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一回戦6

 一回戦の組み合わせ。

 武闘大会はまず一回戦の組み合わせを抽選で決定し、勝ち残った者達で再度抽選、その組み合わせで二回戦を行う。

 ここまでは有志の生徒と教師たちによって営まれる大会運営委員によって行われ、選手自身が直接参加するのは準決勝の抽選からだ。


 「貴女の相手、簡単にはいかなそうですわよ?」

 最早上っ面だけの健闘を祈ることもなく、不敵に笑みを浮かべたシャーロット。

 「あら?心配してくださっているのかしら」

 「ええ。勿論ですわ。それでは、ごきげんよう」

 吐き捨てるように言って去っていく彼女の背中が見えなくなったところで、ミーアが小さく息を吐いた。


 「まったく……いい趣味をお持ちですこと」

 それに応えるように同じくいなくなった彼女の後を目で追いながらそう呟くと、戻ってくる錯覚でもしたのか、ミーアがそっと身を寄せた。

 「ミーアさん?」

 「えっ、あっ、いえ!なんでもありません!!それより組み合わせを――」

 「そうね。見に行きましょうか」

 どうせ見たところで、選手になる様な知り合いがいないハンナ嬢では相手が誰なのかも分からないのだが、まあいい。


 学生寮を出て教室棟の一階エントランスへ。

 ぬるま湯を被った後だと少し肌寒いが、少しの距離なので我慢する――それでも足は正直に気持ち早足になっているが。

 教室棟は学生寮と異なり一つの建物だけであり、日中は一年生から三年生までの全ての生徒がここで授業を受けている。

 由緒あるこの学校の、その歴史の長さと、ただ潰れずに続いていただけという訳ではない証拠のような様々な品が並ぶエントランスは、さながらちょっとした博物館や歴史資料館の様相を呈している。


 目当ての組み合わせ表はエントランスに入ってすぐに見つかった。

 この学校の創設者カシアス侯爵の畳二畳分はありそうな巨大な肖像画の下、最も大きな掲示板に貼り出された16人の名前。

 明日は第一、第二の二か所の試合場が用意され、それぞれの会場で四試合が行われる。


 「皆興味津々ですのね……」

 その掲示が辛うじて見える位には集まっている生徒たちの背中を見て呟く。

 学年も寮もバラバラだが、何やらひそひそと囁き合い、時折その話題の対象だろう名前を指さしている。

 そんな注目は第一試合場第二試合の、全くの無名にも関わらず本戦出場を果たした私――ではなくその次、同じく第一試合場の第三試合の組み合わせに集まっている。


 第三試合

 北棟 エミリア・イリーナ・ドールマン

 VS

 東棟 ソニア・フランシス・ローゼンタール・ラ・シュタインフルス


 そう、東棟からは生徒会長その人が出場する。

 「生徒会長……」

 「会長が出場なさるのですね……」


 ハンナ嬢の記憶を呼び出すまでもなく、ここで過ごした日々で生徒会長がここに集まっている生徒たちにとってどういう存在なのかは十分わかっている。

 成績優秀かつ容姿端麗。その上品行方正とそれが理由で敬遠されるのではないかと思われる一物ならぬ三物を神から授けられた上に、その生まれは国王の懐刀と呼ばれた敏腕政治家を当主とする国内屈指の名門中の名門ローゼンタール家という、ちょっとやり過ぎなまでに出来過ぎた人物。


 しかしそれでも嫌われたり敬遠されたりしない辺りは、流石名宰相の娘だけあって血は継いでいるという事か。

 私もハンナ嬢も直接言葉を交わしたことはないが、学内には彼女を信奉するレベルで慕っている者が一人は二人ではなく存在する事、それ以外の大多数の生徒にも高い人気があるという事。あらゆる方面で彼女に関する悪い噂を聞いた事が無いという事は分かっていた。


 ――だが、格闘技の心得があるという情報は初耳だ。

 しかしそれが私とハンナ嬢が事情に通じていないという事を意味しないという事を、前の方から漏れ聞こえてくる囁き声が証明していた。

 「……会長、格闘技を嗜まれていたの……」

 「確か去年は……」

 「今年が初出場……」

 どうやら彼女も電撃的参戦であるらしい。


 聞こえてきた情報を脳内で纏め、仕方ないねとばかりに鼻から息を吐き出す。

 「ま、あの方相手じゃ仕方ありませんわね」

 「え?」

 不思議そうにこちらを見るミーア=まだシャーロットの爪痕が残る青白い顔にちらりと視線を返してから、その緊張をほぐすようにおどけて見せる。

 「全くの無名選手が電撃的に参戦!そんな感じで私が話題になるのかと少し期待していたのですが……、会長が同じ条件で来てしまっては分が悪すぎますわ」

 そう言って肩を竦めて見せると、ようやくミーアに笑顔が戻った。


 「ま、どうせ試合になれば嫌でも目立ちますし……それで、私の相手は……」

 本来の目的を思い出してもう少し掲示板に近寄る。

 人混み=事実上の会長ファンクラブの一番外側にくっついて見上げる。

 前に詰めかけている連中より視線をやや上に向けて。


 第二試合

 西棟 ハンナ・コーデリア・ハインリッヒ・ラ・ラルジュイル

 VS

 北棟 リーファ・シャーンドル・ラ・スオンコート


 「……存じ上げない方ね」

 正直会長以外の名前はハンナ嬢の記憶にはないのだが。

 シャーロットが意味もなくあんな台詞を吐くとは思えない。何らかで彼女の事を知っていて――もしくはミーアと同様に奴に使われていて――大会に潜り込ませた刺客とかだろうか。


