木沢口の攻防(二)
下野国 木沢村 壬生綱房
「鹿沼五郎右衛門殿、討ち死に!」
「矢野市兵衛殿、負傷!」
本陣に続々と武将の情報が届き、特に先陣の指揮を執っていた武将の名前が多く挙がっている。二〇〇〇の兵で木沢口を攻めたてているが戦況はよろしくない。伏兵によって先陣を崩されたこともそうだが、そもそも祇園城を攻める前にこちらの動きを察知されて木沢口で軍を構えられていたのが痛かった。
気づかれないように深夜のうちに祇園城へ進んでいたはずなのに、どういうわけかこちらの動きを読まれていた。予定では手薄な木沢口を突破してそのまま勢いで祇園城を攻めるつもりだったが、こちらの動きを察知した小山は兵を揃えて木沢口で迎え撃ってきた。
木沢口は守り易く攻めづらい地形だが本来配置されている守備兵だけなら突破は容易なはずであった。しかし数百の兵で守られた木沢口は厄介なほど堅固で深田や湿地で足をとられるこちらは狙い撃ちされる。盾を前に出して前進させたはいいものの今度は側面から伏兵による奇襲を受けてしまい、先陣は指揮を執っていた五郎右衛門が討ち取られてしまったことで総崩れしてしまった。
幸い各将の働きにより総崩れは先陣までで抑えることはできたが、攻略もままならずに先陣がやられたのは手痛かった。だが五郎右衛門の戦死と市兵衛の離脱で混乱が生じたが瓦解せず済んだのは幸運だ。
先陣を崩した敵はある程度追撃してきたが深追いはせずに再び木沢口に引き籠ってこちらの攻撃に備えていた。こちらも再度木沢口を攻撃するよう指示を飛ばしたが士気が低下しているのか、なかなか攻められず膠着状態に陥ってしまった。一度後退を強いられたため、再び近づこうとするが敵の波状攻撃に上手く歩みを進めない。
「兄上、戦況はよろしくありませんな」
弟の周長が厳しい表情を浮かべてこちらに話しかけてきた。
「こちらの動きを察知されたのが痛かったな。気づかれんように深夜のうちに動かせたがあちらが一枚上手だったようだ。だが敵の数から見て皆川にもそれなりに兵を分けたようだな。木沢口を落とせればかなり楽にはなるが……」
だが完全に守りを固めた木沢口を正攻法で落とすのは正直厳しい。力攻めすれば落とせなくはないが犠牲が大きすぎるし、突破できたとしても祇園城を落とすほどの戦力は残らないだろう。ならば突破口になると考えられるのは小山が伏兵を配置していた東側の湿地帯だ。あそこを迂回できれば側面から木沢口を強襲できる可能性がある。逆に反対である西側は完全な谷戸で別部隊を迂回させることはできなさそうだ。
ただ東側を迂回するにしても問題はあった。東側は低湿地帯であるため進軍に手間取る可能性が高く、仮に迂回できたとしても無事に木沢口の側面を突けるか不透明だった。さらに先陣が崩されたことで割ける兵に限りがあることも懸念材料だ。そもそも城攻めは敵の十倍の兵力を揃えるのが定石で正直二〇〇〇でも余裕があるわけではない。その中で攻略のためとはいえ東に兵を割くのは簡単ではなかった。
また気になるのは敵の援軍だ。こちらの狙いが祇園城だと明らかになった今、小山は皆川や結城から兵を呼び寄せてくる可能性が高い。多賀谷を相手している小山の同盟相手である結城も動かないとは限らず、木沢口攻略に手間取れば小山と援軍の挟撃に遭うことも考えられた。進路が限られているこの場所で挟撃されてしまえばこちらもただでは済まない。ここは積極策に出る他ないか。
「周長、二〇〇の兵をお前に与える。お前は東の湿地帯を迂回して側面から木沢口を攻めよ」
「御意」
「東は足場が悪く進むのに苦労するかもしれんが、敵の側面を突ければ勝機は見えてくる。難しい仕事になるが頼んだぞ。だが無理はするな。鐘の音が聞こえたらすぐに撤退しろ」
敵も東を迂回する別動隊の動きに気づくだろうが、木沢口の戦況を見る限り、戦力を東に割くのは容易ではないはずだ。木沢口は膠着状態に陥っているといっても敵の主力は正面に集中しており、兵を遊ばせる余裕があるわけではない。問題はいつ敵の援軍が到着するかどうかだ。すでに結城と皆川方面に偵察を送り、援軍の様子を窺っているが木沢口を攻略するのが先か援軍が到着するのが先かまだわからない。
正直このままの様子では木沢口を突破できたとしても祇園城まで落とせるかどうかは不明だ。周長に別動隊を任せたが、その分木沢口正面を攻める兵力は減ってしまった。まだ二倍ほど戦力差はあるが、これで戦況が傾くようであれば潮時かもしれん。
別動隊が離れてしばらく経過したが戦況は正直よろしくないままだ。ようやく攻められるようになってきたが、深夜の進軍の影響が出たのか動きに精彩さを欠くようになって攻め落とせそうで攻め落とせない。別動隊も迂回の途中でしばらく時間がかかりそうだ。敵もこちらの狙いに気づいたようで別動隊に向けて兵を割いているが予想したとおり、そこまでの数ではない。
祇園城攻めの前哨戦でここまで消耗する予定ではなかったが、正面と東から挟撃できれば木沢口も攻略できるだろう。この戦場に小山犬王丸が出陣しているかはわからんが、木沢口の守りは決して悪くはない。伏兵に一杯食わされ、堅固な守りには手を焼かせられた。それになにより手薄だと思っていた木沢口に兵を集めていたことは敵ながら天晴だ。もし小山犬王丸が指揮を執っていたのならば将来宇都宮家の障害になるだろう。できればこの戦でその芽を摘みたいところだが……
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