プロローグ1
「ライガーはこの後どうなるの?」
子供の頃、大好きだった特撮ヒーロー番組の最終回を見ていて、母親にそう聞いた事がある。
宿敵だった悪の秘密結社を壊滅させた改造人間マスクドライガー。地球に平和が戻り、人々が歓喜する中で一人ひっそりとどこかへ去っていく。
今なら分かる。平和な世界に戦う事しか出来ない改造人間の居場所はない。倒すべき敵がいなくなったことで、彼はその役割を終えたのだ――恐らく、制作側が言いたいのはそういう事だろう。
だがまだ小学生になる前の俺にはそんな事は分からない。
大好きだったライガーが、仲間たちの――そしてテレビの前の自分の――前から姿を消しどこかへ行ってしまう。
その理由が分からなくて、母親を困らせた。
彼はどこに行ったのだろう?役割を終えたヒーローは何処へ行って、何をしているのだろう?
子供心にそんな事を考えたりもしたものだ。
ただ、今にして思う。仮にその答えがあったとして、絶対にそうではない展開だけは確実に一つ思い浮かぶ。
「多分、女にはなってないよなぁ……」
それも、緩くウェーブした金髪に碧眼の、寄宿学校に通う貴族のお嬢様には。
そう、今の俺のように。
「ヒーローショーの中の人?」
ジムで会長に持ちかけられたアルバイト。
鋼鉄闘士メタルガイ――受け取ったチラシによれば大人気ヒーローらしいそれの、ヒーローショーでの中の人=スーツアクターの依頼。
「こういうのって普通劇団員とかがやるんじゃないですか?」
「まあ、そうなんだけどさ」
持ちかけてきた会長はそこで一度言葉を切った。
「本来のアクターが怪我で離脱しちゃったみたいでね。で、知り合いからうちにイイのいないかって来てるんだよ。そのアクターってのが大体ガタイがお前と同じぐらいらしいから」
成程、身長180cm以上のアクターは確かに少ないだろう。
だが、少ないとはいえいない訳ではない。写真で見る限りこのロボットと言うか甲冑と言うかなマッシブなヒーローなら素顔は出ない訳だし、大柄な外人とかでもよさそうだ。
とりあえず、体格が近いと言うだけで駆け出しの総合格闘家にお声がかかるものだとは思えない。
「あれ、もしかして知らないか?これ」
「ええ、まあ。有名なんすか?」
俺のリアクションを見て会長はずばり正解を言い当てた。生憎特撮はマスクドライガーの次の番組位で卒業している。
「今のちびっ子には大人気らしいぞ。だからうちに声がかかった」
「え?」
ちびっ子に大人気と弱小総合格闘技ジムとの関係が分からない。
だが、どうやっても結びつかない答えを探すよりも、その答えが会長の口から発せられる方が早かった。
「メタルガイはブラジリアン柔術やレスリングをベースに戦う投げ関節主体のヒーローなんだよ」
「……はい?」
「なんでもテレビ放送じゃ、毎回怪人にフォール勝ちしているらしい」
――なんか地味だぞ。
格闘技に詳しい人間ならまだしも、派手なパンチやキックでないと正直素人目に見て効いているのか分かりにくい。
そんなのに盛り上がるのか今のちびっ子。
「……人気なんですか?」
「俺の甥っ子の小学校じゃ、皆真似するってV1アームロック禁止令が出たそうだ」
最近の小学生怖い。
「で、どうだい?やる気があるなら伝えておくが」
今の所まったく惹かれる所が無いが、プロとは言え若手の格闘家は金が無い。
日程的に問題ないと来れば当然、答えはイエスだ。
そして一週間後に迎えた本番。
話を受けた当日から一応レンタルで事前に確認してみたので内容は頭に入っている。
一言で言えば力の入れ所がおかしい番組だった。
