伊勢守の謀反
下野国 祇園城 小山犬王丸
「そうか、伊勢守が謀反を企てたか」
深夜に寝屋に現れた段左衛門の報告に俺はただそう答える。何故という気持ちと心のどこかで納得している気持ちが入り混じる。
「それで山川に出したという使者の行方はどうなっている?」
「ご安心ください。すでに使者は倅が捕らえたとのこと。今は加藤家で拘束しております」
「でかしたぞ段左衛門」
謀反のことは残念だが山川に情報が洩れる前に動きを止められたのはとても大きい。細井は代々仕えてきた譜代で近年は怪しい動きがあったものの信頼もしていただけに今回の件は無念だ。
段左衛門には引き続き伊勢守の監視を続行させるように指示を出した。すぐに兵を集めて伊勢守がいるという細井屋敷を取り囲むことも考えていたが、下手に動けば謀反が発覚したことが悟られると思い、夜のうちは監視に徹して翌朝に伊勢守を呼び寄せることにした。
段左衛門は暗殺も可能だと進言したが、屋敷には伊勢守以外にも一族郎党がいて確実に仕留められる可能性が低いことと、もし謀反を理由にして暗殺に成功しても細井家は古参の重臣であり理由を明らかにしても反発する者が現れることを理由にそれを退かせた。
そして翌朝、捕らえるための兵を隠しながら俺は伊勢守に大事な話があると偽って俺の自室へ呼び出した。伊勢守は少しも疑った様子もなく俺の部屋に踏み入れる。
「朝早く呼び出してすまんな。伊勢守には是非話しておかないといけないことがあってな。これは伊勢守にしか話せないことなんだ」
「ほう、儂にしか話せないこと?」
伊勢守は不思議そうにしつつも都合の良いことを考えているのか笑みを浮かべる。何か大役を任されると思っているのだろうか。俺は伊勢守に悟られないよう影に控えている兵たちにまだ動かないように合図を送る。
「ああ、こんなことは伊勢守にしか話せんよ。伊勢守、お前は謀反を企てたな」
伊勢守の表情が凍る。
「な、なんのことやらわかりかねますな。御屋形様は儂に無実の罪を負わせる気ですか」
伊勢守はとぼけてなんとか平常を保とうとしていたが、動揺を隠せず声が震えている。目線もはっきりせず右往左往する様子を見て俺はため息をついた。
「誤魔化そうとしても無駄だ。昨夜そなたが山川家に送った密使はすでに捕らえている。密使が持っていた書状も確認した。お前は自分の野心のために山川に小山を攻めるよう唆そうとしてたのだな」
「うっ、それは……。それは誤解です。誰かが儂を陥れようとしているに違いありません。そうです、儂は代々小山に忠義を尽くしていた譜代なのです。謀反なんてするわけないでしょう。きっと儂を妬んだ新参の仕業に決まっています」
「伊勢守……」
「わかっていただきましたか。そ「本当に残念だよ、伊勢守」
俺が何も知らないと決め込んでここまで醜く言い訳する姿に俺は僅かに残っていた愛想が完全に尽きた。
合図を送り、兵士が俺の部屋になだれ込む。突然現れた兵士に驚く伊勢守はこの状況下で平然としている俺の様子にすべてを悟り、顔色を白く変色させる。
「見苦しかったぞ伊勢守。考えてみよ。何故密使を捕らえることができたと思う?それはな、お前たちが密談しているところが段左衛門たちにばれていたからだ」
これ以上の弁明は無意味と理解した伊勢守は兵士たちによって拘束される。その目には諦念が籠っていた。
「古参の譜代だろうが謀反を企てた以上無事で済むとは思わないことだ。だがその前にお前の口から何故謀反を企てたのか話してほしい。今更かもしれないがお前が不審な動きをするまでは俺は伊勢守を信用していた。何がお前を謀反に駆り立てたのだ?」
「……すべては嫉妬ですよ。はじまりは先代が御屋形様を重用して政策を大きく転換した頃でした。儂は表向き先代の政策に肯定的でしたが実際はそうでもありませんでした。武士の本分は戦であって内政や商業などに気をかけるなんてと思っておりました」
