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一回戦7

 そして迎えた翌日。授業が終わるや否や教室を飛び出したのは私だけではない。

 着替えを終えて学生寮と教室棟との間の敷地に設営された試合会場に着いた時には、既に沢山のギャラリーが集まっていた。


 「随分な人気ですのねぇ」

 会長のファンたち――だけではないだろうという事は、これから始まる一回戦にも既に黒山の人だかりが出来ている事からも分かる。

 「あの方も、中々注目されているようですよ」

 ウォームアップに付き合いながら視線で第一試合場を示すミーア。

 その視線の先には試合場中央で審判から説明を受けている二人の選手。


 「どっちですの?」

 「柔道の方です」

 改めて見る。

 手前に見える側が柔道着姿だった。

 肩にかかる癖のないこげ茶色の髪が頭の動きに合わせて動いている。


 「あの方が、今回唯一の平民からの参加者だそうです」

 格闘技は何も貴族の間だけのものではない。

 平民の間でも盛んにおこなわれている。

 生徒の大半が貴族の令嬢であるこの学校では、当然選手の比率もそれに準じたものになるのだが、それでも一人というのは少ない。


 「やっぱり他の生徒との摩擦を警戒しているのかしらね?」

 その呟きの意味を理解したらしく、ミーアが答えてくれる。

 「どうでしょう。ただ、去年は訳あって出られなかったそうですが、あの方はどんな理由があれ出たと思います」

 「あら、どうして?」

 「その実力を買われての推薦入学……そう聞いています」

 成程。


 その説明の終わりと、開始のゴングがシンクロする。

 お互いがジリジリと距離を詰めていくのがここからでも分かる。

 「さて、そろそろ向こうへ行きましょうか」

 「はい。どうか御武運を」

 「ハンナ様!」

 後ろから声を掛けられて振り返ると、ちょうどこっちに駆けてきたマルタと目が合った。

 「間に合った……。この次がハンナ様の出番ですね?」

 「ええ。ありがとう。来てくださったのね」

 「勿論です。私からも御武運をお祈りいたします」

 予選の事を思い出す。

 あの時は心配そうについてきていたが、有難い事に今回も応援してくれるようだ。


 そんなやり取りの直後、背中を向けていた第一会場からわっと歓声が上がった。

 「ウィナー、北棟、カレン・シアーズ!」

 勝ち名乗りを受けたのはあの柔道家だった。

 「何?何がありましたの?」

 その瞬間を見ていたであろうミーアに尋ねると、彼女は驚いた表情のまま答える。

 「払い腰から起き上がる前に送り襟締めで相手の方がタップしました。それにしても速い……」


 直感:この速いには二つの意味がある。

 一つは試合時間の話。開始十数秒での決着だ、とんでもない程の圧勝である。

 そしてもう一つは、その圧倒的な動きの速さだろう。技だけでない、そこに入るまでの動きが、この秒殺を可能としているのは間違いない。


 「カレン・シアーズさん……成程、強敵になりそうですわね」

 試合を終え、下に降りていく彼女の姿を見届ける。

 下で待っていたのは同じような道着姿の選手。エントリーを生徒会室に持ち込んだ時に出会った彼女だった。

 彼女は私と同じ西棟だった筈だが、その姿はライバルの偵察といった感じではなく、純粋に勝利を共に喜び、讃えているようだ。


 「あの、ハンナ様、次では……?」

 「あ」

 つい見とれてしまった。


 慌てて黒山へ。

 「西棟!ハンナ・コーデリア・ハインリッヒ・ラ・ラルジュイル!」

 試合場に上がるや否やの呼び出し。

 予選と同様に中央に向かう。

 「北棟!リーファ・シャーンドル・ラ・スオンコート!」

 こちらも北棟の選手だ。

 現れたのは、真鍮色の髪をシニヨンに纏めた、線の細い印象のある少女だった。

 コスチュームは長いズボンにゆったりした長袖のシャツ。足には小学校の頃の上履きのような、足を突っ込むタイプの布靴。この出で立ちだけでは何を使うのかは分からない。


 予選と同じ審判の注意を聞き、それから一礼。

 「……」

 こちらが普通に頭を下げたのに対し、相手のそれは左の掌に右の拳を当てての礼。抱拳礼という中国式の礼だ。


 (中国武術か……)

 一口に中国武術と言ってもあまりにも範囲が広すぎて対策の立てようがない。詳しい者なら南派か北派かだけでもわかればある程度傾向を掴めるらしいが、それすら分からない上に、そもそもそんなに詳しくない。

