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夢に出た男

 下野国 祇園城 小山犬王丸


 ある日、段蔵からひとつの報せが入った。



「御屋形様、永平寺に遣わせていた一族の者から例の人物との接触に成功したとのことです」


「真か。してその詳細はわかるか?」



 どうやら永平寺に向かった加藤一族の者が俺が夢で見た人物との接触に成功したらしい。さらに詳しく話を聞き出すと、その人物は最初自分をよく知る間者を不審がっていたようだ。また接触してきたのが縁のない小山家であることも警戒に拍車をかけていい返事はもらえなかったらしい。仕方ないこととはいえ警戒されたのは少々残念だ。そこで段蔵からしばらく接触を継続すべきかどうか判断を仰がれた。



「そうだな、翻意しなさそうだと判断できるまでは接触を続けるように」


「かしこまりました」



 段蔵が去った後、その様子を見ていた弦九郎が俺に話しかけてきた。



「御屋形様、その、夢に出てきたという人物は実在していたということでよろしいのでしょうか?」


「ああ、名前も経歴も一致したようだ」


「恐れながらその人物の名を尋ねてもよろしいでしょうか」


「別に構わないぞ。その人物、いやその男は──かつて大俵資清(おおたわらすけきよ)と呼ばれておった」


「大俵資清ですと!?」



 驚きのあまり大声を出したのは弦九郎ではない。その祖父である大膳大夫だった。大膳大夫の声に他の家臣たちもざわめきはじめた。それは大膳大夫が大声を発したことよりもその内容に驚いているようだった。つまり大俵資清という名に。



「御屋形様、今大俵資清とおっしゃいましたな」



 大膳大夫が物凄い形相で俺に近づいてくる。傅役の頃から大膳大夫とは付き合いが長いがこんな表情する大膳大夫は初めて見た。しかし俺はそれに臆することなく対話を続ける。



「ああ、そうだが。なんだ大膳大夫は知っていたのか」


「知っていたのかではございません。御屋形様、大俵資清は諦めなさいませ。あの男は、あの逆臣は小山に破滅を呼び寄せますぞ。たしかにあの男は那須家の重臣でしたが上那須家の家督争いの際に裏で手を引いていたと言われております。それが理由で信用されていた那須資房(なすすけふさ)殿の勘気を被り失脚したと聞きました」


「そうだな。実際は失脚の原因は資清を妬んだ大関宗増(おおぜきむねます)らの讒言らしいが」


「そこまで知っておられるなら何故……」



 大膳大夫の言うとおり、大俵資清は下野国那須郡を支配する上那須家の家督争いの際に暗躍していたとされており、上那須家と下那須家を統一した下那須家当主那須資房から信用されていたがそれを妬む大関宗増らの讒言によって失脚していた。


 これは俺が生まれる前の話だが、当時上那須家当主資親(すけちか)には白河結城家から迎えた資永(すけなが)という養子と資永を迎えた後に生まれた資久(すけひさ)という実子がいて、病身の資親は資永ではなく実子だが幼い資久に家督を譲ると遺言を残したとされた。


 しかし周囲からは本当は信任が厚く遺言を聞き届けた資清とその父胤清(たねきよ)が遺言を捻じ曲げて幼い資久を当主に擁立させようとしたのではないか噂された。その真偽は不明だが資久と資永の間で家督争いが勃発し、幼い資久は資永によって誘拐、殺害され、その資永も下那須家当主資房と資清によって自刃に追い込まれた。後継者二名の落命により上那須家は断絶。最終的に下那須家の資房が当主となったことでふたつ分かれていた那須家は統一された。


 その噂も相まって家臣たちは大俵資清を小山家に迎えることを危険視していた。その家臣たちの心情は理解できる。有能だろうと悪名高い人物を快く家に迎える者は極少数だろう。


 しかし実はその悪名は作られたものだと判明している。調べたところ大俵資清に関する悪名は敵対していた那須家重臣大関宗増の所領が出所のようだった。おそらく資房に讒言した内容もそこから出たものを利用したのだろう。そもそも資親の遺言を捻じ曲げたという主張も半信半疑だ。資親が養子の資永ではなく実子の資久に家督を継がせるのは不自然なことではない。それに調べたところ、当時上那須家のほとんどの重臣が資久を支持しており、資永の人望はあまりなかったらしく、良い噂も少なかった。


 またそれ以外に大俵親子は目立ったことはしておらず、家督争いで活躍した実績を資房に買われて重宝された程度しかない。むしろ領内の発展に力を注いでおり、領主として極めて有能だということが判明している。


 資清が全くの聖人だとは思わないがそれでも今の噂は資清の虚像に過ぎないと思っている。



「噂のことはあえて否定するつもりはない。事実が含まれているかもしれないしな。だからこそ実際に会ってみてから判断を下すべきではないだろうか」


「しかし……」


「噂が本当なら単に俺の見る目がないだけだ。その際は好きにして構わない」



 だが噂が偽りだった場合、那須家は有能な家臣を手放し小山家はその有能な家臣を手にすることになる。これは正直言ってかなりの賭けだ。資清が有能なのは承知しているがその刃が小山家に向かないとは限らない。下手すれば小山家を傀儡にすることも造作もないだろう。しかし上手く資清を卸せたなら力強い味方には違いないのだ。


 危惧する家臣をなんとか諭しつつ資清がどう出るか思案を講じるのだった。

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