皆川領の統治
下野国 祇園城 小山犬王丸
結城城から祇園城へ帰還する途中では刺客に襲われることなく無事に小山領まで戻ることができた。祇園城に帰還すると叔父上らをはじめとした家臣たちが俺の無事に胸をなでおろしていた。
「ただいま戻りました叔父上。交渉の結果、結城との同盟は継続という形になりました」
「それはよかったが、生きた心地がしなかったぞ。説得のためとはいえ当主自ら死地に飛び込むのは今後は控えてくれ。もし犬王丸に何かあったらこの小山家はどうなる」
「そのときは政景叔父上に託すと出発前に話したではありませんか。軽率ではありましたが、ちゃんと根回ししておけば結城家に弁明に赴くこともなかった。己の失態を家臣に投げるわけにはいきませんでした」
政景叔父上は疲れたようにため息をつく。
「だがお前は替えが効かない小山家の当主だ。その立場をよく理解してくれ」
「叔父上の言うとおりですね。今後は同じような無茶はしないようにするつもりですよ」
叔父上は本当かと怪訝そうにこっちを見てくるが、本当に今回のようなことがない限り無茶するつもりはない。それに今回の過ちを繰り返すつもりは毛頭なかった。
今回は皆川に集中しすぎて同じ同盟相手である結城への根回しを蔑ろにしてしまったことで起きてしまった。もしかしたら結城城でそのまま斬られていた可能性もあった。実際に政朝からは斬られはしなかったが刀を振り下ろされた。あれは政朝なりの警告だったのだろう。今回同盟の継続は結城家の事情に助けられた幸運だ。この幸運を無碍にしてはいけない。
「ところで同盟の継続の理由なのですが、結城側の事情が大きかったようなのです。それに関係あるかは不明ですが、交渉の場には多賀谷の姿だけありませんでした。もしかしたら常陸か下総で何かあったのかもしれません」
「……それは調べておく必要がありそうだな。だが犬王丸も疲れたであろう。難しい話は後日にしておこうではないか」
緊張が解けたこともあって身体中に疲労がのしかかってくる。殺されかけた経験は思ったより身体に負担があったようだ。ここは叔父上の勧めに従っておくとしよう。
その日の夜はまるで死んだように意識を失っていたらしい。翌日になると疲れが完全に抜けていた。周囲はまだ安静すべきなのではと心配していたが、身体は元気であるうえに皆川領のこともあったので朝から精力的に活動を再開する。
結城との同盟は継続となったことで東の脅威は取り除くことはできた。問題は支配下に置いたばかりの皆川領である。伊予守には随時連絡するよう指示しているが現状はどうなっているのだろうか。伊予守の書状を読みながら俺が留守の間に皆川領の者とやり取りをしていた弦九郎から皆川の情報を聞き出す。
「皆川領に関しましては領内の地侍たちが小山家に忠誠を誓ったので大きな問題は生じていないようです。竹殿に接近する不穏分子もまだ確認されておりません。ただひとつだけ問題が」
「西方が宇都宮に従属したか」
「はっ」
西方城主西方綱朝が小山に従わず宇都宮に従属することは予想できていた。そもそも西方家は宇都宮家の一門であり、皆川が支配する前も西方城一帯は宇都宮が支配していた。
西方は河原田の戦いの際に皆川に城を落とされたことで皆川に従っていたが、その皆川が滅んだ今再び宇都宮に従属するのはごくごく自然なことだろう。小山が皆川城より北方の西方城あたりまで進出できていたのなら話は違ったのだろうが、今の小山家には西方に手を伸ばせるほど余裕はなかった。西方が素直に従属してくれれば鹿沼城の壬生綱房への牽制になっただけにそこは残念だ。
結果として西方城をはじめとした真名子城、二条城が存在する西方村一帯を手にすることはできなかったが仕方あるまい。それでも皆川領約一万石を得たのだから十分だ。
伊予守の書状を読み終えたところで弦九郎から報告があるという。それは皆川家についてらしく伊予守も書状には書けなかったとのこと。伊予守ら皆川領に留まっている者から話が挙がったようで、事の重大さゆえに俺の判断を仰ごうというのだ。
「忠宗を皆川家の後継者にだと?」
「はっ、現状皆川家は当主の成勝殿が自害したことで滅亡していることになっております。宗成殿もそのご兄弟も皆死に絶えており、生き残りは竹丸殿と忠宗殿だけです。しかし関東八屋形のひとつである皆川家を惜しむ声が大きく、皆川家の数少ない生き残りである忠宗殿を新たな当主にすべきなのではという意見が出ているのです」
「悪いがその話は却下だ。伊予守にもそう伝えろ」
「何故とお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「簡単に言えば時期尚早だからだ。俺も皆川家がこのまま消えるのは惜しいと考えている。だが竹丸がまだ健在で小山の支配が盤石ではない今、小山に寝返った分家筋の忠宗を皆川家の後釜に座らせたら周囲は一体どう思う。皆川は小山に乗っ取られたと思うだろうよ。それに場合によっては宇都宮が竹丸を正統な後継者として利用してくるかもしれないからな。だから今の段階では皆川家復興の話はなしだ」
その他に今の段階で忠宗に皆川を継がれても扱いに困るというのもある。皆川の分家筋だからこそ伊予守への与力として働いてもらっているが、皆川の当主となれば彼らの関係も複雑なものになってしまう。皆川の当主が小山の重臣より下の扱いは皆川領では外聞が悪い。
「それで忠宗は乗り気なのか?」
「いえ、忠宗殿はそこまでではありませんでした。しかし要請があるなら引き受けるつもりだそうです」
「なら皆川にいる奴らに今話したことを伝えるように。本人が乗り気だったら面倒なことになるところだった」
皆川領のことは西方以外はなんとか順調そうではあるようだ。しかしまだ話していないことがあった。
「そうだ、皆川領の年貢についての話はどう進んでいる?」
「事前の御屋形様の指示どおり、今年は減税する方向で決まりました。現地の地侍たちに周知させるには時間を要すると思いますが収穫期までには間に合うかと」
電撃戦で皆川を落としたとはいえ、皆川領統治のためには民の心を懐柔する必要がある。中には皆川に忠誠を誓っていた者もいただろうが、減税となれば喜ばない者はおらず、多少なりとも小山に好印象を抱いてくれるだろう。もちろんそう簡単にはいかないかもしれない。だがいきなり重税を課すより効果的ではあるはずだ。
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