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成勝の妻子

 下野国 皆川城 小山犬王丸


 皆川城に入城した俺らのもとに兵に裏切られて捕まった成勝の妻子が連れてこられた。成勝の妻は成勝よりやや年下らしくかなり若い印象だったが、子を抱きしめて周囲を警戒する姿はまさしく母だった。子は思ったより大きく四、五歳といったところか。



「さて、おぬしらが皆川成勝の妻子で間違いないか?」



 あまり警戒されないよう優しい口調で問いかけると、成勝の妻は自身を取り巻く状況を理解しているようで素直に肯定する。しかし納得はできていないらしく、その目には警戒の色が帯びている。



「なぜ小山が皆川を攻めたのですか」



 思わず溢してしまったのだろう。ハッと顔色を変えるととっさに口を押さえる。しかし時はすでに遅く、その言葉は諸将の耳に入ることになった。他の者が動く前に俺の口が開く。



「なぜだと?それは皆川家が宗成殿たちを殺して宇都宮に従属しようとしていたからだろう。こちらは宗成殿の弔い合戦に臨んだまでだ。おぬしがどこまで知っているか知らんが現に宗成殿は殺されていたぞ」


「なんでそんなことまで知って……」



 そこまで言って成勝の妻は口をつむぐ。だがすでに遅い。彼女の言い方だと皆川の宇都宮の従属と宗成暗殺について何かしら知っていたことが明らかになった。



「考えてみれば当然だが、当主の妻ならやはり知っておったか」


「お、お願いします。どうか命だけはお許しを!」



 従属と暗殺のことを知っていたことがばれた彼女は子供を抱いたまま頭を下げて命乞いをする。



「企てを知っていたうえにばれたら命乞いとはなんと浅ましい。この場で切り捨ててくれようぞ」


「何も知らぬ子には気の毒だが不穏分子は排除しなければならんな」



 彼女の態度に家臣たちは怒りを露わにして命乞いを一蹴しようと躍起になっていた。俺はそんな家臣たちを一度落ち着くよう宥めると家臣たちも熱くなったことに気づいたのか上がっていた腰を下ろす。



「家臣たちが熱くなってしまったな。だが家臣たちの言い分は間違いではない。本来なら家臣たちが言ったように切り捨てても構わんのだ。しかし俺は無駄な殺生は好まない主義でな。特別にそなたたちの命だけは助けてやろう」


「御屋形様、甘いですぞ」


「まあ、最後まで聞け。命は助けてやるが身柄は寺に移させてもらうぞ。親子共々皆川家の菩提を弔っていればいい。もちろん子供は僧にさせる。俺の許可なくして還俗は許さん。どうだ、命が助かるなら儲けものだろう」



 俺はこの親子をこの場で殺すことはせず、寺に入れされることにした。それは殺したくはないというわけではなく、別の理由があるのだが今は語らなくてよいだろう。


 しかし助命されたにもかかわらず成勝の妻は必死に食い下がる。今後小山家に逆らわないから子供と一緒に実家に帰らせてほしいと。せっかく命を助けてやるというのに自らを死地に追いやる行動に俺は呆れを隠せなかった。


 自分の子供が皆川家を継げないことを危うんだのか、俺を脇の甘い子供だと侮っているのだろう。もしくは必死に懇願すれば俺が哀れんでくれると踏んでの計算なのか。せっかく最大限の譲歩をしてあげたのにこの女は欲深くもさらなる安全を求めてきたのだ。



「何か勘違いしているようだが、俺は別にこの場でふたりとも切り捨てても構わないからな。余計なことで自らの首を絞めたければ止めはしない。無駄に足掻いた結果、どうなるか俺は知らないぞ」



 俺に警告された成勝の妻はあてが外れたという風に足掻くのを諦めて大人しく寺に入ることを了承した。するとそれまで黙っていた成勝の息子が突然俺に対して話しかけてきた。



「父上は、父上はどこにいるのだ?」



 そう無邪気に聞いてくる子供を成勝の妻は必死に止めるが子供の口は止まらない。



「そなたの名は何という?」


「竹丸」


「そうか竹か。そなたの父上はな、もういないのだ。武士として立派な最期だった」



 そこまで聞いて竹丸はようやく成勝が死んだことを理解したのか泣きそうな顔でこちらを睨んできた。本能的に目の前の俺が成勝を殺したことを理解したのかもしれない。何かを言おうとした口は成勝の妻によって塞がれた。竹丸は暴れるが必死に成勝の妻が身体を押さえる。やがて疲れた竹丸は暴れるのをやめて母の腕の中で大人しくなるが、顔を母の胸に預けて泣きじゃくる。


 しばらくして泣き止んだのを確認できた後は兵にふたりを皆川家の菩提寺である金剛寺に送るよう指示を出した。竹丸は疲れて眠そうにしていたが終始俺を睨んでいた。



「しかしよろしかったのですか」



 ふたりが去った後、伊予守がそう尋ねてくる。



「何がだ?」


「あのふたりのことです。あの様子では助命した御屋形様に感謝するどころか却って恨んでいることでしょう」


「だろうな。特に竹といったか。あの子供は俺をずっと睨んでいたわ」



 けれど俺はふたりを殺さなかった。理由はいくつかあるが、ひとつ挙げるのなら皆川家の年少の跡取りを殺したら旧皆川派の人間から反発を買うからだ。今後の統治を考えて殺したことで余計な亀裂を生むのは避けたかったというのもある。



「それとな、あのふたりはな、撒き餌なのだ。小山を快く思わない者を炙り出すためにな」



 皆川領は制圧できたが不意打ちによる電撃戦によるものだ。中には素直に小山に従わない者も出てくるかもしれない。そこに皆川の正統な後継者が寺に幽閉されていると聞けば竹丸を担ぎ出す者が出てくるはずだ。


 すでに金剛寺には寺領安堵の旨を伝えており、寺側が旧皆川派につくことはないだろう。後は金剛寺に監視を敷いて竹丸親子に接触してくる輩を見つけ出して一気に叩く。そうすれば小山に反抗的な勢力を一網打尽にすることができるはずだ。


 竹丸も素直に菩提を弔うつもりなら手出しする気はないが、妙なことを考えていれば話は変わる。もしかしたら親子共々残念なことになるかもしれない。



「ある程度準備できたら兵を祇園城に戻すぞ。俺は今回の件で結城に向かわなければならないからな」

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