 まあ仕方ない。そもそもこの大会、対策を立てられないように試合前日まで組み合わせが分からないようにし、更に一戦ごとに組み合わせを抽選しているのだ。分からないままでもどうにかしろという趣旨なのだろう。


 なら、大会の趣旨に則るだけだ。なに、やり合えば分かる。


 覚悟を決めたところでゴング。

 キック式に構えて少しずつ距離を詰める。まずは様子見だ。前回はここで乱されたが、今回はそうはいかない。


 「ん?」

 対する相手の構えは一見すると風変わり――敢えてオブラートに包まず言えば素人のような構え方だった。

 左足と左手をやや前に出しながら、足の幅は普通に歩くのとほとんど変わらず、直立するように膝もほとんど曲げていない。

 手も肩から肘までは体に付けていて、肘から先だけがこちらに向けられているという状態だ。


 (なんだこれ……?)

 その上両足はつま先から踵までしっかりと床に着け、フットワークを遣う様子もすり足で動く様子もない。木のようにその場にどっしりと立っている。

 これではまず動く相手に追いすがって威力のある打撃を叩き込むことは出来ない。いや、打撃だけではなく投げや関節も難しいだろう。


 (どういうつもりだ……)

 その独特の構えのまま一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。

 だが、どう見ても攻撃に転じるには不利に思える。

 (カウンター主体の拳法なのか?)

 見ていても始まらない。

 こちらからも距離を詰め、リーチのやや外でジャブを放つ。

 「……」

 反応はない。

 身長はやや私の方が高い。つまり私の手が届かない距離なら相手もそうだという事だ。

 この構えでは飛び込むのも難しいだろう。


 「シッ」

 もう一度ジャブ。だがやはり反応はない。

 構えからは殺気を感じるが、動きには反映されていない。ただじっとこちらを見ている――向こうも様子見のつもりか?


 (試してみるか)

 もう一度、今度は先程より少し踏み込んだジャブを二発。

 ナックルパートが奴の顔に触れる直前に奴が動く。紙一重のスウェーで躱す。

 足はそのまま。つまり上半身だけ僅かにのけ反らせている状態。


 「シイッ!」

 もう一発のジャブ――と見せかけて右ミドルを蹴り抜く。

 流石に腕でガードしたが、反撃には来ない。


 (???)

 冷静な部分が答えを決めかねる――何故動かない?

 動物的な直感が仮説を打ち立てる――動かないのではなく動けないのではないか?

 (いや、そう見せて誘っているだけかもしれん)

 その仮説に反駁する。


 奴が自ら答えを示したのはその直後、そのフットワークも何もない足を、愚直なまでに真っ直ぐこちらに向けて運んだ時だった。


 間合いを詰めながら前になった左手での突き。

 案の定と言うべきか、軽いそれを腕で防いだ瞬間、その腕を突きがすり抜けた。

 「!?」

 それは蛇が木の枝に絡みついていくように、防御を躱した突きが胸に届く。

 だが軽い。この程度なら――その感想はすぐに訂正せざるを得なかった。


 「くぅっ!」

 連打。

 左を引くのと同時に飛んでくる右。

 躱そうとしてもこちらもやはり防御をすり抜けてくる。

 更に左、更に右。

 まるで腕に意思があるかのように確実にこちらを突いてくる。


 「この……っ」

 反撃のパンチを迎撃しながら、同時に更に突きを流し込まれる。

 一撃が軽いのが唯一の救いだろうが、こちらから打とうとしている時に打たれると相対速度が重さに加わる。

 右、左、右、左。

 後ろに跳ぶ、いや跳ばされる。

 たった一度。時間にしてほんの数秒にも満たないファーストコンタクト。

 その一度で8発の突きが撃ち込まれた。


 「く……」

 奴は再びあの構えに戻り、そのまま距離を詰めてくる。

 まるでマシンガンだ。

 構え故か、或いは本人の力故か、それとも打ち方故か、幸いなことに重さは控えめだが、それでも一度にあれだけ打ち込まれると圧倒されるのも事実だ。


 「このっ!」

 距離を取るべく前蹴り。

 その蹴りを、奴の蹴りが撃ち落した。

 「なっ!?」

 いや、それだけならおかしくない。

 ただそれだけの話だ。


 だが、その撃ち落した蹴りがそのまま軸足に代わり、こちらが蹴り足を戻すより速く階段を駆け上がる様な動きで下腹部に蹴りを返されたのではそうも言っていられない。

 「ぐうっ!」

 突き刺さるような蹴りに思わず下がる。

 奴は蹴り足をあげたまま、再びあの構えに戻っている。

(つづく)

今日はここまで。

続きは明日に。

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