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木沢口の攻防(三)

 下野国 木沢村 壬生周長


 兄上から二〇〇の兵を預かり、本陣から木沢口の東側を迂回するようにひたすら低湿地帯を突き進む。道中はぬかるんだ地面に足をとられるため、踏みぬくような勢いで地面を蹴らなければならず、進むだけなのに非常に苦労することになった。


 木沢口の東側は更に低湿地帯が広がっており、木沢口から続いていた土塁と柵は途中で途切れていた。どうやら横一線に土塁と柵が設けられている造りなようで、東を迂回すると土塁等は設けられておらず、周囲を囲う造りにはなっていなかった。これは迂回すれば木沢口の内側に潜り込めるということだが現実はそう甘くなかった。ここまで至るまで低湿地帯という天然の要害で守られており、そこを突破するまで想像以上の体力を消耗してしまった。


 それにここまでくると敵に気づかれており、先ほどから敵の攻撃に晒されていた。木沢口から現れた敵は百に満たず攻撃も散発気味で正直倒せないわけではなかった。だが敵は正面から攻めてこないで遠くから狙撃して無理せず撤退を繰り返しており、こちらも犠牲が少なく済んでいるが敵を討ち取ることもできていない。


 厄介なことに儂の率いる別動隊は本陣からひたすら低湿地帯を進んできたこともあって体力がほとんど消費されてしまい、進軍速度も大きく低下してしまっていた。このままでは木沢口まで辿り着けるか怪しいところだ。しかしここで木沢口の側面を突くことができれば戦況を変えることができるはず。こちらの疲労の色は濃いが、敵もそこまで余裕がないのか少数のままで突破できないこともない。


 敵の散発な攻撃に耐えながら低湿地帯を進んでいくとようやく低湿地帯を抜けることに成功する。やっと厄介な場所から抜けられたと安堵するのも束の間、そんな儂らを待ち構えていたのは先ほどより兵数が増えた小山の兵たちだった。おそらく低湿地帯で苦戦している間に木沢口からの増援が到着したのだろう。その分木沢口が手薄になるのは好都合だが別動隊にとっては笑えない状況だ。小山も先ほどのような狙撃と撤退を繰り返す様子はなく、完全にこちらを討ち取るつもりのようだ。



「者ども、怖気づくな!目指すは木沢口ぞ!」


「絶対に御屋形様のもとへ行かせるな!」



 互いの号令を合図にそれぞれの軍勢が正面からぶつかり合う。矢を放てば片方は盾で防ぎ、今度はお返しとばかりに倍の矢を放ち返す。盾の陰から互いに槍を突き出して槍同士が当たる軽い音が響く。数ではこちらが勝っているが疲労面では完全に小山に分があり、戦場は一進一退の攻防が続いた。


 だが時間が経つにつれて次第に戦況は敵側に傾きつつあった。疲労の影響かこちらの兵はどんどんと動きに精彩さを欠くようになり、少しずつ敵に討ち取られていく。


 敵も少しずつ増援が加わり、有利だった数の利を失ったがこちらもそれなりに敵を屠っているためまだ多少押されている状態を保っているが、木沢口の側面を突かなければならない別動隊にとってこの状況はとても歓迎できる状態ではなかった。



「このままでは埒が明かんな。敵を引きずり出すことはできているが、本来の目的が果たせそうもない」



 そんなときだった。どこか遠くから鐘の鳴る音が聞こえてきた。間違いない。壬生の本陣がある方角から聞こえてくる。それは撤退の合図だった。兄上は木沢口の攻略を断念したのだ。儂が上手く事を運べれば兄上に撤退を判断させることはなかった。儂は無念と悔しさで胸が苦しくなった。



「殿、今の鐘はもしかして……」


「ああ、撤退の合図じゃ。このような門ひとつ攻略できないで何が宇都宮の軍師だ。笑わせる。不甲斐なくて己を殺してしまいたいわ」



 兄上がどう判断して鐘を鳴らしたかはわからないが、結果的に壬生は戦に負けた。兄上はもう兵を引かせているだろう。だがこちらの今の状態はかなり厳しい。味方が撤退している中、我々は敵の陣地内で孤立していた。撤退しようにもここから出るには再びあの低湿地帯の中を突破しなければならない。今の我々にそのような体力が残っているだろうか。いや失敗した将の責任としてなんとしても撤退させなければならぬ。



「もはやここまでぞ。引けい、引けい!」



 撤退の合図を出すと兵士たちは敵の追撃に遭いながらも命からがらもと来た低湿地帯へ逃れていく。だが敵は追撃を諦めずに撤退している我が軍を追ってきた。木沢口の外に出ても追撃は止むことはせず、逃げる壬生の兵を狩ろうと攻めたてる。



「ここまで食いついてきたか。ならばやることはひとつ。者ども、反転せよ!調子に乗った者らを討ち取れ!」



 号令のもと、壬生の兵は逃げるのをやめて反転し、深追いしてきた小山の兵に襲いかかる。これまで逃げていた兵を狩っていた小山の兵は突然反転してきた壬生の兵の攻撃にたちまち混乱に陥った。


 追ってきた兵はさほど多くなかったこともあってあっという間に形勢は逆転し、小山の兵は次々と討たれていく。その中でひとりだけ甲冑が周りよりしっかりしている武将が大声を上げながら背を向こうとしていたので近くの者から弓を奪い、そのまま狙いを定めずにその甲冑の男に矢を放つと、矢は男の背中に命中して男はそのまま昏倒する。近くにいた兵たちが男に群がり、すぐに男の首は討ち取られた。



「細井刑部殿が討ち死になされたぞ!」



 向こうの方からそういった声が聞こえてくる。小山の兵は完全に総崩れになっており、どうやらこの討ち取った細井という男はこの深追いしてきた集団の指揮官だったようだ。



「深追いするな。このまま撤退し、本隊へ合流するぞ」



 敵は瓦解していたがそれは一部に過ぎず木沢口には健在な敵が多くいたことや撤退が最優先ということもあり、追撃せずにそのまま兵を引き下げた。木沢口は突破できなかったが、細井は小山の重臣だったはず。その一族かもしれないが手土産にはちょうどいい。戦は負けだが一矢報いることができた。次こそは負けぬと思いながら儂は木沢口を去るのであった。

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