 名前の中の二つ目の女性名=私で言えばコーデリアの部分がない事から、恐らく正室の子ではないのだろうという事ぐらいしか分からない。

 ――この世界の貴族の間では、正室の子供は下の名前と名字の間に母親の名前が入るのが一般的だ。身もふたもない言い方をすればブランドというか、スーパーの野菜売り場なんかで見る生産者の顔が見えるシールの名前版みたいなものだ。


 「私、この方存じております」

 しっかり噛みしめるように隣でミーアが言った。

 「あら、そうでしたの?どういうお方?」

 こくり、とミーアの喉が小さく喉が動く。

 「この方は……シャーロット様のお友達……なのだと思います」

 なんとも歯切れの悪い回答。

 関係を知っているのではないのか。

 そんな風に困惑する私から彼女は一旦目を離して周囲を確認。話していい状況なのかを確かめてから声を一段落として話を続けた。


 「シャーロット様のお人選びは大きく二つに分けられます。片方はシャーロット様がお付き合いするに相応しいと判断された方々。もう片方はそうではないとされた者」

 私は後者でした。と、どこか悲しそうにつけたし、しかしこちらが慰めの言葉を考えるよりも前に続きがもたらされる。

 「ですが、あのお方はそのどちらにも属さない稀有な例外でした。傅くのでも顔色を窺うのでもなく、勿論敵対するのでもなく、ただ双方独立できるだけの距離を置いて、必要が無ければ接触しない。……シャーロット様と知り合って敵対せず、しかし傅かないという意味では、或いはお友達と言えるかもしれません」




※   ※   ※




 攤手、枕手、伏手、護手――これまで何千回、何万回と繰り返した套路(とうろ)を繰り返す。

 「貴女がいてくれて助かりましたわ。やっぱり保険はかけておくものね」

 数日前、シャーロット女史が来て何やら言っていたのを思い出す。

 先程来た時も何やら言っていた。「幸運にも一回戦であれと当たる」とかなんとか。

 彼女の言うあれとは、つまり件のハンナ・ハインリッヒの事だろう。


 正直な所、全く興味が無い。


 確か、敷地内の走り込みの時によく後ろにいたと思うが、まあそれぐらいだ。

 皮肉なものだ。疎ましい周囲の声が嫌で打ち込んだ拳法が、今ではその疎ましい声のために使わざるを得なくなっているとは。


 側室腹――私は常にそう扱われてきた。

 正室の子とは常に区別され、父と同じ家に住むことすら許されなかった。

 私が物心ついた時には父の記憶はなく、母と一緒に囲われた家に暮らしていた。

 側室腹。妾の子。口さがない者達には、その事が随分と面白いらしい。つくづく恵まれているがままならない世界だ。


 そして、母はそれが次第に我慢できなくなってきていたようだった――正妻より先に男児を、つまり私の兄を身籠り、生まれて一年を待たずに死別した母には。


 何をするにも、どこに行くにも妾の子という称号は名前より広まっていた。

 そう言う事が三度の飯より好きな連中に取り入らなければならないと、母が考えたから。

 母は貴族より貴族的になろうとしていた。いや、今もしている。

 時々思う。顔も知らぬ兄が死んだことを悔やむのは、単に母親としてなのか、或いはそれによって得られるはずだった栄誉を失ったからなのか。


 そんな母が嫌いだった。

 そんな周囲が嫌いだった。


 だから、拳法が好きだった。

 祖父から仕込まれたそれ、そうした世間の声を無視して没頭できるそれが。

 拳法が、拳法だけが、私を見栄と噂とくだらない自慢の世界から救ってくれた。

 偏見と軽蔑を持たない存在は、祖父の他には毎日打ち込み続けた木人椿(もくじんとう)だけだった。


 変化が起きたのは14歳の時だった。

 正妻の、顔など一度か二度しか見た事が無い異母兄の死。

 そして父は、レオポルド・シャーンドル伯爵は、王立フレイジャス魔術大学魔術薬課教授は、私をその研究の後継者として教育する事に決めた。


 感謝すべきだったのは、父は研究者として、そして教師として非常に優秀だったことだ。

 私は魔術薬学。とりわけ植物を使った薬品の研究に没頭した。

 将来は父の研究を引き継ぎたい。そう思うようになった。


 魔術薬学の研究は素晴らしく奥が深かった。植物の世界は素晴らしく繊細で美しかった。

 そして何より、この世界には正室も側室も無かった。


 知り合いの伝手で父と同じ大学の研究室に口利きしてやる――それがどれ程魅力だったか。

 約束される大学の席と、卒業後の研究員の地位――それで私は永遠に没頭できる。美しくて、優しい、大好きな世界に。


 あの掃いて捨てるほどいる馬鹿の一人がハンナ・ハインリッヒ打倒の見返りに持ってきたこの条件がどれ程素晴らしく聞こえたか。

 これまで、あれの父親が父の生み出した薬によって救われたことがあったことから付き合いはしてきたが、まさかそれがこんな形で役に立つとは。


 「ふう……」

 套路を終え、息をつく。

 悪いわね。ハンナ・ハインリッヒ。

 消えて。私の未来の為に。

(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

今日はここまで。

続きは明日に。


明日こそ試合開始

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