皆川落とし
下野国 皆川の陣 小山犬王丸
皆川への進軍は途中豪雨と霧という天候に恵まれたおかげで敵に見つかることがなかった。幸いなことに我が軍には皆川の地理を知る者が多くいたため、天候で見晴らしが悪くても遭難することなく進むことができた。
夜明け頃になると日が上りはじめたこともあって、ようやく敵もこちらの存在に気づいたようであった。しかし敵の準備を待つ義理はこちらにはなく、周囲が明るくなりはじめたことで同士討ちの心配がなくなったこともあり、攻撃の下知を下す。
敵は山麓での防御を放棄して山頂に立て籠ることにしたのか外堀に囲われた城門は容易く突破することができた。山麓の居館に踏み込むと中はもぬけの殻で成勝がいた形跡は残っていなかった。伏兵の心配もないことがわかり、居館近くに本陣を敷き、二の丸と本丸に立て籠った成勝を攻め落とさんと攻勢をしかける。
皆川城は標高一四〇メートル前後とさほど高いわけではないが、廓が螺旋状に配置されており、その形状から法螺貝城という別名がついていた。本丸に行くにはその多くの廓を突破する必要があったが、守り手の人数不足のためかいくつかの廓は放置されていた。
大して抵抗を受けないまま進み続けることはできたが、二の丸に近づいてくるとやはり敵からの攻撃を受けることになる。しかし古河城のときほどの苛烈さはなく、攻撃も単発気味だったので、多少犠牲は出たものの二の丸に突入することは比較的容易だった。
後は最早蹂躙に等しかった。敵の大多数は本丸に撤退することなく二の丸に残ったまま本丸へは通さんとばかりに奮闘を続けていたが多勢に無勢。次第にひとりまたひとりと討ち取られていき、小山の兵は本丸の目の前まで迫っていった。
しかし本丸からは攻撃どころか物音ひとつしなかった。門を突破し本丸に突入したところ、本丸では成勝の家臣らがひとり残らず自刃して果てていた。兵士が館の中を捜索していると奥の部屋から成勝の変わり果てた姿が見つかったらしい。
おそらく先に家臣に介錯させたのであろう。成勝は腹を切った状態で首は床に転がっていた。近くには介錯したと思われる男が自刃していた。
兵によって成勝の首が本陣に届けられ首実検をおこない、複数の証言から本当に成勝のものだと判明した。無念そうな表情を浮かべている成勝の首は後日近くの寺で供養させるつもりだ。
しばらくして兵から成勝の妻子が見つかっていないという報告を受ける。城中捜索してまだ見つかっていないということはおそらく成勝が戦の前に逃したのかもしれない。宇都宮を頼った可能性がある。
「一部の兵を割いて成勝の妻子を探し出せ。特に宇都宮方面を念入りに調べよ。女の足ではまだ遠くには行けまい」
兵に成勝の妻子を捕らえるよう命じる。宇都宮に逃げられれば宇都宮は大義名分を得て皆川に侵攻してくるはずだ。まだ皆川を統治し切れていない状況で宇都宮を相手するのは極めて不利だ。なんとか宇都宮まで逃げられる前に彼女らの身柄は確保しておきたい。
皆川城に入城すると皆川方だった兵の屍があらゆるところに転がっていた。数は少ないが数的不利にもかかわらず立派に戦い抜いた武士だ。運び出される彼らに手を合わせると他の者も続いて手を合わせた。
「さて今後の方針だが、皆川が落ちた今、皆川の配下の多くが小山に降るだろう。元が宇都宮側だった西方あたりはどう動くかわからんが、皆川以北まで手は伸ばせないのが現状だ。西方がこちらに降れば御の字だがそうでなくては西方は一度諦めるしかない」
「悔しいですが仕方ありませぬな」
「だが西方は逃しても河原田の戦い以前の皆川領を得ることができるのだ。統治は大変だが小山にとって大きな戦果だ。そこでだ。今後の統治に当たって誰に皆川を任せるべきか悩んでいる」
理想は政景叔父上に富田忠宗らを何人か付けたいところだが、政景叔父上まで祇園城を離れてしまうのは少々困る。土佐守には馬宿城での戦後処理の経験があるが、馬宿より広く不穏分子もいる皆川領を任せるには些か荷が重い。他に能力がある者もそれぞれ重要拠点を任せているので動かしづらいのだ。
「それでしたら儂に皆川を任せていただきたい。儂の代わりには愚息の九郎三郎を呼び寄せまする」
そう自ら挙手したのは岩上伊予守だった。たしかに伊予守なら安心して任せられる。彼も筆頭家老として祇園城で重要な役割をこなしていたが伊予守の九郎三郎を長福城から呼び寄せる案には一考の余地があった。九郎三郎は長福城代として経験を積んでいるはずで皆川はまだ荷が重くても祇園城では十分仕事はこなせるだろう。
「そうか。ならば皆川は伊予守に任せよう。伊予守には三百の兵を預けておく。後は与力として勘助、土佐守、忠宗を貸そう。兵略なら勘助、内政なら土佐守、皆川の内情なら忠宗の力を頼るといい」
皆川を任せる人材が見つかったところで兵から報告が入る。内容は成勝の妻子の行方についてだったのだが、少々好ましくない部分があった。
「護衛した兵が命惜しさに裏切り、妻子を拘束してこちらに投降してきただと?しかも褒美を強請っている?妻子はこちらに連れてくるように伝えよ。だが裏切った者は油断したところを切り捨てろ。不忠者に用はない」
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