内政の苦慮
下野国 祇園城 小山犬王丸
皆川領の話はここまでにして、今度は小山領について家臣たちを集めて評議を開く。皆川領にいる者はもちろん欠席しているが、評議には一門衆や譜代といった重臣に加えて谷田貝民部ら現場担当の中級の家臣も参加している。
まず話しはじめたことは分国法についてだった。まだ正式なものは完成していないが、ここ数年重臣らと話し合いを続けており、行政や裁判についての条目はほぼ完成していた。しかし民事や年貢についてなどやるべきことは山積みの状態だ。
「皆のおかげで分国法の一部はすぐに発布できるほどのものが完成した。礼を言う。まだ民事などは調整が必要な段階だが、完成している部分だけでも今すぐ公布するべきであろうか」
「お待ちください。公布はまだ時期尚早かと存じます。他の条項も完成させてから正式に公布すべきでしょう」
重臣粟宮讃岐守が異議を唱えるとそれに続くように他の重臣たちからも慎重論が飛び交う。家臣の中で最も分国法に携わってきた長老格である大膳大夫も慎重論に賛同している。
「現場の意見としてもやはり公布はすべてが完成してからの方がよろしいかと思われます。完成する度に法が追加されてしまうと担当する者が混乱してします」
実務を担当する谷田貝民部も慎重論に賛成のようだった。
「なるほど。皆の意見はよくわかった。分国法はすべての条目を完成させてから改めて公布することにしよう。ではその未完成の部分である年貢の取り分についてなのだが──」
そのまま分国法についての話し合いが続けられた。特に年貢の取り分については議論が白熱して身分の差を超えた意見も聞き出すことができた。この日のうちに議論が決着することはなかったが、年貢の取り分は俺の唱える四公六民と五公五民のふたつに絞られることになった。今まで厳密な年貢の取り分が決まっておらず、戦が続くと重税が課せられるときがあった。また小山家の家臣の多くが農作業にも従事しており、民への負担にも理解があったので四公六民に賛同する者は多かった。
一方で小山家の財源を危惧している者は四公六民では軽すぎるのではないかと最低でも五公五民にすべきと主張した。彼らの言い分にも一理はあったが、俺は民が重税で逃散してしまっては小山のためにはならないと考えていたので四公六民は譲ることはできなかった。
しかし財源を蔑ろにしているわけではなく、隠田の摘発をしてその分を財源の一部に宛がうつもりだ。隠田はいわゆる脱税に近いものであり、領民も生きるために仕方ないとはいえ小山家の当主として隠田の問題を無視することができなかった。
隠田の摘発については五公五民派の家臣も四公六民派の家臣も難色を示すことがあったが、摘発した隠田は年貢の対象にはするが、正式に年貢として組み込むことで現地の侍が隠田を不正に徴収することを防ぐ狙いもあると説明すると何人か除いて賛同を得ることができた。反対する者は小山家の権力を強め、家臣たちの権益を損なう案であることを危惧していた。こればかりは話し合いを続けていくしかない。
次の話題は思川についてだ。思川は普段我々の生活には欠くことができない重要な水源だが同時に民や土地に危害を加える一面もあった。特に野風が起きた際は洪水が起こりやすく、小山南部では堰が破れて浸水被害が頻繁に発生していた。俺が当主になってからは幸いなことに思川の洪水は発生していないが、梅雨の時期になると増水によって水面が危うくなることが何度か起こった。
「思川は近年は穏やかだが、またいつ氾濫するかわからん。今のうちに対策をしておきたいが……」
「堤防を築くにしても数年がかりになりますな。工事中に氾濫されたら目も当てられません」
妹尾平三郎の指摘に他の者も首を頷いて同意する。
「だがしないわけにはいかないだろう。氾濫を防ぐためには堤防、それに支流の開拓と遊水池の建築が必要になってくるのだ」
「しかしすべて実施するとなると費用がかかり過ぎますぞ」
「費用がかかるのは当然だ。だからこそ優先順位を決めておきたい」
堤防、支流の開拓、遊水池。すべて洪水対策には必要なことだがそのすべてを一気にやることは非現実的だ。この中でまずは最初に進めるべきものを定めていく必要があった。
「遊水池は最後でしょうな。大規模でもありますし実施するにも問題点がいくつかありますからな」
「そうなると堤防は次点になるのか。農閑期にどこまで進むかわかりませぬ。中途半端な出来だったら壊れかねません」
「では支流の開拓が最優先事項になりますね。支流の開拓なら直接思川の影響を受けることはありませんでしょうし、農閑期にある程度完成させることもできるでしょう」
様々な意見も出てきているが思川への対策もまだ時間が必要になるかもしれないが、この件に関しては早めに判断したいものだ。洪水で氾濫が起きれば田畑は荒らされ民にも犠牲が出てしまう。また氾濫後は伝染病が流行ってしまうと聞く。医療が未発達であるこの時代では適切な処置をするのは難しい。そうなるといかにして氾濫を防ぐかということになるが、やはり堤防を築いたりする他方法はない。その堤防もいつ壊れてしまうかわからないが、対策をしなければ苦しむのは小山の民だ。
祇園城のそばから聞こえる普段は大人しい思川の水流の音もこのときばかりは少し煩わしく感じられた。
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