表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下野小山戦国異聞 関東八屋形の復興  作者: Rosen
関東享禄の内乱編
73/345

不透明な未来

 下総国 古河城 小山犬王丸


 公方が姿を眩ませた。その情報は晴氏陣営に大きな動揺をもたらした。


 高助によると高実は降伏したが交渉の場に高基の姿がなかった。そのことを高実に尋ねると歯切れが悪く明瞭に答えない。さてや病に倒れたのかと詰問すると高実は高基の所在がわからないと告白したのだ。


 高実は交渉の際に同席を願うために高基のもとを訪ねたのだが、部屋はもぬけの殻で高基以外にも数名の家臣が姿を消していた。驚いた高実は近くの者に行方を問うが高基の行方を知る者はいなかった。高実はこの事実を隠そうと努力したが、公方の不在は隠しきれるものではなく高助によって暴露せざるを得なかった。


 この報告を受けた晴氏はただちに本丸や城の隅々まで探すよう諸将に指示を出した。しかしどこを探しても高基の姿は見つからず、最終的に高基は少数の家臣と共に城外に脱出したと結論づけた。



「父上が逃がしたのは痛恨だが、よくよく考えれば今の儂は古河の主であるから父上の有無は関係なかった。古河の主である儂こそ正統な公方なのだからな。城から逃げ出した前公方が行方不明になった今、後は幕府に儂が父上の跡を継いたことを届ければ何も問題あるまい」



 たしかに古河城を押さえた晴氏は新たな古河公方といっても過言ではない。それだけ古河は公方家にとって重要な拠点であり価値が高いのだ。永正の乱でも高基が古河城を奪回したことで正統性が周囲に認識されていた。


 だが問題は高基がどこに逃れたのかまだわかっていないということだ。どこかで野垂れ死していればそれまでなのだが、どこかの勢力圏まで逃げ延びたのなら事は簡単に収まらないだろう。素直に降伏を選ばず逃げた高基が晴氏を公方として認めるとは到底思えない。もしかいたら反晴氏派をまとめあげて抵抗を続けるかもしれない。どこが反晴氏派かはまだはっきりしていないが、そうでなくても前公方を担ぎ上げる大義名分を得たとなれば予想外の勢力も腰を上げるかもしれなかった。


 一抹の不安を胸にしまい、戦後処理をこなす。敗軍の将である高実は戦前の晴氏の要求どおりに出家し命だけは助けられた。高実を支持した者も一部の強硬派以外は不問としてこれまでと変わらず公方家に奉公することで処罰は免れた。しかし主戦派で熱烈に高実を支持していた野田政保は切腹に処された。政保は以前高基によって改易の憂き目に遭っており、高実のもとで復権を企てていた。


 政保はまだ若く本人もさほど優秀というわけではなかったが、晴氏は政保を許さず敗戦の責を負わせた。政保は必死に助命を嘆願したが却って晴氏の心象を悪くしたようで早々に処罰を言い渡し、切腹当日も晴氏は政保の死を見届けなかった。俺は責任者のひとりとして彼の死を見届けたが、戦死とは違った死は初めて目にした。腹を切った政保の頸が斬首によって宙に舞う光景は忘れることはないだろう。もし立場が違えばあの場所に俺がいたのかもしれない。


 右馬助なんかは俺を気遣っていたようだが周囲に心配されるほど俺の精神は脆弱ではない。心の中で彼の死を悼み終えると再び戦後処理に従事し幾日か過ぎれば古河城を後にして祇園城に戻る。晴氏は祇園城から古河城に拠点を移すことになったので晴氏とはここで別れることになる。祇園城に戻る前夜、俺は晴氏に呼び出された。



「明日祇園城に戻るそうだな。短い間だったが色々と世話になった」


「いえ、こちらこそ晴氏様に滞在していただいたのは小山家にとって名誉なことでした。それに晴氏様を古河城にお戻しにするのが私の役目でしたので、宿願が叶って非常に喜ばしいことです」


「そう言ってくれるのは助かる。そなたには大分頼りにさせてもらった。こんなにも早く古河に戻れたのは犬王の活躍があってこそだ。儂より年下ながら物怖じしない姿勢には刺激を受けたのだ。自分勝手ながら儂はそなたをまるで弟のように思っている。たしか我が先祖にあたる成氏公もそなたの先祖の持政公と義兄弟の契りを結んでいたな。今後も是非古河への忠義を続けてほしい」


「ははっ、ありがたき幸せ」



 歳のせいもあるかもしれないが、まさか晴氏から弟のように思っていると言われるとは思ってもいなかった。祇園城では城主として世話を焼いた気はするが、ここまで信用を得ることになるとは。



「もしそなたが元服する際には諱だけでなく儂が自ら烏帽子親になろうぞ」



 最後に晴氏はここまで言ってくれて俺を信用してくれているのがわかる。俺も小山家に不利益をもたらせない限り晴氏の信用に応えるつもりだ。


 そして俺は兵を伴って古河城を後にして祇園城に戻る。まだ高基の行方がわからないし、山内上杉家、北条家、小弓公方と巨大勢力はいまだ健在だ。下野も皆川は同盟を結んでいるが、壬生と芳賀を抱えている宇都宮、佐野、足利長尾、那須といった勢力が割拠している。今後下野どころか北関東がどうなるのか全く予想がつかない。関東の英雄北条氏康の出現もまだ先である現在、小山家をどう導くのかは俺にかかっている。小山家を大きくするのかあるいは衰退させて滅亡に追いやってしまうのかまだ誰にもわからない。

これにて関東享禄の内乱編は完結となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