表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/344

皆川騒乱

 下野国 皆川城


「成勝……は、謀りおったか……」



 自らの血で全身を赤く染めた宗成が畳の上に這いつくばりながら事の首謀者である成勝を見上げる。端には宗成の弟たちが無残な姿で事切れていた。成勝は何も言わず宗成をじっと見下ろしていた。


 成勝との対立が深刻化していた宗成はある日成勝から和解したいとの申し出を受けた。宗成の弟たちは罠ではないかと疑っていたが、宗成は成勝を信じて申し出を承諾し、誘われた話し合いの場に姿を現す。呼ばれたのは宗成だったが不安を覚えた弟たちもその場に同行する。成勝は一緒に現れた叔父たちに驚きながらも同席を歓迎した。


 和解の場は最初は和やかに進んでいた。成勝は宗成に詫びを入れて従属は取り止めると言い出した。宗成は成勝の意見に大層喜び共に皆川を盛り立ていこうと切り出し、成勝もそれに賛同していた。


 空気が変わったのは弟たちの警戒が解けはじめたときだった。成勝が突然手を二回ほど叩く。それが合図かのように成勝たちがいた部屋に武装した兵たちが雪崩れ込んできたのだ。兵士は成勝に目もくれず宗成たちに狙いを定めており、複数の槍や刀が彼らの身を襲った。突然のことに宗成たちは反応することもできずに刃の餌食となる。弟たちも最期の最期でこの和解の話が罠だったことに気がつくも何も抵抗できずに力尽きてしまった。


 宗成は虫の息でもまだ命を保っていた。自身が騙されたことに気づいたと同時に成勝を信じてしまった己の不甲斐なさに宗成は唇を強く噛み締める。転がっている正繁、成明、成正、成忠の死体を目にして宗成は再び成勝を見やる。その目には恐ろしいほどの怒りが込められており、思わず成勝は一歩後ろにのけぞってしまった。



「ち、父上が悪いのだ。皆川が生き残るには宇都宮に従属する他道はないと理解できないから!」


「宇都宮なんぞに誰が頭を下げるか。小山との同盟はどうする気じゃ」


「あのような同盟で皆川が守れるわけないではないか!」



 死の間際の宗成の気迫は圧倒的に優位なはずの成勝を追い詰めるほどの迫力があった。



「ええい、者どもとどめを刺せい!」



 父の圧に耐えきれなくなった成勝は兵に宗成の息の根を止めるよう指示を出した。兵の繰り出した槍が宗成を串刺しにする。今度こそ宗成の息の根は完全に止まった。


 宗成の死を確認した成勝は兵に死体の処理を命じるとすぐにその場を後にする。



「これで邪魔だった父上が死んだ。もう宇都宮の従属を邪魔してくる輩は忠宗くらいだろうが、奴ひとりでは何も出来まい」



 だが親殺しをしたからなのか、あるいは最期の宗成の圧のせいなのか成勝の体の震えはしばらく止まらなかった。邪魔者は排したはずなのに気分が晴れない。空を見上げると曇天だった。


 宗成亡き後の皆川家の主導権は完全に成勝が握った。残党がいくらか残っているだろうが掃討できるまで時間の問題だろう。不穏分子を取り除いた後に宇都宮家に従属を申し込んでも遅くはない。西方城あたりは宇都宮に奪われそうだが、皆川の本領さえ安堵できれば成勝にとっては十分だった。


 その日の皆川城は深夜から翌日の朝まで豪雨に見舞われた。下野において突然の豪雨は珍しいことではない。けれど成勝にはこの雨が酷く憂鬱だった。移動する必要がないのに山麓の居館から城内で一番標高が高い皆川城の本丸に身を移す。父を殺した館で寝泊まりするのが嫌だったのかはわからない。しかしどうも居館で夜を過ごす気にはなれなかった。


 僅かな供だけ連れて本丸の簡素な館に入った成勝はようやく体を横にして休息に入ることができた。それが僅かな休息だと知らずに。



「御屋形様っ!い、一大事でございます!」



 家臣の叫ぶ声で成勝は目を覚ます。どうやら夜明けのようだった。



「何事か騒がしいぞ」


「それどころではありませぬ!城が囲まれております!」


「なんじゃと!?」



 思わぬ報せに一気に眠気が覚醒する。すぐに館を飛び出て本丸に備えていた物見櫓に自ら登って状況を確認する。すると確かに甲冑に身を包んだ黒い集団が皆川城を包囲しているではないか。



「どうして城が包囲されているのだ!?見張りは何をしていた!?」


「申し訳ございません。先日の雨と朝の霧のせいで発見が遅れてしまいました」


「くそっ、どこだ、どこの軍勢だ?」


「……二つ頭左巴。小山家でございます」


「小山だと?何故小山が皆川を攻める?いや待て、小山だとしたら支城の連中は何をしていた。雨があったとしても誰も気づかないことはないだろう」



 成勝は困惑していた。切る予定だったとはいえ同盟関係だったはずの小山が何故皆川を攻めるのか、そして何故小山の進軍に誰も気づかなかったのか。



「方角的に忠宗の富田城があったはずだ。忠宗が気づかないなんてありえな……まさか」



 そこで成勝は思い至る。忠宗が裏切ったのではないかと。


 そうこうしているうちに小山軍は鬨の声を上げはじめた。その中で成勝はある言葉を耳にする。『これは宗成殿の弔い合戦である』と。



「馬鹿な、何故小山が昨日の事を知っているのだ……」



 しかし同時に理解する。小山は宗成の弔い合戦という名目で皆川との同盟を破棄して成勝を討ちにきているのだと。


 まさか攻められるとは思っていなかった皆川城にいる兵は一〇〇にも満たない。対して小山軍は一〇〇〇近くいるように見える。十倍近くの敵相手に城を守れるとは成勝には思えなかった。



「妻子には逃げるように伝えよ。それと兵たちに居館は捨て城に籠るよう命じろ」



 小山軍を見つめながら成勝は家臣たちに命令を下す。しかし成勝の顔は生気を失っているように見えた。



「せっかく父上たちを排除したのにこんな仕打ちはあんまりではないか。かくなる上は武士の意地を見せつけるのみか」

「面白かった」「続きが気になる」「更新がんばれ」と思ったら評価、感想をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] せっかく父上たちを排除したのにこんな仕打ちはあんまりではないか ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?  父親を殺さず本当に和解してれば起きなかった問題では? ボブは訝しんだ
[良い点] いつも面白いです。 [気になる点] 皆川氏って屋形号与えられてましたっけ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