木沢口の攻防(一)
下野国 木沢村 小山犬王丸
祇園城から見て半里ほど北方に位置する木沢口は木沢村の先に築かれた祇園城下への出入り口のひとつであり、宇都宮の来襲に備えるための防御施設でもあった。祇園城下への出入り口は全てで三つあり、そのうち北の出入り口となっているのがこの木沢口である。特に木沢口は長年敵対する北の宇都宮からの来襲に備えるために三つの出入り口の中で一番堅固に築かれていた。
祖父の代に築かれた木沢口は祇園城から木沢に抜ける少し手前にある日枝神社の境内の北と西を囲うように土塁と柵が設けられており、土塁の西側は思川の谷から入りこんだ谷戸で、東側は南から伸びてきた低湿地が展開している。しかもその木沢口への通路は土塁を通り抜ける手前あたりで鍵の手に曲げられており突破は容易ではない。木沢口は関の役割も果たしており、堅固な造りとなっているため防衛戦に適していた。
祇園城に一部の兵を残した俺は約八〇〇の兵たちを率いてその木沢口で壬生の軍勢を迎え撃つ。八〇〇も決して少なくない数ではあるが、段蔵の報告を信じるならば兵数が二〇〇〇の壬生より劣ってはいる。しかし道幅が狭くなっている木沢口ではむしろ大軍の方が行動に制限がかかり、谷戸に低湿地帯、深田と要害が折り重なる中で壬生勢は身動きが取りづらくなるはずだ。すでに皆川城へ援軍の要請は完了しており、ここでどれだけ耐えられるかが勝負の境目といえるだろう。
日が昇りはじめた早朝、物見の兵から壬生の姿を捉えたとの伝令を受けた俺は控えていた兵たちにスリングで投石するよう指示を飛ばす。そして霧の中から壬生勢が姿を現した。
「今だ、放てえ!」
霧の中から現れた壬生の兵たちに向かって柵の上から大小の石が降り注いだ。
「弓矢、放て!」
そしてそれに続くように矢の雨を降らせて壬生勢に浴びせる。壬生の兵たちは突然自分たちを襲ってきた石と矢の雨にはじめは混乱していたが、木沢口で構える俺たちの姿を認めると素早く盾を構えて矢や石から身を守った。しかし盾を前面に押し出して狭い通路を通らざるを得ない壬生勢にとっては逆に身動きが余計に取れなくなり、小山の兵は固まる先陣に投擲を集中させて狙い撃ちする。たまらず壬生勢は通路から深田や低湿地に兵を展開させたが、今度は深田や低湿地に足を取られて再び小山の投擲の餌食となる。
だが壬生も数の優勢を生かして盾を押し出して強引に歩みを進めてくる。一時的に足を止めさせることに成功したものの、数の差に押し切られ壬生の進軍を止めることはできなかった。次第に壬生勢が木沢口の門まで迫ってくる。要害のおかげで進軍する速度は遅いがそれだけだ。雨のように矢や石を降らせて敵を討ち取っても壬生勢は歩みを止めない。次第に壬生の兵が木沢口に近づいてくるがこちらに焦りはなかった。
「御屋形様!」
妹尾平三郎が声を荒げるが俺はこれを制して指示を飛ばす。
「まだだ。まだ敵を引き付けろ」
そして敵が木沢口に到達する寸前で声を上げる。
「今だ、合図を出せ!」
家臣に命じて法螺貝と銅鑼を鳴らさせると壬生勢の側面を突くような形で木沢口の東側から伏せていた兵が現れて矢を放つ。木沢口に向かう際に東側を迂回させた伏兵約一五〇が木沢口の兵と挟むように壬生勢に攻撃を仕掛ける。
完全に不意を突かれた壬生勢は再び混乱に陥って完全に動きを止めてしまった。
「今が好機ぞ、討って出るぞ」
そしてこちらもその隙を見逃すつもりはなく木沢口の門を開いて鬨の声を上げながら壬生勢に討って出た。突如二方面からの攻撃を受けた壬生勢の先陣は完全に瓦解してその場に残って戦う者、逃げ出して後方部隊とぶつかりあってしまう者、そのまま硬直して討ち取られる者などが入り混じって戦線を後退させる。
「首は捨て置き、敵を追い立てろ!首は捨て置きだ!」
「皆の者、首は捨て置きとのことだ。とにかく攻め立てよ!」
俺の護衛を務めていた右馬助が戦場に響き渡る大声で俺の指示を繰り返す。それに呼応した兵たちも「首は捨て置きだ」と叫びながら敵を討ち取っていく。そして指示どおりに首はそのままにして更に次の敵兵へ襲い掛かる。
そのまま後退する壬生勢を追って伏兵たちと合流してしばらく追撃するが深追いはせず、木沢口からの鐘の音を合図に再び木沢口へ兵を戻す。そして態勢を立て直して先陣を乗り越えてきた壬生勢の攻勢に備えた。
壬生勢は先陣が総崩れになったが将の指揮が的確なのかすぐさま立て直しを図ってきた。このまま敗走してくれればよかったのだがそう簡単にはいかないようだ。流石は歴戦の将壬生綱房といったところか。よく見れば第二陣は混乱していたが本陣は健在で、もし深追いしていたら無傷の兵に囲まれて返り討ちにあっていたかもしれない。
しかしかなりの打撃は与えたらしく再度攻めてくる壬生勢には最初ほどの勢いはなかった。こちらも多少犠牲は出たが壬生勢と比べれば微々たるものだ。だが兵力では劣るため楽観視はできない。伏兵という策は使い切ってしまったため、次からは正攻法での防衛に徹しざるを得ないからだ。後詰が到着するまで厳しい消耗戦になるだろう。木沢口は守り易く攻め難い地形と造りになっているが、皆川からの後詰が到着まで最短で一刻はかかる。すでに開戦からどのくらい時間が経過したかわからないが太陽はまだ真上には上がってなかった。
敵は崩壊した先陣を押しのけて本陣の兵を含めた第二陣が動き始めていた。勢いは減ったが明らかな士気の低下は見られず、盾を備えた兵たちが慎重に展開しながら木沢口を目指してくる。
「御屋形様、敵の第二陣がきます!」
「よし、皆の衆、ここからが正念場になるぞ。気を引き締めろ」
「「「「「応!」」」」」
壬生勢が再び木沢口に攻め寄せてくる。
「面白かった」「続きが気になる」「更新がんばれ」と思ったら評価、感想をお願いします。




