年の暮れ
一五三〇年 十二月 下野国 祇園城 小山犬王丸
年が暮れ北関東では多くの出来事が起きた。まず二代目古河公方足利政氏が没した。晴氏が古河公方となり、久喜から古河に居場所を移した政氏だったが次第に持病の病状が重くなっていた。古河で田代三喜による治療を受けていたが、部垂との戦いを終えて正式に古河公方となった晴氏を見届けるとそれに満足したかのように息を引き取った。
かつて古河足利の棟梁として北関東の戦場を渡り歩いてきた政氏の死は北関東だけでなく関東全体にも知れ渡ることになる。我が小山家も永正の乱では高基方に寝返るまで政氏方の主力として長年戦ってきたので大膳大夫ら永正の乱を戦った家臣たちも政氏の死を嘆き悲しんでいた。父上も最終的に寝返ることになったが政氏は偏諱を賜った相手だったため気落ちしている様子だ。
一方で晴氏に身柄を引き渡された先代公方高基の病状も悪化しているらしく、今は古河城から少し離れた古河の公方館で治療を受けているようだ。晴氏からしたら高基は疎まれたとはいえ実の父親であり、家督争いの際には最後まで晴氏と敵対した宿敵でもあった。すでに高基は権力を失った過去の遺物と化しているとはいえ晴氏からしたら複雑な心境だろう。高基の重篤化は隠していることではないようで小山家以外も高基の現状を把握している。
そして小山家でも色々なことが起きた。しかしそれは政氏の死のような悲報ではなく、めでたいものが多かった。
まず長秀叔父上と岩舟夫人の間に子供が誕生した。しかも生まれたのは男児のようで待望の跡取りが生まれたと長秀叔父上のいる馬宿城ではお祭り騒ぎだ。今回生まれた子は俺の従兄弟にあたる。次世代の小山を担う人材の誕生は素直に喜ばしい。
岩舟夫人には前夫との子である文菊丸がいるが彼は岩舟家を再興させる予定なので長秀叔父上の跡は継がない。また密かに懸念していた長秀叔父上と文菊丸との親子仲だが今のところ良好で長秀叔父上も文菊丸のことを実の子のように可愛がっているという。しかし今回実子が生まれたことで変にこじれなければいいのだが、文菊丸のことを考えると少々心配だ。長秀叔父上には子供の誕生を祝うとともに文菊丸もないがしろにしないように注意しておくか。あまりこちらから家族のことで口を挟むのは長秀叔父上からしたら心地よいことではないだろうが、家督を継がないとはいえ文菊丸と実子の間で対立するようなことは避けてほしいのが本音でもある。
そしてもうひとつ良い出来事が政景叔父上の婚姻の成立だ。相手は皆川成正の娘で、成正は皆川城で成勝に殺害されたひとりで宗成の弟にあたる人物である。成正には男子はいなかったが娘がひとりおり、その娘は今まで近くの寺に逃れていた。小山家で皆川家の生き残りを探していたところ娘を寺で匿っていることを知らされてようやくその存在を確認することができた。
そこに政景叔父上から娘を娶りたいと申し出があった。政景叔父上が急に婚姻を申し出たことに俺は驚きを隠せずその真意を聞き出すと、政景叔父上は竹丸以外の皆川家の血筋が必要なことを挙げ、小山と皆川の血を引く者がいれば両者にとって利点があると述べた。皆川からしたら血を繋ぐため、小山からしたら皆川の前支配者の血を取り込むことができるという利点がたしかにあった。娘には後ろ盾になる実家が存在しないが、だからこそ当主ではない政景叔父上が娶ることでその問題は矮小化される。まあ、問題はその娘が側室になるということだが。
