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小山政長

一部修正しました。

 一五二三年 下野国 祇園城 小山政長


「犬王丸が職人を呼びたいとな?」


「はっ、若がおっしゃるには商いをするとのこと」



 大膳大夫から相談があると聞いて会ってみれば、また犬王丸が新しいことを考えているらしい。犬王丸はただ公方様に従い旧領を取り戻せない儂に似ず、まだ幼いにもかかわらず既に言葉を流暢に操り、自ら志願して学んでいる兵法や勉学も優秀な神童と家中で将来を渇望されている。


 特に大膳大夫を筆頭にあやつを知る者からはあの持政様の再来だとかまたはそれ以上の傑物になるだろうと絶賛しておる。しかもただ優秀なだけでなく、犬王丸はどうやら儂らとは違った世界が見えているのか、それまで誰も考えつかなかった手法も考案しているのだ。犬王丸がどういった思考をしているのか儂はさっぱり分からんが、犬王丸が考案した新しい種籾の選び方だけで収穫量を増やすことに成功している。あんな簡単な方法で収穫量が増えるなんぞ思いもしなかったわ。公方様や管領殿のように資金さえあれば、より大きな効果が期待できそうなのが残念だが。いや、だからこそ犬王丸は商いに手を伸ばしそうとしているのか。


 そういえば結城との同盟打診の際に皆川も同盟に加えたのを考案したのも犬王丸だと知ると、普段から儂に反発気味じゃった重臣の水野谷八郎ですら犬王丸のことを「いずれ小山を盛り立ててくれる楽しみな存在ですな」と賞しておったわ。


 犬王丸が儂に従わない八郎に認められていることに嫉妬しないわけではないが、そういった背景や大膳大夫が後ろ盾になっていることから、犬王丸に関してはある程度自由にさせている。



「商いとは興味深いな。武士に商いなどと揶揄するものはいるだろうが、犬王丸のことだ。いずれ小山家の利益となろう。だが犬王丸はまだまだ子供だ。商人に良いようにされぬよう大膳大夫がしっかり支えてやってくれ。しかしその程度のことなら、わざわざ儂に相談せんでも大膳大夫の判断でかまわないのではないか」


「いえ、相談したいことはその先の話でございます」


「その先とは?」



 大膳大夫の意図がわからず問い返す。ここで察せないあたり儂が凡庸である証拠なのだろうな。


 察しの悪い儂に呆れた様子も見せずに大膳大夫は告げた。



「率直に申し上げますと宇都宮との戦のことでございます」

 


 大膳大夫の告げた内容に痛いところを突かれたと思わずウっと唸ってしまった。実際に重臣達との会合でも散々議題に挙がっておるのにそれを今言うのか。犬王丸のことだったから完全に油断しておったわ。


 夏に結城と宇都宮が戦を行い、結果として結城の勝利、宇都宮は当主の忠綱殿が追放され壬生の鹿沼城へ落ち延びた。新しく宇都宮家の当主となったのは忠綱殿の弟にあたる興綱というまだ十歳余の若者で、同時に先々代成綱公に殺害された芳賀高勝の弟高経が興綱の後見役として復権している。


 興綱を推する高経は結城と友好関係であり、これだけならば小山も結城に同調して当主への返り咲を狙う忠綱殿の討伐に転じることができたが、厄介なことに古河公方の高基様が忠綱殿への支援を表明してしまったのだ。高基様の妻は成綱公の娘であり忠綱殿とは義兄弟の関係で、高基様の公方就任を最も支援してきたのが宇都宮家なのだ。


 しかし高基様が忠綱殿の支援を表明したことで我が小山家は面倒な立場に追いやられることになってしまった。以前起きた戦乱で高基様と敵対していた小山家は家名存続のために現在高基様に従っており、表立って高基様が支援を表明した忠綱殿の討伐を唱えてしまえば、高基様からの離反だと捉えられてしまうかもしれないのだ。今のところ高基様から特に指示や書状は届いていないのだが、下手に身動きできないうえに高基様に逆らうようなことはしたくないというのが本音だ。



「だが、それと犬王丸と何か関係があるのか?」


「直接関係するわけではございませんが、儂はいざ戦になった際に若が教授する職人達を失ってしまうことを危惧しているのです。小山家がどのような立場になるにしても、せめて戦になった場合、その職人達の保護をお願いしにきた次第でございます」


「たしかに内容にはよるが犬王丸の知恵を受けた職人を戦で亡くしたり、外部に流れることは避けたいところだ。だが人数にもよるし、事態によってはそやつらの保障はできぬが、近く戦が起きた際は特別に兵役を免除することを許可しよう。ただし、人数に制限を設け、免除される者はその分成果を出すよう強く伝えよ。そうでなければ他の者に示しがつかぬ」



 特別扱いは周囲がうるさくなるから本当はしたくないのだが、犬王丸が小山にもたらす利益が大きければいずれそのような声は消えるだろう。傍から見ればまだ三歳の子供に何を期待しているのだと愚か者だ。だが犬王丸はそこらの小童共とは違う。笑う者がいれば笑うがいい。儂は自分が平凡であることを自覚しておる。だからこそ儂が暗愚と罵られようとも最終的に小山が強くなればそれは儂の勝ちだ。


 しかし商いに職人とは、つくづく犬王丸が見ている世界が儂らが見ているものと違うと感じさせるな。まだ早いだろうがそう近いうちに重臣達に顔を合わせる機会をつくるべきかもしれんな。本人は気づいているか知らないが、大膳大夫も犬王丸と接しているうちに考え方が柔軟になったというか、より広い視野で物事を測れるようになっておるのだ。他の者達も犬王丸と直接話すことで何か刺激を受けてくれればより統治しやすくなるかもしれないな。


 八郎などに言ったら絵空事だと一蹴されるだろうが、もしそれが上手くいけば早いうちに犬王丸に小山を任せることもありえんことではないな。そうなれば儂は京の公家達や他の大名達とのんびり連歌をするのもありかもしれん。

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