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箕輪の地

 下野国 祇園城 小山犬王丸


 ある日、皆川から金剛寺にて敵の間者を捕らえたとの報が入った。伝令に詳しいことを尋ねると、間者は夜間に金剛寺に侵入し竹丸のもとへ向かうつもりだったらしいが、寺を監視していた加藤一族の者が発見し捕らえたという。間者は自決しようとしたが防がれて不発に終わり、生きたまま皆川城に連行された。間者を調べ上げたところ一枚の書状が見つかる。そこには竹丸に対して宇都宮に協力すれば皆川を取り返してやるという旨が記されていた。差出人は宇都宮興綱。宇都宮家の当主だった。


 思ったより宇都宮の動きが早く、警戒の色を濃くする。興綱はてっきり傀儡かと思っていたが判断を改める必要がありそうだ。綱房や高経が動かした可能性も排除できないが、どちらにしろ宇都宮が竹丸に接近してきたのは事実であり、宇都宮が竹丸を利用しようとしていることが明らかになった。事前に捕らえてくれた加藤一族には更なる褒美を与えなければならないな。


 竹丸側がどう反応するか不明だがあの母親や竹丸の様子を見た限り、興綱の提案に乗ってくる可能性が高い。間違いなく興綱は竹丸を正統後継者として担ぎ上げて皆川侵攻の大義名分にしてくるはずだ。竹丸をどう扱うか悩む場面ではあるが、まだ態度を示していない竹丸を突然処分するのはまずい。かといってそのまま金剛寺にいさせるべきかどうかも悩みどころだ。


 小山の寺に預けられれば監視しやすいが成勝の菩提を弔う名目なら皆川家の菩提寺である金剛寺以外の選択肢はない。仕方ないが竹丸は金剛寺に置いておくことにしよう。加藤一族には負担をかけるがその分の報酬は用意しよう。


 しかし宇都宮が動いてきたとなるとこちらも何か対策を練らなければならない。竹丸への対策だけでは不十分だ。つまり戦略的な対策を打たなければならない。そうなると宇都宮対策として祇園の北に新たな拠点を築くことも考える必要がある。一応小山の北方に位置する箕輪という地が候補として挙がっている。


 箕輪は祇園城と宇都宮方の藤井城、大光寺城の中間に位置しており、箕輪の思川支流姿川西岸の丘陵地帯には古城が存在している。西には平川城があるそこに前線の拠点として砦を築きたい。箕輪に進出すれば宇都宮も警戒してくるだろうが、北の前線拠点として箕輪はうってつけの場所だ。このことは平川城の扱いと一緒に評議の議題として出してみるつもりだ。


 評議を開き、金剛寺で宇都宮の間者を捕らえたことと間者が隠していた興綱の書状のことをはじめに伝えると家臣たちも興綱の動きに警戒を強めた。竹丸との接触がなかったことには安堵していたものの、宇都宮への対策は必須であるという意見が相次ぐ。



「平川城には誰が詰める?岩上殿は皆川城におるし、富田殿も富田城があるゆえ動かすのは難しい」


「平川城は今は平川成明殿の遺臣が守っておる。下手な人事をすれば余計な反発を招くだろう。平川城を任せるということは平川の遺臣を率いるということになる。それを承知で我こそはというものはおらんか」



 そうあたりを見回すもなかなか挙手する者は現れない。それも当然だ。対宇都宮の最前線で部下は他家の遺臣ばかりの城を安直に守れるといえる者はいないだろう。重要拠点と分かっているからこそ、家臣たちは平川城を守る難しさを理解していた。それからしばらくの沈黙の後、ひとりの男がゆっくりと手を挙げる。右馬助だ。



「某が平川城に向かいましょう。成明殿とは面識はございませぬが、平川城が小山家にとって重要であることは承知しております。この大役必ず成し遂げてみせましょうぞ」


「右馬助が立候補するか。他の者がいないならば右馬助に平川城を任せようと思う。何か意見がある者はおるか」


「いえ当家きっての勇将である右馬助殿でしたら申し分ありませぬな」



 粟宮讃岐守が賛成の意を示すとそれに続くように他の家臣たちも右馬助に平川城を任せることに賛同する。右馬助が祇園城を離れることは少々痛いが平川城を空きにするわけにもいかない。幸いにも残った面々も実績十分な者が多く、今後の政策には大きな支障はでないはずだ。


 平川城を任せる者が決まり、次に箕輪への進出と砦の築城についての議題に移る。宇都宮への警戒を強めている家臣たちは対宇都宮として箕輪への進出には肯定的のようだ。箕輪は一応小山領内ではあるが小山周辺と比べると支配しきれているとは言い難いのが現状だ。つまり小山の支配が届ききっていないのだ。


 そこで今回の築城を機に箕輪を完全に小山の地とするつもりだ。砦を古城跡に築こうと考えていることを伝えると家臣たちから賛同の声を得ることができたが、一部では慎重論が唱えられた。



「箕輪進出自体は良い考えだと思います。しかし築城となるとどうしても民を動員しなければなりません。今回の皆川出兵に加えて古河出兵もあり、民への負担が大きい状態です。そこに新たに築城となると……」


「うーむ、それも一理ありますな。ですが築城の時期が遅れると先手を奪われかねませんぞ」



 議論が深まっていくにつれて慎重論と積極論どちらも一理あることがわかってくる。慎重論を唱える九郎三郎は民への負担を重視していた。たしかに今年は出兵の機会が多かった。兵糧面や動員に対する民への負担は最小限に抑えたつもりだったが、負担がかかっているのも事実で、ここで築城のために再び動員するとなると九郎三郎の言うとおり民への負担が大きくなる。民が苦しむのは俺の望んでいないことだ。そうなると築城の時期は少々遅らせるべきだろう。



「よし、九郎三郎の言うとおりだ。箕輪の進出自体はとりやめないが、築城については時期を少し遅らせることにしよう。宇都宮に先手を譲るつもりはないが、無用に民を苦しめるのは望むところではない」



 積極論の家臣も無用に民を苦しめたいわけではない。彼らの言い分も理解できたが宇都宮の動きに感化されすぎていた。おそらく近いうちに宇都宮と激突するときがくるだろう。だがそれは今ではない。今は民を休ませるべきなのかもしれない。


 小山と宇都宮が激突するそのときまでに俺は小山が宇都宮に勝てるように導かなければならない。それまでなかった強敵との戦いを意識するとぶるりと武者震いがする。まだだ。まだやるべきことはたくさんあるはずだ。だが焦ってはいけない。


 考えがまとまらない中で、ふと久しぶりに父上のもとを訪れたくなった。

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