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宇都宮興綱

 下野国 宇都宮城


「なに?西方が従属を求めているだと?奴は皆川に従属していたのではないか」



 若き宇都宮当主の興綱は不審そうに従属を求めてきた使者に言い返した。そこに重臣の高経が口を挟んでくる。



「皆川は小山に滅ぼされましたからな」


「なんだと?そんな報告、儂は聞いていないぞ」


「そうでしたか?これは失礼しました」



 興綱は報告を入れなかったことに怒りを示すが高経は気にした様子はない。その様子に再び怒りを見せるがこれ以上言っても無駄だと諦めて西方の従属について考えだした。


 西方はもとは宇都宮の一門とはいえ数年前に落城し敗れたという経緯もあり宇都宮から皆川に鞍替えしていた。その後は皆川の配下だったとはいえ宇都宮に敵対行為もおこなっていた。弱小国人からしたら仕方ないことだと高経は理解していたが、興綱は理解できていなかった。興綱は由緒ある宇都宮家の一門が敵に寝返り、敵対行為をしたことを許すことはできなかった。



「駄目だ。西方の従属を認めるわけにはいかん。儂は西方を許すつもりはないぞ」



 使者は西方の従属を許さない興綱の態度に驚く。頑なな興綱の態度を見て高経と同じく重臣の壬生綱房が反対の声を上げる。



「御屋形様、西方殿の従属は認めるべきです。西方殿の動きは仕方ないものでした。むしろそのまま小山に従属しなかったことを褒めるべきです」


「儂も中務少輔殿に同意見ですな。もし西方殿の従属を認めなければ西方殿は宇都宮を完全に見限るでしょう。そうなれば西方殿は小山に従属することになりますぞ」



 実力者ふたりの意見に興綱は感情的に反論したかったが、ふたりの言い分に理があることや宇都宮の主権が家臣側に握られていることからこれ以上言及できずに西方の従属を認めざるを得なかった。


 興綱は当主ではあるが幼少期に高経に擁立されたこともあって政治の権力は高経ら家臣が牛耳っていた。まだ政治のわからない頃なら仕方がない一面があったが、興綱が成長した後も家臣たちは権力を握ったままで興綱はお飾りの存在に成り下がっていた。


 一応当主として君臨しているものの政治的決定権は持っておらず、ほとんどが高経らの案を追認するだけだった。西方の従属の件にしても興綱が反対しても高経らに反論されて引き下がるしかなかった。


 そして後日、その西方から書状が届く。書状には滅亡するまでの皆川の動向が記されていた。


 皆川成勝は西方らを通じて宇都宮への従属を考えており、そこで従属に反対する宗成らを暗殺してから従属の使者を宇都宮に送ろうと画策していた。しかしここで誤算が生じる。宗成を暗殺した翌朝、同盟関係だった小山が突如皆川城へ攻めてきたのだ。そしてどういうわけか小山は皆川の従属と宗成の暗殺の事実を把握していたのだ。突然の不意打ちにより皆川城は落城し成勝は自刃。成勝の嫡男竹丸は金剛寺に幽閉されてしまう。幸いにも西方城までは小山は攻めてこなかったため西方家は宇都宮に従属することで難を逃れたが、それ以外の皆川家旧臣は皆小山家に忠誠を誓ってしまった。


 興綱の書状を握る手がわなわなと震える。叩き落としたい衝動に駆られるも家臣たちがいる手前、なんとか衝動を抑えることはできた。



「なんということだ。上手くいけば皆川領丸々儂らのものにできたというのか」


「悔しいですが、こればかりは小山の動きを褒めるしかありませんな。どう情報を知り得たのか気になりますが、情報があったとしても動きが早いですな」



 高経が神妙に小山の動きが早かったことを賞賛する。だが興綱にはそれが気に食わなかった。



「貴様、敵を褒めてる場合か!今すぐ戦の支度をするのだ!」


「戦?なんのつもりですか」



 興綱は察しが悪いとでも言うように大声で怒鳴る。



「小山との戦に決まっているだろうが!竹丸を救出して皆川家の当主として擁立する。皆川領を取り戻すために戦えば他の旧臣も同調するだろう」


「それは無理というものですよ、御屋形様」



 いきりたつ興綱を宥めるように綱房がゆっくりと諭すように話し出す。隣にいた高経は呆れた表情を興綱に向けていた。



「何故なら御屋形様はすでに公方様から義元討伐の下知を受けているではありませんか。我々は常陸へ兵を出さなくてはいけません。今更小山に兵を出す余裕なんてありゃしませんよ」



 綱房の言葉に興綱はハッと思い出す。晴氏から義元討伐の下知が届いていたことをすっかり失念していた。高経が呆れていたのは仮にも公方からの命令を忘れていたからだ。しかし興綱はその事実を思い出しても尚も食い下がる。



「しかし兵を分ければ可能ではないのか?」


「分けるにしてもどれだけの兵を動員するつもりなのですか?半端な数揃えてもまともな成果は得られないでしょう。下手すればどちらもただ兵を失うだけになりかねません。それに公方様の下知を蔑ろにするのは賢い選択ではありませんな」



 小山も部垂も勢いがあり、中途半端な数ではどうにもできないことを興綱は理解できていなかった。興綱は宇都宮の威光を高く見積もっており、また敵を格下だと侮っていた。高経は何も言わなかったが、高経の中で興綱への評価は一段階下がっていた。



「そういうことですので小山に兵を出すのは得策ではありません。まあ、いずれ戦うときがくるでしょうし、今は義元討伐に集中すべきかと」



 そう言い残して綱房と高経は去っていく。近習のみ残った部屋で興綱は屈辱から書状を床に叩きつけた。そのまま高経らの見下した表情を忘れることをできずに置いてあった肘掛けを蹴り飛ばす。近習はまた癇癪を起こしたと戦々恐々していた。



「綱房も高経もふざけおって……!儂は宇都宮の当主ぞ。何故あのような目で見られなければならぬのだ。そうだ、儂があのふたりを出し抜ければあやつらも儂を見る目を変えるに違いない」



 思い立った興綱は信用できる側近を呼び寄せてある命令を下した。側近は初めは反対したが興綱が強く口調で命令されて仕方なく承諾した。



「ふん、見ておれ。儂が、儂だけの力で竹丸を利用して皆川家を再興させれば家臣たちの見る目が一変するはずだ」



 興綱が出した命令は金剛寺に幽閉されている竹丸に接触すること。それは綱房らの忠告を完全に無視したものだった。

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