ストーリーや設定は置いておくとして、格闘シーンの動き方はかなり本格的だ。というよりグラウンドの教材としてかなり有効な内容だった。キックボクシング出身故に寝技はそこまで得意でなかった俺がグラウンドの参考にする程度には。
打撃屋は寝技屋をタックルで崩そうと思うな。タックルを潰せれば十分だ――子供向け特撮番組の台詞とは思えないアドバイスつきだ。
スタッフロールを見たところブラジルから柔術のチャンプを招聘して監修してもらっているらしい。拘り方が異常だ。
そして迎えた当日。
簡単なリハーサルの後で迎えた本番は、本当にこれがヒーローショーかと疑いたくなる内容だった。
展開としてはお馴染みの奴――会場に怪人たちが現れ、ひとしきり暴れたところで俺が登場する。
ただ、その後だ。
俺の演じるメタルガイは襲い来る戦闘員たちをタックルや投げで倒し、最後は怪人を三角締めで落とすというラスト。
会場のちびっ子たちの応援も「がんばれー」とかではなく大音量の「落とせ!落とせ!」コール。
「どうなってんだこれ……」
ショーが終わり、ステージ裏でごついマスクを脱いだ瞬間に出たのは、暑いとか疲れたではなくそれだった。
――そしてそれが、俺の最期の言葉となった。
「ッ!!?」
突然の地震。
大きいとはいえ大災害とは言えないぐらいのそれでも、不安定に積まれた放送機材は落ちる。
座り込んだ真上から落ちてくる巨大な塊=人一人殺すには十分。
こうして俺=千曲一直は僅か22年の人生を終えた。
――終えた。筈だった。
「――っ、……」
「……!……!」
なにやら声が、それも複数の声がする。
「今動……。まさか――」
「本当なら……。……が、……」
驚いた様子で何かを言い合っている声たち。
――いや、何故それが聞こえる?
俺は死んだ。死んだはずだ。何かが聞こえるなんてあり得ない。何かが聞こえている事を自覚するなんてありえない。
「ぁ……」
その小さな声が、自分の口から漏れていたことを知ったのは、それを合図にするようにうっすらと目を開けた時だった。
「生きている!目を開けられたぞ!」
「お嬢様!ああ、お嬢様……ッ!!よくぞ……」
「奇跡だ。これはまさに……」
沢山の声が浴びせかけられる。沢山の顔が見下ろしている。
老若男女という言葉の用例のようなバラエティーに富んだ声と顔。その声にも、顔にも、覚えは一切ない。
――だが不思議な事に、どれも全部赤の他人ではないと理解している。
そのうちの一人、白い口髭と同じ色の白髪の老紳士が目に涙を浮かべて俺の手を両手で握る。
「ああっお嬢様!ハンナお嬢様……ッ!よくぞお目覚め下さいました!!ポールめにはこれ以上の幸せはございませんぞ!!」
ハンナお嬢様――聞き間違えではない。目の前の老人=ポールと名乗った、そして初対面にも拘らず、どういう訳かこの人がその名であると理解しているその人物は、俺をそう呼んで顔をくしゃくしゃにしている。
「ぇ、ぁ……」
自分の身に起きている事が理解できずにいながらも、何とか体を起こし、そこで俺は初めて、自分が何やら色々と大仰な装飾の入ったベッドに寝かされていたことを知った。
そして沢山の人の頭越しに見えた鏡に映る、こちらを見返している金髪碧眼の少女。
それはきっと俺がそうしているのだろう表情を浮かべてこちらを見ている。
「……え?」
直感するその少女の正体。
故に発した困惑の声。
鏡の中で少女の口が同じように動いた。
(つづく)
寝不足だったある日、脳みそのネタ担当野が言ったのです。「『女の戦い(ガチ)』をやったら面白いんじゃなかろうか」と。
ただそれだけで書き始めた脳筋型TS転生、お楽しみいただければ幸いです。
それでは、よろしくお願いいたします。