掛かる。

 「ッ!」

 対する会長は小さく動いて躱すだけ。

 だが躱された次の瞬間には既にエミリアの足刀が迫っている。

 「――ッ」

 これまた小さく動いて躱すだけ。反撃する様子はない。


 ――どっちだ?

 様子を見ているのか、それとも……?


 答えは次のエミリアの攻撃にあった。

 空を飛んでいるような凄まじい回し蹴り。それすらも、まるでその蹴り足をすり抜けたかのような紙一重で躱す会長。

 だがエミリアは止まらない。すぐに次の攻撃が来る――そう直感した瞬間、動きを見せたのは会長の方だった。

 相手の足が地面に着く瞬間に間合いを詰めての突き。

 たった一発。その一発だけで、相手の回転を止める。


 「はあっ!」

 それから間髪入れずに腕と首を掴むと下腹部に膝を叩き込んでから、大腰のようにして投げ飛ばし、倒れた相手の顔面に更に突き。

 最後の一発は恐らく駄目押しだろう。

 そのまま、寝技にもマウントにもいかない。

 ただ残心を示して離れるだけ。


 というのは、必要がない事が私の目にも明らかだったから。

 というのは、審判が駆け寄っていたから。

 というのは、床に叩きつけられた時点で相手がぐったりと動かなくなっていたから。


 「う、ウィナー、東棟、ソニア・フランシス・ローゼンタール・ラ・シュタインフルス!」

勝ち名乗りの後は例の光、そしてしっかりと礼。

 あれほどの黄色い歓声を上げていたギャラリーが圧倒され、ただ水を打ったように静まっている――離れて見ていた私達と同様に。

(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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