だが政策を内政に比重をかけた結果、小山領は農業的にも商業的にも大きく発展して北関東有数の城下町となっていた。しかし伊勢守はその流れについていけなかった。次第に父上に倣って内政改革に着手した他の重臣と細井家の差が広まり、伊勢守は焦りを募らせていた。
「先代から御屋形様に家督が変わったのは好機だと思いました。ここで結果を残せば発言力を取り戻せると。実際に御屋形様は細井家のことをある程度信任してくれました。けれど儂はそれでは物足りなかった。儂が求めたのは筆頭家老の岩上を超えるほどの信任と権力だった。一門衆に岩上、そして外部からの新参者が次々と台頭してくる環境に儂は我慢できなかった」
何故古参の譜代である細井家が他の同僚どころか新参にすら遅れをとるのか伊勢守は理解できなかったし、新参や一門衆を重用する俺にも理解ができなかった。俺のもとではこれ以上我慢できないと判断した伊勢守は一族郎党を集めて謀反を画策したらしい。
理由はわかったが、やはり山川家を利用して小山の乗っ取りを画策したことは看過することはできない。しかし山川家の主家である結城家と婚約している俺を排除してまで山川が小山を乗っ取ることをするだろうか。一昔前なら可能性があったかもしれないが結城家に従順な今の山川家にそれができるとは考えづらい。伊勢守ならそれがわかっていたはずなのに、この計画を押し通したということはそれほど追い込まれていたのか。
「話はわかった。つまりはお前自身の野心と俺への不満が謀反へと駆り立てた理由か」
伊勢守の言い分のとおりなら必要なことだとしても新参を登用し過ぎた俺にも責任がある。他にも伊勢守のように新参を快く思っていない者がいるかもしれない。そう思い至ると新参の登用の理由を重臣たちにもしっかり説明する必要がある。古参と新参が対立するようなことがあっては互いのためにもよろしくない。
「伊勢守、最期に何か言いたいことはあるか?」
未遂とはいえ謀反を起こした伊勢守への処罰は確定だ。それは伊勢守もわかっていた。
「……すべての責は儂にあります。せめて細井の家には寛大なご処置を。それと、犬王様、期待を裏切ってしまい申し訳ございませぬ」
そう言い終えると伊勢守は安らかそうな表情を浮かべる。おそらく溜まっていたものをすべて吐き出したからだろう。
「細井伊勢守永宗、そなたを切腹に処す。だが細井家に関しては長年の忠義に免じて寛大な処置を考えよう。連れていけ」
この日、俺は重臣たちを集めて細井伊勢守が山川家に通じて謀反を企てていたことを話した。多くの者が伊勢守の所業に驚くなか、一部の者は納得したような表情を見せたのを受けて改めて伊勢守のことをよく見てなかったことを痛感する。そして伊勢守と細井家に対する処罰に関しては重臣たちは満場一致で納得していた。
この日の夜、長年小山家に仕えてきた重臣細井伊勢守永宗は自ら腹を切り、五臓六腑を取り出すという壮絶な最期を遂げた。
細井家は密談に関与していなかった伊勢守の従兄弟が家督を継ぐことで存続を許すことにした。
こうして小山の不穏分子を炙り出し、分裂の危機を乗り越えたわけだが小山家は細井伊勢守という譜代の重臣を失うことになってしまった。俺にとっても伊勢守の謀反はそれまでの政治態度を省みるきっかけとなったが、その代償は大きかった。知らず知らず俺は一部の人間を重用し過ぎていたのかもしれない。
歴史で寵臣の存在が家の存続を危うくするときがあることは知っていたはずなのに、気づけば俺はそこに片足を突っ込んでいたようだ。
これから小山を大きくするためには俺がこんな体たらくでは小山の存続すら危うくなる。これから小山家の当主として生きるためにも伊勢守の謀反は生涯忘れてはいけない。このような過ちは二度と繰り返してはならないと俺は強く誓った。
今話にて家督継承編は完結となります。次回はしばらく期間が空くと思いますが関東享禄の内乱編として書いていこうと思っています。
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