小山家の今後
一部修正しました。
一五二三年 下野国 祇園城 小山犬王丸
「申し上げます。今年の農作物の出来ですが、大きな災害もなかったので例年並みとのこと。ですが若が種籾の選別を実施した水田では他の水田と比べて稲の病気が少なく、また収穫量が増えておりました」
「そうか。それはよかった」
大膳大夫から塩水選擬きをした水田の収穫量が無事増えたという報告にひとまず胸をなでおろした。知識はあっても実際に成功するまでは不安で一杯だったからな。
北では結城と宇都宮の間で大きな合戦が起きたが、今のところ小山領では戦は起こっておらず、他領からの刈田狼藉もなかったので今年度の収穫には特に問題は生じなかった。しかし猿山の合戦が収穫期前に行われたせいで、猿山付近をはじめとした結城領と宇都宮領では両兵による略奪の被害が生じてしまったようだ。幸いとはいえないが、猿山で宇都宮勢が敗走し、結城勢も中村城を諦めたのでそこまで深刻な事態とまではなっていないという。しかしそこに住む民はこれから収穫という時期に作物や人的な被害を受け、なおかつそこから年貢を納めなければならないのだ。
敗北して宇都宮城を追われた忠綱は宇都宮城に返り咲くために鹿沼を拠点に勢力を盛り返すための戦を仕掛けてくるはずだ。宇都宮家の大半が反忠綱派であるため、一見忠綱の復権は厳しく見えるが壬生が親忠綱派として活動してくるとなると話は違ってくる。宇都宮家中の中でも屈指の勢力と日光とも親交がある独自のコネクションをもつ壬生の力は恐らく皆川や小山と引けはとらないかそれ以上かもしれない。そこに各地に散らばった親忠綱派の武将が集まったり、高基といった他勢力の介入を許すことになれば状況が拮抗してしまう事態になってくる。前者の場合は数も少なく壬生以外は小粒なのでそれほど脅威でもないが、後者に関しては場合によっては泥沼化してしまう可能性が高い。既に高基が忠綱の支援を表明しており、それに同調する勢力が現れないとも限らない。
幸運にも、隣国常陸の佐竹家は数年前に当主が代替わりし、新当主である義篤はまだ若く家中を治めきれずにいるため、隣国の抗争に介入してくる余裕はなさそうだ。同じ下野に勢力を張る那須家も身内同士で争っているので宇都宮どころではないだろう。
だが古河公方側の佐野家や上野の関東管領山内上杉家が動き出した場合は佐竹や那須どころの騒ぎではない。特に現山内上杉家当主上杉憲寛は高基の息子で、先代の関東管領上杉憲房に養子入りして上杉家の家督を継いでいる。まだ具体的な行動は起こしていないが、下手すれば宇都宮どころか下野全体で戦が頻発してしまうかもしれない。
「なあ、大膳大夫。小山も近いうちに戦になるのか?」
「正直に申しまして、まだわからないというのが実情でございますな。水野谷殿らは宇都宮が敗北した今こそ侵攻の好機と主張なさっておられるが、肝心の御屋形様があまり乗り気ではございませぬ」
「やはり父上は古河の動向を気にしておいでなのか」
「その通りでございます。それに宇都宮を追われたとはいえ、左馬頭殿を支援する壬生の力も侮れないというのもございます」
「どちらにしろ、どう行動するのかは父上や大膳大夫にお任せするしかないか。俺にできることは大人しく勉学に励むことだけだしな」
はあ、どれだけ危惧しても幼児の俺には解決する力など微塵もないのだ。ああ、無力だな。せめて十年早く生まれていれば小山での発言権が少しでもあったかもしれないのに。
まだ元服までには十年近くはかかる。それまでに無理なく実績を積み重ねればいいと考えていたけれど、それは甘い考えだった。そんな悠長に構えていたらその前に家が滅んでしまうかもしれないのだ。それに俺は既に塩水選を考案している。今更周囲の目を気にしていても仕方がないし、小山家を強くするためにも俺は大膳大夫だけでなく他の家臣達や父上に認められるようにもっと努力しなければならないのだ。
「……大膳大夫、小山が強くなるためには何が必要だと思う? 」
「強くなるために…… それは、領地でしょう。今の小山家が支配できているのは小山荘と榎本のみです。往年の頃と比べても土地への影響力が弱まっております。それに小山領の中には公方様の御料地が各地に配されています。かつて小山義政公が足利に反抗し滅亡したときの名残とはいえ、元は小山家が支配した土地。持政様以来公方様に仕えている身としては御料地を認めないわけにはいきませぬが、同時に小山家が勢力を伸ばせない要因だと考えております」
驚いた。長老である大膳大夫が現在従っている古河公方に対し不満を示したなんて。
「ずいぶんとはっきり言ったな。小山の人間は古河公方様に好意的だと思っていたのだが」
「別に叛意があるわけではございません。今でも公方様が関東を治める将軍であることは否定しませぬが、ただ小山も関東八屋形のひとつ。土地のことで干渉されることに快く思う者はいませんぞ」
大膳大夫の語気は強くなかったが、彼の目には老練な凄みがあり、まさしく関東の武士というものを全身に感じて胸に迫るものがあった。
「そうか。無粋なことを聞いたな、許せ。俺も大膳大夫の言うものをまた重要なことで理解している。だが俺はそれと同時に効率性も重要だと考えている」
「効率というのは塩水選とやらの似たものといったものでしょうか? 確かにあのおかげで収穫量を増やすことができたのは大きかったですな」
今の小山は祇園城が思川の近くあるため他の地域と比べればそこそこ栄えている方なのだろうが、市場も六斎市のような定期的にしか開かれていない。それに各地に関所があるため市場に出ている品も値段が高めに設定されているのだ。
市場は六角定頼や織田信長が行った楽市楽座が理想だが、まずは小山家自体を財政的に潤わせなければならない。
「大膳大夫、近く職人を呼ぶことはできるか?」
「職人をですか? それは可能ですが一体何をなさるつもりで」
首をかしげる大膳大夫に俺はこう告げた。
「商いさ」
「面白かった」「続きが気になる」「更新がんばれ」と思ったら感想ください!