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下野小山戦国異聞 関東八屋形の復興  作者: Rosen
関東享禄の内乱編
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苦い記憶

 下野国 祇園城 小山犬王丸


「そうか、伊勢守が……」


 ここは父上の療養している部屋。俺は伊勢守の謀反の顛末を自らの口で告げるために父上のもとへ赴いた。父上は布団の上で俺の話を聞いていた。



「伊勢守の謀反ももとをいえば俺が性急に改革を進めたことが原因です。重臣を失うことになってしまい申し訳ございません」



 謀反を起こしたとはいえ、原因は俺の意識の低さだ。伊勢守は切腹したが伊勢守のように不満をもつ者がいないわけではない。だから伊勢守の処罰の後、俺は家臣たちを集めて性急に改革を進めたことを詫びた。家臣たちは俺が頭を下げたことに動揺し、頭を上げてほしいと懇願された。しかし俺は今回の失敗から今度から家臣たちにより話を通すことを決意する。



「いや犬王丸だけの責ではない。改革を進めたのは儂も同罪だ。それに伊勢守は少々野心が過ぎるところがあった。焦りもあったのだろうが、いずれどこかで不満が爆発するときがきたはずだ」


 そうおっしゃる父上は長い闘病生活によってとても瘦せ細ってしまっている。寝たきりまでには至っていないが、基本的に部屋の中だけの生活で運動もできないから、倒れる前は人並みにあった筋肉もまるで老人のようにそぎ落ちてしまっていた。


 父上は趣味の連歌を楽しんでおり、他家とも連歌を通じて積極的に交流を深めているらしい。特に大掾家や真壁家といった連歌を好む家と親交を深めているようだ。一時期は京の元内大臣で文化人として名高い三条西実隆に自身の連歌を評価してもらおうとしていたらしく、京にいる伝手を使って自作の連歌を送ったようだが一蹴されてしまったとのこと。



「ところで話は変わりますが、最近晴氏様の謹慎が解かれました」


「たしか犬王丸は謹慎の解除を嘆願したらしいな」


「はい、晴氏様には恩義がありましたから。それにすでに簗田殿が動いており、俺も政朝殿と示し合わせて嘆願したわけで俺ひとりが動いたわけではありませんよ」


「なるほど、だが犬王丸のことだ。それだけではないのだろう」


「さすがですね、父上。どうやら公方様と晴氏様との不仲がさらに深まったらしいです。詳しくはまだ話せませんが、最悪先代のときのようなことにも発展しかねません」


「そこまで悪化しているのか……」



 父上は布団の上で腕を組んで黙り込む。父上にとって先代公方と高基が引き起こした家督争いは苦い記憶だった。敗色濃厚だった小山家を守るため、父上は先代派だった俺の祖父から家督を奪い、祇園城にいた先代公方を岩付に追放していた。結果として家は守れたが先代派だった小山家は勢力を大きく後退してしまった。その頃の記憶を思い出したのか、苦い表情を浮かべたまま父上はうめく。



「二代続けての家督争いは勘弁してほしいところだな」


「ええ、まだ家督争いすると決まったわけではありませんが、二度も巻き込まれてはたまりませぬ。ですがそのときがきたならば小山家もその渦中にいるのでしょうな」



 思わず溜息をつく。小山家は地理的に古河に近いことや代々古河公方を支持してきたこともあって否応にもどちらかにつくことになりそうだ。ここで選択を誤れば前回と同じいやそれ以上の損害を被るだろう。下手すれば小山家の灯も怪しくなる。


 父上には心配なさらぬようと言ったが正直どうなるか今のところ想像がつかない。


 父上の部屋を後にすると俺は妹たちへ久しぶりに会いにいった。ここ最近は伊勢守の処遇などで忙しく妹や母上のところへ出向く機会がなかった。近くの侍女に先達を出して母上たちがいる部屋に着くと妹たちが今か今かと俺の到着を待っていたのか、俺の姿を確認するとふたりは飛びついてくるように俺に向かってきた。


 妹たちは俺が長福城に出向く頃から大きく成長しており、長女のさちは幼女から少女へ変貌していた。次女のいぬはまだ幼女から少女へと成長する途中らしくさちとは身長に差が出始めている。



「久しぶりね、犬王丸。ここ最近忙しかったでしょう」



 妹ふたりに抱き着かれている状態を見て母上が笑っている。



「この子たちも兄と遊べなくて少し元気なかったから来てくれて助かったわ」


「ええ、また忙しくなりそうですが、妹たちとの交流は俺にとって癒しになりますから、できるだけこちらに出向こうと思ってますよ」


「あらあら、これじゃあ兄離れも妹離れもまだまだ先になりそうね」


「ええ、まだ妹たちをどこかに嫁がせるつもりはありませんよ」


「……そう、それはよかった」



 母上は安堵したというようにホッと息をつく。父上が病床で母上にとって妹たちは心の支えになっている。それに妹たちはまだ幼い。俺も兄として妹の嫁ぎ先はしっかりとしたところを選びたい。その意思は母上に伝わったようで母上は安心したようだ。


 しばらく妹たちとの束の間の休息を楽しんでいると部屋の外から小姓が俺へのことづけを伝えにきたようだ。


 妹たちも名残惜しそうにしているが、状況を理解できているのか駄々を捏ねることはしなかった。そんな妹たちの頭を撫でてから俺は部屋を後にして大広間へと向かう。


 大広間には俺によって招集された家臣たちがすでに集まっている。岩上ら重臣以外にも谷田貝、塚原、橋本といった面々の姿もいる。



「待たせたな。そなたたちを集めたのには理由がある。これから話すことは小山家にとって大きな転換点となる可能性が高い。皆の者、心して聞くようにせよ」



 大きな転換点と聞いて皆が一斉に平伏する。俺は段左衛門を呼び出して例の文を持ってこさせた。


 俺の手にあるのは一枚の書状。



「これは晴氏様からいただいた謹慎の解除を嘆願した際の礼状だ。内容は謹慎の解除を嘆願してくれたことへの礼と今後の忠誠を願うものだが、最後の行には『然るべき際には是非助力をお願いしたい』と書き加えられている」



 最期の行を読み上げた後、大広間に大きなざわめきが起こる。無理もない。そこに書かれていたのは反旗を示唆する内容だったからだ。



「……皆も心当たるところがあるだろうが、敢えて言っておこう。おそらくこのままでは先代のときと同じようなことが起きるはずだ」



 さらにざわめきは大きくなる。


 それは小山家にとって苦い記憶。宇都宮に敗れ、当主と先代公方を追放したことで辛くも家名を存続できた戦い。後に永正の乱と呼ばれる家督争いだ。



「これから言うことはもしという仮定がついたものだが、是非答えてほしい。もし公方様と晴氏様の間で家督争いが勃発した場合、小山家はどちらにつくべきだと思うか」

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