政朝の答え
白装束の箇所を改稿しました。
下総国 結城城 結城政朝
犬王丸へ振り下ろした刃は首筋に届く寸前で止まる。犬王丸は微動だにしなかった。もし余計な動きをしたのならそのまま斬り捨てていただろう。
「形だけではないということか」
犬王丸はまさしく斬られる覚悟でここに来ていた。ここまでの覚悟を示されてはこちらは両手を上げるしかない。刀を首筋から外して鞘へ納める。そして上座に戻り腰を下ろすと犬王丸を見やる。
「貴殿の覚悟はよくわかった。今回のことは不問にするとしよう」
「父上!?」
「静かにせよ政直。だが犬王殿、勘違いするでないぞ。覚悟は買ったが同盟の継続は結城の事情によるものだ。同じ過ちを許すつもりはない。二度目はないことをゆめゆめ忘れるな」
犬王丸は一言、「肝に念じます」と呟いた。全く動じていない。自ら死地に飛び込む度胸は買うが今回の行動は危ういものだった。ここには儂でなくともこの場で犬王丸を斬り捨てようと考える輩もいた。後継者なき当主が横死すればその家が乱れるのは必然。誠意を示すためとはいえ当主がわざわざ出向く行為を儂は素直に褒められなかった。
これを手打ちとして小山家と結城家の同盟は継続という形となった。政直は納得していなかったが、他の者たちは犬王丸の命知らずの行動に心を打たれたようで賛成に転じる者も少なくなかった。
「父上、何故あのとき犬王丸を斬らなかったのですか!?」
犬王丸が結城城を去った後、案の定政直が儂に噛みついてくる。内容は当然の如く犬王丸のことについてだった。
「犬王が余計な動きをしたのなら儂は斬るつもりだった。だが奴は微動だにしなかった。そのような者を斬ったとなれば儂の名が汚れるわ」
「しかしそれでも不問にするのはいかがなものかと。せめて中久喜の割譲くらい要求しても……」
「この愚か者が。そんなことしたらそれこそ関係が破綻するわ。犬王丸はやったことに対してケジメを示した。儂はこれ以上犬王を追求するつもりはない。それに小山は脅せば土地を差し出すような軟弱者ではない。お前はその程度のことも理解できぬのか」
政直はワナワナ震えているが反論することなく黙ったままだ。その様子を見ながら儂は諭すように続ける。
「いいか、政直。多賀谷が反旗を翻した今、我らは東に注意を払わなければならんのだ。西に構う余裕などない」
犬王丸には結城の事情で同盟を継続するとは言ったが、実際は常日頃から反抗的だった多賀谷が遂に反旗を翻したからだ。それが多賀谷がこの場にいない理由だ。
そして多賀谷が常陸の小田と同盟を結んだことで多賀谷の反乱を裏で糸を引いていたのは小田だと判明している。長年常陸を巡って対立していた小田に多賀谷を取り込ませてしまったことは痛いが、事態はさらに深刻化していた。
多賀谷が高基様の支持を唱えて部垂義元に同調したのだ。小田家は晴氏様を支持していたはずで多賀谷の高基様支持は想定外だったはずだ。
義元は高基様を迎え入れてから力を増しており、この間も鎮圧に向かった佐竹義篤との戦で佐竹勢を破っている。佐竹が敗れたことでさらに義元に味方する者が現れはじめた。その筆頭が下妻城主多賀谷家重だった。多賀谷らの協力を得た義元は最早一反乱勢力ではなく、完全に独立したひとつの一大勢力へと変貌していた。
晴氏様もこの現状を無視できないはずだが地盤固めの真っ最中のために身動きがとれず、各勢力に義元討伐の下知を飛ばすことしかできない。だが本来反乱を収めるべき佐竹が頼りにならないため常陸の情勢は複雑になっていた。
そのため西と北の抑えとして小山との同盟の継続を決断したのだ。こちらに一度も相談せずに皆川を滅ぼしたことは心象がよくないが、犬王丸の決死の覚悟によってその心象も多少は回復した。一応釘を刺したので犬王丸も同じ過ちは繰り返さないだろう。家臣たちも犬王丸の覚悟に感心していたので同盟継続に反対する者は少ないはずだ。
問題は政直と政直に同調する者か。政直は小山を毛嫌いしており、それが改善される可能性は極めて低いかもしれない。儂が健康であるうちはまだ抑えられるが、もし儂に何かあった際に果たして政直を止められるだろうか。政直は嫡男ではあるが最近は乱暴な面も多く、家臣たちからの信頼も得られているようには見えない。逆に次男の政勝の方が理知的で穏やかな性格であるため家臣から支持されている。
儂も嫡男が政勝ならばここまで悩まずに済んだかもしれないが、現状嫡男は政直で何もなければ儂の跡を継ぐ。政直も愚かではないが少々感情的な面があるのが悩みの種だ。今回の小山の件のように個人の好悪で家を左右する決断をしてしまわないか不安ではある。
三男の六郎は家に従順で気性も問題ないため、どこかへ養子に出すつもりだが、この状況では養子に出すのはまだ先になりそうだ。
「政直、今は多賀谷と小田をどうにかするのが先決だ。それに義元の動向も気になる。そなたの気持ちは分からなくもないが小山との同盟は継続する。これは決定事項だ。分かったな」
「……承知いたしました。父上がそこまで言うのなら仕方ありませぬ」
やっと納得してくれたか。政直も地頭は悪くないのだから一度冷静になれば状況を理解できるだろう。後は経験を積んで若さがなくなってくれたら安心して家督を任せられるのだかな。
政直はようやく食い下がるのをやめて大広間から去っていく。だから儂は気づくことができなかった。政直が去る際に彼がどのような表情を浮かべていたのかを。
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