佐野家
下野国 祇園城 小山犬王丸
蒸留器の完成によって焼酎が製造することができるようになった。焼酎はただの嗜好品だけではなく、強いアルコールとして消毒に用いることもできる。衛生面や戦場での医療用として活躍できる焼酎は非常に価値が高い。まだ大量生産はできていないが蒸留器の数が揃えればその問題も解消できるだろう。
家臣からはどぶろくより酒精が強く水のように澄んでいる焼酎の評判は上々で、新たに焼酎を家臣たちに振る舞った際は酒豪だった家臣すらその酒精の強さに驚愕していた。そのまま飲むのではなく水などで割るものだと説明すると各々が好きなもので割っていった。中には割らずにそのまま飲んだ猛者もいたがすぐに酔ってしまっていた。その猛者は八郎だったのだが八郎は家中でも酒豪として有名だったこともあり、その八郎すら撃沈させる焼酎に割って飲んでいた家臣たちは改めてその酒精の強さに驚きを隠せない。下戸の者は部屋に充満する酒の匂いだけで酔ってしまった者もいたらしい。俺は家臣たちに飲みすぎないよう注意を呼び掛けることになった。
割ってもどぶろくより早く酔いが回り、悪酔いしづらい焼酎はすぐに家臣たちを虜にした。すでにどぶろくでは満足できないと冗談を言う者も現れるほどだ。家臣たちの満足する様子に俺は焼酎が石鹸に並ぶ小山の名物になる確信を得る。市場に出回るのはまだ先の話だがある程度生産可能になったら帝や将軍、晴氏にも献上することにしよう。きっと喜ぶに違いない。
そんなある日、小山家に唐沢山城に拠点を置く佐野家からの使者が訪れてきた。この佐野家、以前両者の領土の空白地帯だった岩舟を小山家が支配したことで関係が微妙なことになっていた。そして今回皆川領を攻め落としたことで小山家と佐野家の勢力圏が完全に隣接するようになってしまった。皆川を落とした際に佐野は特に動きを見せていなかったが、ここにきて使者が現れるとは思ってもいなかった。
「お初にお目にかかります。某は佐野家家臣梅沢正左衛門と申します」
「小山家当主小山犬王丸だ。梅沢殿はたしか佐野家の重臣だったはず。その梅沢殿が今回どのような用件で小山に?」
「はっ、実は我が主君は佐野家と小山家の盟約を望んでおります」
正左衛門が言うには佐野家は小山家との同盟を求めているらしい。佐野家は西下野の足利に勢力を置く山内上杉家に仕える足利長尾家と長年対立している。山内上杉家は今内紛が起きている状況で山内上杉家の重臣である足利長尾家も巻き込まれていた。それを好機と捉えた当主佐野秀綱は足利へ戦力を投入していた。しかし足利と抗争している最中、隣接している皆川が佐野との関係が微妙だった小山に滅ぼされたことで東の状況が一変した。足利に集中したい秀綱にとって領土が完全に隣接することになった東の小山との関係を改善したかったかもしれない。そして同盟を結ぶことで更に戦力を足利に集中させようと考えているのだろう。
佐野家は国人ではあるが古河公方にも仕えている身で同じく公方を支持する小山家との争いは避けたいところであった。それは小山家も同じで公方の傘下に入っている佐野家との戦は今のところ得策ではない。それにこの同盟は小山にも利があった。佐野家と同盟を結ぶことで東の結城と西の佐野の動向を気にしないで北の宇都宮により集中することができた。
家臣たちに問えば皆も同じ意見だったようで同盟に賛同する声が多数だった。小山としても進んで佐野家と敵対したいわけではない。
「ところで佐野家には年頃の男女はいるであろうか?たしか当主の秀綱殿はかなり高齢だと聞く。婚姻関係を結ぶならできれば俺の妹とさほど歳が離れていない方がありがたいのだが」
「そうですね。一番近い歳になりますと生まれたばかりの虎千代様になるかと。虎千代様は殿様の嫡男である泰綱様の次男にあたるお方ですが、長男の豊綱様はすでに元服されておられますので歳の差が多少ございます」
それは少し困るな。妹はまだ幼いが相手が赤子だと歳の差が大きすぎる。かといってすでに元服している長男が相手だとしたら妹は幼すぎる。妹が子を為せるまでは数年の歳月が必要だ。現実的には長男が相手になりそうだが後継ぎをすぐに産めないことを向こうがどう捉えるかどうか。
「婚姻についてはまた後に話し合うことにしよう。ひとまず梅沢殿には小山も佐野家との同盟を望んでいることを伝えていただいてほしい」
「かしこまりました。同盟を受け入れていただき感謝いたします」
正左衛門が佐野に戻ってから十数日後、小山家と佐野家との同盟が正式に成立した。懸念していた婚姻についてだったが佐野側も歳の差や俺の妹が幼いことが懸念材料としていたらしく今回の同盟には婚姻を結ぶことはしなかった。そのためこの同盟は同盟というより相互不可侵という面が強くなっている。
婚姻関係を結んでいないため婚姻を結んでいる同盟より効力が弱く、いつ破られてもおかしくないのだが小山は積極的に破るつもりはないし、佐野も足利に構っている間は破ることはしないだろう。しばらくはこの相互不可侵は機能すると思う。とりあえず西の脅威を取り払うことはできたのでこれからより宇都宮に集中することができそうだ。
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