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父と

 下野国 祇園城 小山犬王丸


 父上の病状だが年を越したあたりに風邪をこじらせてから次第に悪化していった。はじめはただの風邪だったのだが、病で弱っていた父上の身体には負担が大きかったらしく、部屋から出られるどころか寝たきりになっている日も少しずつ多くなっていった。医師にも見せているが回復の兆しは期待できそうもなく、薬だけは服用している状態だ。


 俺が久しぶりに父上のもとを訪れると父上は喜んで歓迎してくれた。この日は父上の体調はよかったようで布団の上からは動けないが上半身を起こすことはできた。



「こうやってお前と顔を合わせるのも久々な感じがするな」


「申し訳ございません。本当ならもっと父上のもとを訪れるべきなのでしょうが」


「お前が一生懸命働いていることは儂の耳にも届いておる。気にするな」



 父上は病気以前と変わらず優しく俺に微笑む。だがその頬や身体は痩せ細っており、肌も青白い。父上の身体は確実に病魔に蝕まれていた。父上のかつての健康な姿を思い出し、病は人をここまで変貌させるものかと痛々しく感じた。



「ところで何か用があるのではないか。ただの見舞いというわけではないようだ」


「さすが父上ですね。父上には隠し事が通用しませんか」



 父上の言うとおりで今回はただの見舞いではなかった。見舞いという面もあるが、実のところ父上に相談したいことがあった。皆川のこと、宇都宮のこと、内政のこと。父上には不安にさせたくなかったが色々報告するべきことがある。



「父上、皆川を攻めたことはご存じでしょうか」


「ああ、報告には聞いている。事情は承知しているが思い切ったことをしたものだ。いや責めているつもりではないんだ。皆川が宇都宮に寝返れば同盟は解消されていた。むしろ先手をとって最小限の犠牲で皆川を奪えたことを褒めたいくらいだ」


「それはありがとうございます。しかし皆川をとったことによって宇都宮が動いてきました」



 興綱が竹丸に接触しようとしていたことを告げ、小山で宇都宮対策に動いていることを明かした。箕輪への進出や古城跡での築城といった北の拠点作りの説明を受けた父上はしばらく考え込んだ後、こう話しだした。



「なるほど、今はそう動いているのか。たしかに箕輪の地はそこまで支配できているとは言い難い。だが儂には犬王丸の表情が浮かないように見えるな」



 父上の観察眼は鋭い。まるで自分の心の奥底を覗かれているようだ。俺は周囲から隠していた葛藤を父上に打ち明ける。



「父上、俺は宇都宮対策として箕輪での築城を提言しました。しかし九郎三郎に指摘されるまで民の負担を度外視していたのです。俺が目指していたのは民が豊かに暮らせる世だったのにその俺が民のことが見えていなかった。それに俺は愕然としてしまったのです」



 民が豊かに暮らせる世を目指しながら古河と皆川の二度の出兵を決めた自分。そこに築城という賦役を課そうとしていた。当主として小山を大きくしようと考えるあまり、自分の理想を忘れてしまっていた。


 父上は俺の独白を黙って聞いていた。そして聞き終えるとゆっくりと口を開く。



「犬王丸、そのような悩みは儂も当主になったときに抱えたものだ。特に儂の場合は父を追い出して家督を継いだわけだから理想と現実の乖離は凄まじいものだった。犬王丸が生まれてからはそこまでではなくなったが、昔は上手く治世できない自分を責めたものだ。これは当主になった者がなる病のようなものかもしれないな」



 俺は黙って父上の話を聞く。父上は俺の顔を見ながら続ける。



「だからこそ言っておく。悩め、と。当主というものは悩みに無縁でいられるほど気楽なものではない。悩んで悩んでそれでも駄目なときは後ろを見るのだ」


「後ろを?」


「ああ、後ろには家臣や民がいる。当主とは孤独なものだが、ひとりで戦うものでもない。家臣や民の声を聞くのだ。無論そのすべてを受け入れられるというのは不可能だ。どの声を受け入れるのかは当主自身だ。時には甘い言葉があるだろう、時には厳しい言葉もあるだろう。それらをどう受け入れて、はねのけるのかそれはお前の仕事だ。……なんだか説教臭くなってしまったな。儂が何を言いたかったかというと、要は当主とは悩むものだ。悩むことを忌避してはならない。困ったときは素直に家臣や民の声を聞いてみる。そんなところだ。聡い犬王丸には釈迦に説法だったかな」


「いえ、とても参考になりました。とても……」



 父上の言葉で肩の力がスッと抜けていく。どうやら俺は気づかないうちにひとりで悩んでいたらしい。自分の考える理想と現実の剥離に焦りを感じていた。今回は軍事に偏ってしまって民の負担を蔑ろにしていた。視野が狭くなっていたと思う。父上の言葉で頭の中がすっきりした。



「父上、今回はありがとうございました。おかげで頭を冷やすことができました」


「そうか。犬王丸はまだ若いのだ。たくさん悩んでもっと家臣たちに頼るといい。無論家臣に丸投げするのはよくないがな」



 父上は上機嫌そうに笑う。その様子を見て俺は久しく笑っていなかったことを思い出す。ここ最近は皆川の戦後処理で忙しかったこともあるが宇都宮のこともあって心の余裕を失っていた。今度久しぶりに宴会を開いてみようかと、そう思った。

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