四公六民
下野国 祇園城 小山犬王丸
佐野との不可侵協定を結んだことにより小山の東西と南に脅威はなくなり、唯一の脅威は北の宇都宮のみとなった。東の結城とは同盟関係で南の古河公方は敵対関係ではない。
現状宇都宮とは表立って敵対はしていないが代々下野を巡って争い続けていた関係である。特に宇都宮家の先々代成綱には小山家は何度も煮え湯を飲まされていた。跡を継いだ忠綱は父上たちによって討ち取られたが、その忠綱を追放した興綱は宇都宮家の家臣たちの傀儡だがいまだ健在だ。
興綱とは敵対も親交もないが興綱は皆川竹丸と接触しようと間者を金剛寺に放っている。その間者は加藤一族によって捕らわれて情報を得た後に処分されたが、この動きによって小山家では興綱に対して警戒するようになった。
現在の宇都宮の実権は芳賀高経と壬生綱房が握っており、興綱の影響力は微々たるものに過ぎない。しかし間者を動かす程度の権力はあるようだ。
宇都宮が皆川を狙っているのかは明らかになっていないが興綱自身は皆川に介入しようと画策している。高経らが興綱の動きを把握しているかは不明だがこういった動きがあったことは念頭に置くべきだろう。興綱の独断の可能性もあるが宇都宮が皆川を狙うことは十分ありえるのだ。
皆川は忠宗や伊予守の治世のおかげで大きな乱れは起きていない。皆川家旧臣たちも今のところは大人しく小山に従っている。裏で何か画策している様子もない。伊予守に皆川領の年貢をしばらく軽くするよう指示を出したことも効いているかもしれない。
皆川家は明確な年貢の基準がなく、その年の出来で年貢が重くなることが頻繁に起きていて民は重税に苦慮していた。そこに皆川より年貢が軽い小山が支配したことによって民の負担が軽減した。
今の小山家の年貢は四公六民に定めたことで民たちは重税に苦しむことはなくなった。四公六民については重臣たちの説得に骨が折れたが隠田の摘発や新田開発を実施することでなんとか承諾を得ることができた。隠田を摘発された民は気の毒だが隠田は脱税の一種であるので心を鬼にするしかなかった。むしろ明確に隠田の存在を小山家が認知することによって代官が上に黙って隠田分の年貢を搾取するという事態を回避させることができた。
実際にいざ摘発すると代官が密かに隠田から搾取し私腹を肥やしていた事例が明らかになった。その代官は罰したが、こういった事例があったことで隠田の摘発は意外にも賛同する声もあった。隠田を摘発されたのは不満だが欲深な代官に搾取されるより小山家によってちゃんと管理された方がましということなのだろう。
「四公六民の導入には骨が折れたが、隠田の摘発が思ったより反発されなかったのは正直意外ではあったな」
「御屋形様が隠田を巡って不正を働いた代官を大々的に処罰したことが大きかったのでしょう。あれによって隠田を隠して搾取されるより小山家にちゃんと年貢を納めた方が良いと考える者が増えました」
弦九郎から隠田の摘発状況の報告を受けた俺は父上から譲り受けた短刀の手入れをしながら隠田の摘発が反発を生まなかったことに少々驚いていた。ここ最近は外交や内政やらでこうして武具の手入れができる時間があまりとれなかった。父から受けた教えを思い出しながら手入れをおこなう。まだ短刀くらいしか手入れを学べていないので、今度は大膳大夫あたりから太刀の手入れを習おうか。
この短刀は祖父の成長が小山家に養子入りする際に実家から持ってきた代物らしい。無銘であるが質は良かったらしく父が家督を継ぐときに祖父から受け継いだという。この短刀は美しさとは程遠いが扱い易く極めて実用的だ。父も愛用していたようで幼い頃によく父が手入れしていた。
俺は武具に詳しいわけではないがこの短刀は気に入っており、戦場でも常に携帯していた。実際に使う場面はなかったがいずれ役立つだろうと思っている。手入れを終えると短刀の刃が一段と鈍く輝く。手入れの具合に満足するとすぐに鞘に納めずしばらく短刀を眺めていた。
「御屋形様も御隠居様とよう似ておりますな。御隠居様もよく手入れを終えた刀をそう眺めておりました」
「父上もか?」
「ええ、特に手入れを終えた武具を眺めるのがお好きだったようで、特に短刀を今の御屋形様のように眺めていらっしゃいました」
「なるほどなあ。今では父上の気持ちが理解できる気がするな」
ようやく短刀を鞘に納めて自分の懐へしまう。外交も内政も一応一区切りしたので少々手持ち無沙汰だ。
そこでふと思い出したのだが、そういえば富士姫から手紙が届いていたのだった。富士姫との文のやり取りは定期的におこなわれており、最近は結城が忙しかったこともあって今回の手紙は久々だった。
手紙にはしばらく手紙を出せなかった詫びと最近あった出来事について書かれていた。どうやら政勝は歳が離れた妹である富士姫を溺愛しているようで手紙には政勝から新しい簪を送ってもらったと書かれている。他には城に植えてある木々が散っていく様に季節の移り変わりを彷彿させるなど富士姫の情緒あふれる感性を感じられる内容が記されていた。
さてこの手紙に返事を書こうとは思うけれどどういったことを書こうか正直悩んでいる。最近は内政ばかりで富士姫には難しい内容になってしまうし、面白みのないものになってしまう。富士姫と違って俺には情緒あふれる感性には欠けているので気の利いた返事はできそうもない。素直に機密に触れない程度に自分の日常について書いていこうと思う。そうだ、どうせなら城下の様子について詳しく書いていこうか。富士姫はおそらく城下の様子には疎いはずだ。俺にとって些細なことでも富士姫からしたら新しいものかもしれない。
富士姫への返事に考えを巡らせる俺はその様子を微笑ましそうに見つめる弦九郎に気づくことができなかった。
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