しかし政景叔父上と成正の娘の婚姻に利点はあるが必ずしもしなければならないというわけではない。そのためにわざわざ婚姻するのかと少々意地の悪い質問をすると、政景叔父上からお家のためといいたいが本当は娘のことをほっとけなかったという惚気を聞かされる羽目になってしまった。なんでも小山家が娘を保護するかどうかで話し合っていた際に政景叔父上は当の本人と実際に顔を合わせていたらしい。そこで気丈に振る舞う娘の態度に心を打たれたという。そこまで言われたならば認めるほかなかったが、肝心の娘の方はどうなのかと聞くと本人も出家して菩提を弔うより父の血筋を保ちたい意向があるという。結果的に俺も難色を示す一部の家臣らを説得してこの婚姻は成立した。
小山家で慶事が相次いだことで家中の雰囲気も明るくなり、来年の正月の宴会では久しぶりに賑やかになりそうな予感がした。そんな折に段左衛門から報せが入ってくる。彼の表情から見るにどうやら良くない報せのようだった。
「何か起きたのか」
「申し上げます。壬生にて怪しい動きがあるとのこと。中には兵糧を集めているという話もございます」
「壬生が兵糧を……もしや兵を動かすつもりか」
聞けば動いているのは壬生のみで鹿沼の情勢は不明らしい。今の壬生城主は壬生綱房の弟である壬生周長で彼の独断で動くとは考えにくい。おそらく興綱か鹿沼城の綱房が絡んでいるはずだ。
「急ぎ軍議を開く。段左衛門は宇都宮の動向を探り続けてくれ」
「御意」
壬生が動いているという報せに家臣たちの顔にも警戒の色が濃くなる。宇都宮家屈指の実力者である壬生家は小山家にとって厄介な相手であり、小山家が大きくなるために絶対倒さなければならない存在だ。特に史実で宇都宮家を乗っ取った綱房については非常に警戒しなければならない難敵だ。
今の綱房は一時忠綱についたがまだ宇都宮に反旗を翻しておらず、宇都宮家中では芳賀高経に並ぶ権力者という立ち位置で信任も厚い。警戒しているのは綱房の台頭を快く思わない高経くらいだろう。
一方で宇都宮家の周囲では年々力をつけている壬生家を警戒していた。小山家に滅ぼされた皆川家もそのひとつで成勝が宇都宮に傾いた要因のひとつに壬生家の勢力に押されつつあったことが旧臣らの話で明らかになった。成勝は壬生家に対抗するために壬生家と同じく宇都宮家に従うことで壬生家の圧力から逃れようと考えていたのだ。
「狙うとしたら小山だろうな。現状宇都宮と敵対しているのは小山と結城だ。壬生からは迂回すれば結城にも行けるが領土を小山に無防備にするとは思えない」
「左様ですな。もし迂回して結城に移動するのならその隙を狙えばよい話です」
「だが狙いは御屋形様の言うとおり、小山の可能性が高いですな。しかし小山を狙うとしても直接祇園城を攻めるのか、あるいは落としたばかりの皆川城なのか……」
「今の段階ではどちらともいえん。だが皆川城にも警戒を呼び掛ける必要はあるな」
敵の狙いがどちらかはっきりしない状況の中、俺はやはり箕輪城の築城を急ぐべきだと改めて感じた。対壬生において最前線にあたる箕輪に拠点があれば敵は箕輪城の存在を無視できないので敵の動きを察知しやすくなるはずだ。そう考えるとやはり箕輪城の築城は急務となる。
しかし加藤一族には本当に助けられている。今回の件もまだ敵の動向ははっきりしていないが、その初動を見逃さなかったことで対策をとることができた。もし加藤一族がおらず敵の初動に気づかなかったのなら俺たちは呑気に慶事を祝って正月の宴会を迎えていただろう。もしかしたらその宴会当日に急襲を受けることになったかもしれない。そうなれば小山家に抵抗する力はないだろう。あっという間に滅ぼされてもおかしくない。
加藤一族の頭領である段左衛門には皆川攻めの後に一度領土を加増させたが、また褒美を与えねばならないな。段左衛門は加増の際にも恐縮していたが今度は何を与えれば報いることができるだろうか。
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